咀嚼
何故に人は、他人の話しを聞かないのだろう?
無論、何でもかんでも素直に聞けば良いというわけでもないから…聴いて咀嚼して、呑み下せる話しならば、それで良い
なるほど…食べるには、好みがあるし、不味い話しは、そもそも食べたくもない
嫌だと言うのを無理矢理食べさせるわけにもいかない
そもそも食べなければ、食当たりもしない危険もない
他人の話しを全く聞かないのも安全策の一環であると分かる
しかし、この世の中は常に動いている
津波が来てるのに、避難勧告を聞かずに動かないのは危険だし、騙されててるのを周りが止めても聞かないのは、危険がなくとも多大な被害を伴う
やはり、なんでもかんでも聞かない時期は、あるにしても大人ならば、聴いて検討する余地はある
仮に、聞かないのを個の防衛策の一環であるとするならば、それだけならば先の通り不利益が生じる
どうすればよかろうか?
無理に食べさせるのは、悪手であるのは分かる
所詮、決めるのは個であるからと放置も又悪手
誘導も、よく無い気がする…誘導も騙しの一種で、人は、それ程に差は無いから、認識されてないようで無意識には悟られてる
だって人は、それほど馬鹿ではないし、知能は、それほどに変わらないし、対等の知的生物に第一失礼である
ならば、対価を用意すれば、どうだろう?
興味深い情報を随所に配置しておくとか
目の前に人参をぶら下げるようで、気がひける
さてさて…
結局、人は自らが選びぬいた道を進んでいる