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また、明日
道は無数にある
一本道に見えているならば、自分が選択の幅を狭めているだけ
日頃からの小さな選択が、大きな選択に繋がる
何もしなければ、何もない未来が
何かを行動すれば、それに繋がる未来が増える
日常が大事
休みにゴロゴロしていれば、ゴロゴロな未来が
ラーメンばかり食べていれば、相応の結果が
…因果応報だ
それは誰か予測しても明らかであるのに
分かっているし、知ってはいるのだ
よし!明日からだ…明日から、動くのだと、ゴロゴロ転がりながら思ったりする
むむ…隗から始めよ、始めよ、始めよう、始めるのだと呟く
えーと…明日から!?
また、明日?
どんなに、苦しくても、つらくても、倒れても、疲労で起き上がれなくとも、枕元の非常食のチョコを口にいれ、水を飲み回復を待っていた日でも、明日は必ずやってくる
ダメな時は、どんなに足掻いてもダメダメな事態はある
それは、日頃からの小さな決断からの必然、結果、反映であるかもしれない
それでも生きてさえいれば、明日は来るのだ
だから、私のような人間には、また、明日とは、未来で希望で救済のような言葉であります