壁蝨
腕に痒みを覚えて、ふと観ると、一匹のダニが僕の血を吸っていた。
ジッと見てると、ダニが気づいたらしい。
僕の方を見て、抗弁して来た。
「アナタのお爺さんは、その昔、山で静かに平和に暮らしていた私の先祖を理由なく虐殺したのです。おーなんて酷い。その為に私達は存亡の極みを迎えたのです。謝れ、謝れ、オマエラは一生涯、私達を面倒みるのだ!馬車馬のように働き、私達に尽くすのだ!オマエラがあみだした技術、文化、発明した物品は、本来我らが発祥のものであり、オマエラが盗用したのだ!返すべし、返すべし、謝れ、謝れ、でないとオマエラの家の前に、潰されたダニの像を建てるぞ!我らはこの屈辱を忘れない。オマエラは生涯、未来永劫我らに謝り続ける人生をおくり、我らに血を与え続けるのだ。我らは…」
痒いので、ベシッと手の平で叩いてダニを潰した。
ダニの言うことは摩訶不思議な理屈で理解できない。
嘘八百をよく、ツラツラと臆面もなく喋れるものだ。
日暮前には山を降り、自宅に帰ってから、夕食後に爺ちゃんに、ダニが喋った内容を聞いた。
聞いた爺ちゃんは、しばらく黙って煙管をふかすと話し始めた。
「…そりゃ、ダニの一匹や二匹は潰してるだろさ…今も昔も。そんなんいちいち覚えちゃいねえさ。人でなしならば摩訶不思議な理屈を喋るじゃろ。…間に受けちゃなんねぇ。喋るのならば、そのダニは昔、人だったもので、自分に相応しい姿になったのだろうな。」
爺ちゃんは、ウンウン頷くと、煙管の灰を囲炉裏に落とした。
その夜、寝ながら僕は考えた。
ダニに成り果てるなんて、あのダニは昔、何をしたのだろう?