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暗闇に沈む陽  作者: sakura
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僕のペンギン

かの人は、


外面が柔らかく、穏やかな人に見えた。


しかし、その実は、大変高慢で、人を見下していた。


自分よりも優秀な者は、なかなかいない。

そう、思っていた。



かの人は、競わなかった。

他人より劣っていることがハッキリと自分に分かるから。

自分自身を誤魔化すことが出来なくなるから。


真剣には、ならなかった。

成し遂げることができない自分を認められないから。

真剣にやったら、自分の上限が分かってしまうから。


もし俺が本気だったら、なんでもできるんだ。

誰にも勝つことができるんだ。

そう、意識の底では思いこみたかった。


男は、どこまでも憐れな男だった。


己は孤高で、特別だと、人より優れていると思い込みたかった。


それで良かった。

人は煩わしかった。


だから、ずっと一人だった。

何十年経ち、比較的連れ立っていた同期も疎遠になっていった。


男は、変わらなかった。

世の中が変わっていった。

変わらぬ男は、取り残された。


仕事から自宅に帰る。

暗闇の部屋の灯を点けると、隅のテーブルの上にペンギンが鎮座していた。


「ただいま。」

灯りを点けて、テーブルの上に座す、太った緑色のペンギンのぬいぐるみに声を掛ける。


ペンギンは何も返さない。

でも、満足だった。


スーツを衣紋掛けに吊し、風呂に入り一息つく。

入浴剤を入れて、楽しむ。


風呂上がりにビールを一缶飲み、簡単な夕食を取りながらテレビを見る。


ほどほどの幸せだった。

満足だ。

こうして、このまま時代に取り残されながら、朽ちていくのだろう。

子供の頃は、何でもできる気がした。

今でも出来るかもしれない。

でも、既にそんな気はない。

私の半分は、無力感と倦怠感でできている。


でも、でも少し寂しい気がした。


かの人は、振り返り、ペンギンに手を合わせた。


どうか寂しくなりませんように。


ペンギンは何も応えなかった。





ある日のこと。


見合いの紹介が来た。

会ってみた。

何かしら、体型が、ぬいぐるみのペンギンを彷彿とさせるような人だった。

だから、内心で、ペンペンさんと呼んでみた。

ペンペンさんは強気な人だった。

好き嫌いが激しく、世界の中心に自分がいる人だった。

金遣いも荒かった。

だから、結婚したときも、貯金も何もなく鞄一つでやって来た。ビックリだ。

勿論、今まで住んでいた所に置いてあった家具類は、ちゃんと後できたけども。

ついでに仕事も辞めてきたらしい。

なんて、胆力だ。


凄いや、ペンペンさん。


ペンギンさんは、どうやら家事が苦手らしかった。

結婚する前に聞いてた話と、違うけど。

いや、確かに好きとは言ってなかったし、僕がペンペンさんの話から、勝手に家事が上手だと思い込んでいたらしい。


ペンペンさんは、自分を攻撃する人には容赦ない。

客観的に自分が悪くても、全く別のことを言い出して、反論してくる。

その時点で、既に論とは言えないけれど。

とにかく、最後まで負けを認めないのだ。

凄い根性だ。


それでも、ご飯を作って世話しながら言うと、少しだけやってくれるようになった。



ペンペンさんが子供を産んでくれた。

ペンペンさん似の男の子だ。とても可愛い。


ペンペンさんは、どうだみたかという満足気なドヤ顔をしていた。


僕は、少しだけヤル気を出して、仕事に精をだした。

お陰で、昇任して給料も少しだけ上がった。


毎月毎月ペンペンさんに生活費を渡す。

生活費を渡され、札を数えるペンペンさんの顔は、とても素敵だ。幸せそうな顔だ。

ペンペンさんは、毎月全部使い切っている。足りなくて催促してきたことも2回あるし。

家計簿つけてないから、毎月何に使ってるのか分からないけど、余らないのが凄い。

一人暮らしの時は、自然と黒字だったけど。

今は、渡した分全部使い切るからトントンだ。

自分だけの時とは、考えられないような状況だ。

ふつう、残るよね。

江戸っ子は、宵越しの金は持たなかったらしい。

しかし、ペンペンさんは、遥か西方の出身なのに。


ペンペンさんが二人目を産んでくれた。

やりましたぜとドヤ顔だ。

今度は、女の子だ。とても可愛い。

ありがとう、ペンペンさん。


子ペンペン達も、大きくなり、ペンペンさんは少し老けて、お腹にお肉がついた。

あまり、動かなくなり、そんなに食べなくなった。

ケーキや焼き芋は、漠々食べるけども。

どうやら、お腹のお肉を気にしてるらしい。

高血圧とも言ってた。


ふと気がつくと、僕は、割と普通になっていた。

もう、これ以上、出世することは無いし、友達は居ないけども、僕にはペンペンさんがいるし、子ペンペン達もいる。

もう、寂しくない。

ありがとう、ペンペンさん。


僕は、机の上に座る緑色のペンギンに手を合わせた。

もちろんペンギンは何も答えないけど。





最近、身体に衰えが見えて来た。

老眼で、よく見えないし、体力が衰えて走れない。仕事で徹夜しても回復しないし、風邪を直ぐひいてしまう。

ペンペンさんは頑健だ。特に菌やウイルスに強い。高熱を出しても割と平気だ。羨ましい。

僕は、微熱でも頭がクラクラして立てない。熱に弱いのだ。

無理すると直ぐに風邪をひいてしまう。

39度以上の熱でも平気に見えるペンペンさん。

アピールしてくるけど、本当にダメな人は何もできずぐったりするものなのです。

余裕ありますね。

健康で丈夫なペンペンさん、どうか、いつまでも元気でいてください。



かの人は、賢くなかった。愚かだった。

何もなしえなかったし、金持ちでもなし、成功もしなかった。



寝ていて、体力が最早回復しないことが分かった。

何かしら、臨界点を突破したのだ。

周りに、ペンペンさんと子ペンペン達がいた。


ありがとう、僕は幸せだった、ありがとう


「ありがとう。」



かの人の魂が天に召された後。


妻と子供達は、しばらくの間、かの人を囲み佇んでいた。


そして、妻と子供達は、姿形をペンギンに戻すと、煙のように姿を消してしまった。

かの人の枕元には、緑色のペンギンのぬいぐるみだけが残った。


もちろん、ペンギンは何も応えない。


かの人は、はたして憐れであっただろうか。





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