夜景の見えるレストランで
「クルーザーに一生、一緒に乗ってくれませんか?」
私はドキドキした。心躍るプロポーズに。全身がこそばゆい。しかし、その返答をしたのは私ではなかった。
二人はエレベーターから降り腕を組んで歩き去る。ルンルン気分が高揚したような足取りだ。夜景の見えるレストランの帰りだろう。
「はあ、私は……永遠に一人」
このエレベーターの地縛霊である私は怒りから髪をガシガシかきあげた。私がこのエレベーターで服毒自殺をして早五十年。誰にも見えず、誰にも触れず、ただこのスペースに滞在していた。
「ちょっと寝よう」
赤いチャイナドレス姿でゴロンと横になり憂鬱になる。捨てられて自殺なんてばかだったわ。エレベーターをガンとグーでどつく。
「私と結婚して!」
自殺した日も叫んでたなあ……。また叫んじゃった。私ったらどうかしているわ。さっさと成仏して天国に……。
そこでエレベーターが左右に開いた。
「ほほほ、わしが願い事をかなえてやろう。金婚式のお祝いじゃ」
「え、本当に?」
私は痙攣でもあったように起き上がった。ところで金婚式って?
おじいさんは白髪を背後の地面に引きずりながらうなずく。そして手をふっと上下に動かした。一陣の風がおじいさんを消失させた。
「久子さん」
「誰? さっきのおじいさん?」
コホンと咳をしてからその声は「内縁の夫です」と言葉を出した。
「内縁の? 結婚詐欺ね!? って私死んでいるか」
「いえ、私はエレベーターです。初めて私と出会っ日にプロポーズされて……悩みましたが
こんな機会は二度とないだろうとエレベーター語で受けることにしたのです」
「は?」
何言っているのこのエレベーター? 本気?
「あんたに言ってないわ」
「監視カメラにあなた一人で私に乗っている時に大声で叫んだ場面が記録されています」
「え?」
「今日は金婚式の日です」
私は立ち上がりエレベーターに蹴りを入れた。ガッと。
「痛いですね。五十年も連れ添った夫に」
私は頭にきてエレベーターをにらみつける。どこが顔か分からないけど。何が連れ添ったよ! ああイラつく。いくら幽霊でもエレベーターなんかと結婚するもんですか!
そこでチンとエレベーターが音を放ち扉を開ける。
「おばあちゃん、おじいちゃん、はじめまして。孫の幽霊エレベーターの幸吉です」
透けた小さな箱が宙を漂い、中に入ってきた。
「パパとママは幽霊じゃなくてただのエレベーターだから来れないから僕だけ来ました」
私はふるふる体が揺れた。なんたること。なんたること!
「会いに来てくれてありがとう!」
私はその孫を抱きしめた。もっともっと一緒にいたい。話したい。私の唯一の孫。ああ、幸せ、もう消えてもいい。中空から光が私を包み込む……。
「あ、おばあちゃん!」
成仏寸前に孫に呼び止められた。危ない。
私は一度に夫と子供と孫をたまわった。しつこく地縛霊していてよかったー。