第六話 捕獲
真っ暗な中、スピードを上げて下っていき、左カーブを曲がったところで白いポロがライトに照らし出された。自動ブレーキが作動して、ぶつかるのは免れたが、ポロは道の中央に止まっており、メルセデスが避けて通れない。
走って逃げよう。そう思ってドアを開け、外に半身を出した瞬間、
鈍い音がして、道路を踏みしめた右足に激痛が走った。力が入らず、そのまま道路へ放り出されるようにして転げ落ちた。
何が起きたのかわからぬまま、右足を押さえながらのたうち回っていると、首にひもが回されて、思い切り引っ張り上げられた。
「うううっ……」
首が絞められる。開いたドアに掴まりながら、どうにか体を支えた。
「そこで止めろ」
子供の声が聞こえた。前を見ると、メルセデスの照明に照らされて、葉子が山を見ていた。右手には血で汚れた鉈が握られている。
安西に向き直り、ニヤッと笑いかけた。
その鉈で、俺の足首を削ったのか。
首のロープは、道路に覆いかぶさるように延びている木の枝に掛かっていた。更にロープは山の斜面へ向かって続いている。
「気分はどうだい」
声は子供なのに、やさぐれた口調で話しかける。
「どうしてこんなことをするんだ」
「全部お前のせいさ。俺を殺そうとしたんだからな」
「お前は……誰だ」
「俺は葉子だよ」
「あいつは死んだ」
「ところが死んでないんだな」ニタニタ笑っている葉子が山を見て言った「来いよ」
茂みから黄色い服を来た葉子が、ぞろぞろ出てくる。全部で七人。全員丸い顔立ちで、三角刀で削り取ったような一重の目。同じ服、同じ容姿だ。
「俺は腕」
「俺は腕」
「俺は足」
「俺は足」
「俺は腹」
「俺は胸」
「俺は頭」
七人で、一斉にリズム体操を始める。
「腕腕足足腹胸頭」
こわばった顔の安西を見て、七人がケラケラと笑い出した。
腕が話し出す。
「そんな顔をしているんなら、わかってんだな。そうさ、俺らお前が俺をちょん切った部位なんだよ」
もう一人の腕が言う。
「プラナリアって知ってるか? 一匹を二つにちょん切ると、二匹になる生き物さ。
俺もあれとおんなじなんだ。切っただけ、新しい俺が生まれるんだ。
だから俺はお前にちょん切られて、七つになっちまったのさ」
足が言う。
「俺も五百年生きているから、殺されかけたのは何回もあるよ。
でもな、普通だったら包丁で刺したところが元に戻ったら、奴らびびっちまうんだがな。 今回みたいにバラバラにちょん切られたのは初めてだよ」
もう一人の足が言う。
「俺はお年頃になると、小指の先をちょん切るんだ。
そうすると、ちっちゃい赤ちゃんの俺ができる。
それを自分の子供みたいに育てるんだ」
腹が言う。
「ただな、結婚もしてないのに子供が生まれたら、世間体が悪いだろ。
だから適当な男と結婚するのさ。
そいつには秘密をばらされちゃまずいから、すぐに殺っちゃうんだ。
お前も殺っちゃう前提で結婚したんだが、逆に殺られかけちまうとはな。
不覚だったぜ」
胸が言う。
「というわけで、俺らこれから七人で生きていかなきゃならないんだけどな。
さすがに子供だけで生活するのは都合が悪い。
そこでたらふく食って、すぐに大きくなることにしたんだ」
頭が言う。
「この体だって、半年前は芋虫みたいな体型だったんだぜ。
それを石をひっくり返しては冬眠してる虫やトカゲを食って、大きくしていったんだ。
春になったら狩りができるくらい体ができてきたんでな、猿とかイノシシとかたくさん捕ったよ。
結局ここら辺の獣はあらかた食い尽くしちまった」
「次はお前だ」七体の葉子が、声をそろえて言った。
「血の一滴も無駄にせず、ありがたく食い尽くしてやるからな」
「よく言うだろ、それが犠牲になる命に対する敬意だって」
「ただな、お前は一気に殺さないぜ」
「女は一気に絞めたが、お前はだめだ」
「だってお前には、散々ちょん切られたんだからな」
「痛かったんだぜ」
「お前には、俺の痛みを体験してもらわなくちゃ」
葉子たちは、背中に手を回し、光るものを取り出した。
ハンティングナイフ、出刃包丁、カミソリ……様々な刃物だ。
目を光らせながら、動きのとれない安西に近づいていく。
「やめてくれよ……お願いだ」
安西の必死な懇願に、葉子たちは粘つくような笑みを返すだけだった。
暗闇の山に、絶叫が響き渡った。