第五話 地下
空洞はコンクリートの階段になっていた。そういえば、懐中電灯があったはずだと思い、葉子が飛び出してこないか注意しながら棚を探った。
あった。取っ手が付いた大型だ。
スイッチを入れるとちゃんと点いた。地下を照らし、慎重に覗き込む。
階段が続いていたが、奥まで光は届かない。
反撃されることはないと思ったが、この下に何があるのかわからない。
安西は足下を照らしながら、ゆっくり階段を下りた。
奥からは、なぜか生臭い臭いが漂ってくる。ネズミでも死んでいるのかと思う。
室内は生臭い空気が充満し、息苦しいほどだ。どこにいやがるんだ。安西は階段を下りきったところで、懐中電灯を左右に動かし、あたりを探した。
一瞬、左手で何かが見え、懐中電灯を戻すと、ブルージーンズが照らし出された。
裾が上の状態だ。
上を照らす。
ロープに縛られた生白い足が突き出ていた。
光を下へ向ける。
めくれ上がったピンクのTシャツと、蝋のように白くなった腹が照らし出された。
更に光を下げる。
鮮血にまみれ、陶器のように真っ白い肌をした女の顔が照らし出された。
目は瞳孔が開ききり、口は何かを叫ぼうとして止まってしまったかのように、あんぐりと大きく開いている。
垂れ下がった髪の毛から、血がしずくとなって、金だらいにポタリポタリと落ちていた。
化け物のように凄惨な顔をしていたが、間違いなく瑠衣だ。
心臓が破裂するように激しく鼓動しているが、金縛りに遭ったように体が固まっていた。
状況を理解しようと、頭がめまぐるしく回転するが、ただただ空回りするだけだ。
瑠衣の背後から、懐中電灯の光の中へ、葉子の顔がふわりと現れる。
ニタニタと嫌らしい笑みを浮かべている。
「ああっ……」
悲鳴とも、うめき声ともつかない声を上げ、懐中電灯を取り落とす。同時に足に力が入らなくなり、床へへたり込んだ。
転がった懐中電灯の光で、小さな影が近づいてくるのがわかる。
「助けてくれ」
安西ははじかれるようにして階段へ向かって動き出す。
腰へ力が入らず、這うようにして階段を上がった。
納戸へ出ると、床の蓋をたたきつけるようにして閉じた。あえぐようにして息をしながら、逃げなければと思った。立ち上がり、廊下へ出た。
「どうしたの」
玄関から声がした。
黄色いワンピースの葉子が、ニタニタ笑いながら安西を見ていた。
「何で……そんなところにいるんだ」
葉子は確かに地下にいた。安西より早く移動できるなんてあり得ない。
足がもつれて床に倒れた。這うようにして奥へ進む。
車の鍵を。
リビングへ行き、ソファへ手を掛けて、なんとか立ち上がり、鍵箱を開けてメルセデスの鍵を取った。
「みーっけ」
キッチンから黄色いワンピースの葉子が現れる。
驚いた安西を小馬鹿にしたように、笑っている。
玄関からキッチンへ行くには、リビングを横切るか家の外へ出て、勝手口から入るしかない。
リビングには安西がいるし、外を回るには時間的にあり得ない。
頭の中が真っ白になっていく。
「よせっ、あっちへ行け」
叫びながら廊下へ出る。
ガレージに繋がるドアを開け、メルセデスへ乗り込んだ。ロックを掛け、エンジンを掛ける。
震える手でリモコンのボタンを押した。
「早くしろ早くしろ早くしろ早くしろ」
シャッターの開く速度が思いのほかゆっくりに思えて、ハンドルを握りしめながら呪文のように唱えていた。
ようやくシャッターが開ききり、メルセデスを発進させた。門も開けて道路へ出る。