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畜生と青年  作者: 葉流香
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第一章 夢現の間隙


第一章 夢現の間隙


もし、あの時ぼくが、きみを殺さなかったら・・・




 いつものように勉強していた。わけではない。

 いつも以上にいらいらしていた、そう。

 部屋の薄暗い蛍光灯。深まる夏の夜の感覚と、曖昧になっていく意識の中。

 ただただ、灯したテーブルライトだけが異常に明るい。

 半分とじかけたまぶたの隙間を縫うようにして、強すぎる白色の射光が染みてくる。


 

 羅列された文字の、教科書の何処を読んでいるのかさえもはやわからない。

 しだいに混沌に落ちてゆく視界、そう。

 シャープペンの先は、何度もあらぬ方向へとひ弱に線を描きつづけて、いったい、どこへ行くのだろう。

 眠い。ふあああ。

 つまり。

 俺は今、テスト勉強をしていた。


 耳障りな音で目が覚めたのは、ある意味幸運だったかもしれない。

 いや、そこからの巻き返しはあの状況では到底果たせぬ事。


 夜は深まっていた。

 もう、後戻りできないくらいの闇夜は、逆にすがすがしくて新鮮だった。

 ただ、耳元で蚊が忙しなく蠢いていさえしなければ、この日中とは打って変わった夏の夜の音色を、俺はもっと穏やかな気持ちで聞くことができたかもしれない。

 ほんの少し。

 どこからやってきたのだろう蚊は、右をむけば左に、左を向けば右に、静まり返った夜気をわずかばかりに震わせて、俺の死角を飛び回っているようだった。

 その小さくて細い存在は、俺には見えない。


 次第に湧き上がってくるイライラは自分の意識をはっきりとさせた。

 左ひじ下にぐしゃりと敷かれた教科書。出題範囲まで、半分も終わっていない。

 右手に握ったままの、シャープペンシル。

 ノートは、読めやしない。これを、ミミズののったくったような字と言うのか。

 ため息がでる。

 ふと、そのミジンコにも食われてしまいそうなヘロヘロっとした一匹のミミズに沿うようにして、蚊がようやく視界に現れた。

 叩き落とそうと、俺は平手を振り下ろす。しかし蚊はそれを事もなくかわしてのけた。

 そしてそのまま。

 ・・・プン、とひときわ嫌悪を抱くような音をだして、蚊は俺めがけて突進してきた。 



 静まり返った夜気は皮膚にわずかばかりの刺激を与える。

 研ぎ澄まされた、感覚。頬にちくりと痛みが走る。

 ・・・俺は自分の右頬を平手で思い切り打った。

 なぜ、眠たいと思ったときにこれをやらなかったのだろう。

 ピン、研ぎ澄まされた、感覚。ジンジンする。そして確かに、手ごたえというものをかんじた。


 果たして俺の右手のひらには、俺の血で真っ赤に染まった、つぶれて、ひしゃげて、曲がった、蚊が、いたのだった。

 あっけない死に様だこと。

 ・・・いつもよりイライラしていたのだ、そう。

 俺はティッシュペーパーで綺麗に死体を剥ぎ取ると、丸めて二、三メートル先のゴミ箱へ投げ捨てた。

 緩いカーブを描きながらティッシュは無様に床にポトリ、落ちた。ゴミ箱へは、あと少しという距離。

 ち。舌打ちは必至。

 放っておくことにした。それに、自分は神経質な性格ではない。またあとで入れなおせばいい。

 夜が深まっていく感覚。

 机に向き直るしかなかった。幸い、朝までまだ幾分か時間は残っている。


 耳障りなのはシャープペンシルがノートを引っかく音だけではなかった。

 あれからしばらく、教科書は何ページか進んだ。

 ゴソゴソ。紙の擦れるような音が、端々で聞こえてくるのは、気のせいか。

 自分が起てている音ではなかった。

 ゴソゴソ。おかしい。

 背後から聞こえてくるような、気がしてきた。

 いやいや、まさかまさか。

 振り向くことができないわけじゃない。

 勇気をだして、なんて、まさか、そんな大層なことでもあるまいに。気のせい、気のせい。

 なんでもない振りをしながら、心臓の脈打つ音が耳元で増幅される。

 なんどか頭の中で言い争いを繰り返した末、首を恐る恐る背後へ回した。

 徐々に、視界に背後の景色が映りだす。

 何も、ない。

 「は、何もないじゃないか。」

 ぐるりと体ごと向けて、大仰に椅子の背もたれをたたく。

 馬鹿馬鹿しい。

 派手な仕草で机に向き直る。

 しかめ面で勉強、勉強、と一人つぶやいた。

 シャーペンを握りなおす。ノートの上にのったティッシュの塊をペイ、と左手で払った。

 はだしの足元に、転がり落ちる。

 思わずため息が出た。


 テスト勉強なんて、所詮、一夜漬け、一夜漬け。


 ゴソゴソ。

 沈黙と言う字、俺は好きだ。なんか、格好いい。


 ・・・すっとんきょうな声を上げて飛びのいてしまった。

 ・・・・ティッシュ!ティッシュ!いったい、いつの間に、どうやって!

 ティッシュがうごめいている。ゴソゴソ音を起てて。

 生きているわけがない。つぶれて、ひしゃげて、まがって、血だらけで・・・

 もし生きていたとしても、あんなか細い体で、自身を包む紙の塊を、動かせるはずなどない。

 でも、まさか。本当に、あの、おれが殺した・・・

 空回る思考回路とは裏腹に、体は冷静だった。壁伝いに、得体の知れない紙の塊と、距離をとる。

 塊はぶるぶる震えながら、部屋中を這いずり回った。急に、足元ににじり寄ってくる。その度に、声にならない叫び声を上げながら、俺は飛びのいた。

 心なしか、塊の輪郭がだんだんと鈍く曖昧に見えはじめた。そして、確実に大きくなっている。

 そのうちに、元の物質の面影がなくなった。大人用のサッカーボールくらいの大きさで、まるで人の顔のように、目の辺りのくぼみ、鼻、口の辺りはぽっかりと小さな楕円形の穴が開いている。しかしなぜだか、のっぺらぼうのような感覚。表情が、わからない。

 やがて、それはふいに溶け、雨上がりのみずたまりのように、白濁色の液体が円く部屋の床に広がった。


 ああ。体すら冷静な判断を放棄してしまった。

 ついに、俺の全機能は停止し、呆然とその有様を虚ろに眺めていた。

 そのあと起こった奇妙なことも、もはや恐怖を通りこしていた。

 そののち、水溜りは跡形もなく消えうせていた。代わりに、そこになにかが生まれていた。


 水溜りと同じ、白濁色の肌。小さくて、細いその存在。

 うつむいた視線がゆっくりと上げられる。

 さらりと、黒髪がわずかに揺れた。

 長いまつげに隠れていた、大きな黒の瞳が、俺の見開かれた視線とかち合った。


 「てめえが、俺を殺したんか。」

 そこに立っていた裸の美少年は、そう言ってにやりと笑った。




あらすじとあんまり関係がない。

後々書いて行くつもりです。

あと、BLになる予定(笑)

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