冒険すること
冒険すること
今回は「冒険すること」です。
冒険というと、最近はパーティーを組んで旅立つようなイメージでしょうか。
ここでいう冒険は「心の冒険」です。
つまり冒険とは「本音と本音で関わり相手との間の変化を恐れない事」です。
変化を恐れている限り欲しい関係性や欲しい状況は手に入りません。
とはいえ、喧嘩では冒険できません!
喧嘩せずに本音を伝える事。
これが欲しい関係性や状況を作る冒険なのです。
まず、本音を伝える側は準備(覚悟)し反発されることを予想し受け入れる体制を整えそれさえも覚悟します。
また、相手が準備ができていないことも前提として、
まだ準備ができていないようであれば「待つ」ことも覚悟する必要があります。
人は待てません。
すぐに変化を求めます。
なぜ待てないのかといえば、
今の教育(子育て、学校教育、職場での教育)が
すぐ変化し、すぐ理解し、すぐに出来ることを強要しているから。
それが当たり前だと誤った刷り込みがされているからです。
暗記したことが出来るからといってそれは理解できている事ではありません。
本来、勉強も冒険です。
新しいことを分からない事を粘り強く知ることを楽しむものです。
(教育も冒険です。粘り強く教えることだから)
例えば相手が「知らなかったこと」を本当の意味で出来るようにするには、
少なくとも同じことを三回以上伝えた上で、
三回以上経験をさせ、
そのサイクルを三回以上しなければ無意味です。
教授する方も学ぶ方も石の上にも三年です。
応用ができないのでは教育に意味がないのですから。
現代の教育は暗記させるが多いです。
暗記では応用が効きません。
理解が伴っていないのですから。
同じことだけするのであればロボットと変わりません。
その場は凌ぐことはできると思います。
でもイレギュラーが起きた時に対処出来ず、崩壊するのです。
では恋愛、結婚はどうでしょう。
あなたはパートナーに怒りではない本当の気持ちを伝えていますか?
それは何回伝えましたか?
「嫌われたらどうしよう」などと考えて、気持ちを伝えることを恐れてはいませんか?
暗記した勉強のように同じことを繰り返していませんか?
伝えることによってどのような結果が来るのかが大事なのではありません。
伝えることによってどのような科学変化があるかが大切なのです。
変化のない関係性は壊れます。
変化しながらそれでもと粘った時に初めて先の道(未来)が見えるのです。
冒険は退屈を退けます。
「こんなもんよね」という退屈な思いはネガティブ。
守護霊を落とします。
守護霊と共に歩む人生を続けていくためにも、冒険を恐れず、粘り強く進んでいきましょう!




