ある村にて
「ということで、旅をしながらレベルを上げつつ、聖女様を探すことになった」
「なんで報告しにきた」
「いつもしているだろう?」
私が何を言いたいのかわからず、目の前でキョトンとした顔をしているのは、シエル…勇者アンシエル・トパズその人である。
全国民がその名を知っていると言っても過言ではない。今をときめく話題の人。
「なんでこんな小さな村のチンケな村人に、勇者様が旅立ちの挨拶なんかしにきてるんだって言いたいのよ」
「もう両親には報告したのだから、次はリリィの番だろう?いつもそうだったじゃないか」
斜め上にずれた発言に頭を抱える。
そうだ、この男にはもっとストレートに言ってやらなければ言いたいことの半分も伝わらないのだった。
「あなたは”勇者様”になったのです。国民を魔物から守る尊い人。そんな”勇者様”がこんな小さい村にいていいわけないでしょう?ましてや村長でもない孤児の村娘なんかに旅立ちの報告なんて、身分が違いすぎます」
本当は貴族であるただのシエルでさえ、略称で呼んだり、敬語を使わずに話したりすることだって身分違いだったのに、”勇者様”になったのだからなおさらだ。
立場があまりにも違うので、ここで明確に線引きしよう、と意味を込め、はっきり言い切って目を開けると、いつもの空色が見る間に潤み始める。
あ、やってしまった。
一粒ぽろりと落ちればもう止まらない。はらはらと空色から降り始めた雨がとめどなく。
昔から涙腺の弱さは変わっていないのだが、いかんせん見た目が美少女から美貌の青年になってしまったものだから見てはいけないものを見てしまったような気まずさが半端ない。しかも無表情のまま。慣れない人が見たならばギョッとすることだろう。
騎士団に入隊したと報告された際には耳を疑ったものだ。よくこの様で小隊長が務まると、何度思ったことか。
「……」
「……」
小さな頃なら「大丈夫?」と駆け寄り、背中をさすって慰めたことだろうが、先ほど言ったように①美青年②無表情③王立騎士団小隊長あらため勇者にする必要性を感じない。
しかもここで絆されてしまってはこの幼馴染はいつまで経っても勇者という立場の自覚なく、村から長期的に離れるときには報告に来るのだろう。
「リリィ…」
「……」
沈黙が5分続いただろうか。
大きなため息ひとつ。結局自分は嫌になる程幼馴染に弱いのだ。
ようやく主人公の登場です。