逃走
「なんの音だ!」
腰に提げた剣の柄を握り、周囲を警戒するレット。
状況の悪さから言って舌打ちしたい気分である。
足元が揺れ始め、数十メートル先にある木々を乗せた大地が盛り上がっていく。
「……っ!!」
声も出せずに驚愕の顔をする様を見て、そりゃそんな顔になるよね、と私も目を向ける。
オオオオオオォォォォォン……
背中の甲羅に林を乗せたカメ、巨大なスフィアトルは全身雪と同じ白く、甲羅の内部が少し透けていて、まるでスノードームのようだ。
まさかこんな大きさに変異しているとは…
どれだけの瘴気を溜め込めばこんな巨大化するのやら。
「ぅぐっ」
突然腹に衝撃が走り、数時間前に食べたものが口からホームシックを起こしかけた。
「やばい、あれは流石に無理」
腹に当たっていたのはレットの肩で、私はどうやら彼に担ぎ上げられたようだ。
ざくざくとラッセルしながら雪をかき分けて進むが、スフィアトルからそこまで離れられていない。
ググッと動いたスフィアトルの顔がこちらを向く、視線があった気がする。
「来る!レットさん気をつけて!」
のっそりと口を開けたと思った瞬間、
「うおっ」
地面がぼこぼこと流動し、隆起し、棘のようにこちらを刺し貫こうとしてくる。
でもそこはさすがCランク冒険者、すいっとかわしていく。
元々の習性である土魔法の攻撃ならば何とか避けられるだろう。
問題は変異したことで新たに手にした能力である。
ズシン
一歩進んだ。たかが一歩でも相手は甲羅に林が乗るような大きさの生き物の一歩。
こちらが必死に進んできた距離が一気に無に帰す。
バチンッ
「えっ」
見ていたはず。相手から目を離していない。
なのに見えなかった。
数メートル後ろにあった木が折れている。
スフィアトルを見上げると口に木を咥えている。
「速い!あの図体のくせに!」
距離を詰められてからは直進するばかりでなく、木を目隠しにしてジグザグに逃走していたため、間一髪、と言っていいだろう。
普通のスフィアトルはこんな速さで首を動かすことはできなかった。
ましてや変異したこのスフィアトルの図体は何百倍もある。
「私も走ります!下ろしてください!」
「俺より早く走れないだろう?!」
ぜいぜいと息の荒くなってきたレットに、言うも却下されてしまった。
瘴気を抑えられれば供給がなくなった体はどんどん弱体化していく。
こんな巨体相手ならば尚更効果があるだろうに、今力を出すことができない。
このままではいずれ消耗したレットがやられてしまう。
それにもう少し走ると酒蔵がある。中にいる人にまで被害が及ぶ。
戦うってどうすればいいんでしょう。




