2話 家族のように思っていたのに
「ただいまー」
家に戻った俺は玄関から入ると声をかけた。
妹のシェラに向けてだ。
だが、いつも聞こえるはずのおかえりなさーいという声が聞こえない。
「シェラ?」
名前を呼んでみたが返事がない。
おかしいと思った俺はいつもは家の中で走らないが走って明かりの付いた部屋に向かった。
そこで俺はとんでもないものを見た。
「う、そ、だろ………」
俺の視線の先には
「あ、あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁ………な、何で………」
血溜まりに沈み目を閉じた妹のシェラの姿があった。
見慣れたいつもの金髪は血に染まり赤くなり見る影もなかった。
そして腹部にはナイフが突き刺さっている。
「シェラ………」
呼ぶ声にも力が入らない。
何とか彼女の近くにしゃがみこむと上半身を抱き抱えた。
「シェラ?!シェラ?!」
何度も呼びかけてみる。
でも
「………」
帰ってくる言葉はない。
そうだ………こんな時は。
パニックになった俺は生きているかどうかの確認もすることなく、彼女を抱き抱えたまま立ち上がった。
そして走り出す。
「あいつなら………何とかしてくれるはずだ」
そう呟きながら俺は教会に向かう。
家を飛び出して月明かりだけが照らす荒れた道を走り抜ける。
早くしないとシェラが死んでしまう。
1歩でも早く1秒でも早く辿り着かないと。
その思いだけが俺の足を動かしていた。
この村にある一際大きな建物が目に見えた。
「あった!教会だ!」
ステンドグラスの窓からは教会の中の光が薄らと漏れていた。
俺はそれに誘われるように教会に近付くと
「神父!神父!」
教会の扉を開けて中に入った。
「おや、どうしましたか?サイ」
そこには神父がいた。
俺の最後の幼馴染である神父のローエンがそこにいた。
神父であり、パーティ内では神官を務めている金髪の男だ。
「シェラが!シェラが!」
叫びながら俺は神父に向かって走った。
「おや、これは」
目を細めるローエン。
「早く治してくれ………」
何の力もない俺は最早回復魔法を使えるローエンに頼るしか無かった。
「頼む………この通りだ………」
声を絞り出して土下座した。
シェラを助けてくれるなら何でもやってやる。
それだけの思いが俺を突き動かしていた。
「顔を上げてくださいサイ」
そう言われたので顔を上げた。
そうしたら口を開き始めるローエン。
「たった今ヒュオンから連絡が入りました。賊を捕まえたので来て欲しい、と。シェラさんを襲った賊のナイフには毒が塗布されており、その賊が持つ毒消しも持っている、と」
俺はこの時僅かな違和感を覚えた。
後から思えばこのセリフはおかしい場所しかないことも理解できる。
でも、今の俺にはそんなもの理解できなかった。
唯一の肉親が死にかけていたから。
「早く。案内してくれ」
「分かりました。付いてきなさい」
◇
「ローエン何処に向かうんだ?」
「もう少し先です。そこでヒュオンが待っていると」
そう言いながら先々歩いていくローエン。
何かがおかしいと思い始めてはいたがそれでも俺はついて行くしかなかった。
「シェラ………必ず助けてやるからな」
自分の腕の中で目を閉じてピクリとも動かない妹に向かってそう口にした。
必ず助けるんだ。
俺が………
「付きましたよサイ」
俺はローエンの足が見える程度に顔を上げて歩いていたが、その声が聞こえると同時に顔を正面に向けた。
開けた場所に出た。
今まで鬱蒼とした森を歩いていたのに気付けばそれは途切れていて。
「こんばんはサイ」
そこにはメガネのヒルダがいた。
その横にはカグラもいたし、マーニャまでもいた。
「何なんだ?みんな揃って」
俺はこの時何が起きているのか理解できなかった。
何でこんな夜中に全員揃ってるんだ?
俺の言葉には誰も答えない。
「ヒュオンは?」
とにかく俺は助けてくれそうな奴の名前を呼んだ。
俺がそう声を出したら
「おうサイ、よく来たな」
この場にそぐわないくらい明るい声が俺の後ろから聞こえた。
後ろを振り向いた。
するとそこには人影が。
はっきりと顔までは分からなかったがそれでも輪郭で分かる。
ヒュオンが立っていた。
「ヒュオン、シェラが大変なんだ。早く毒消しをくれないか?」
俺がそう言うと
「くくくく、はははは………」
そう笑いだしたヒュオン。
俺の嫌な予感というのは最早確信に変わっていた。
「な、何で笑うんだ?」
俺はシェラを抱えながら後ろに下がっていった。
そうしている間に
狂ったような笑い声は伝播していった。
初めはヒュオンしか笑っていなかったのにみんなが笑い始めた。
「な、何なんだよ?!」
俺がそう叫ぶと笑い声はピタリと止みヒュオンが1歩近付いてきた。
その1歩はたかが1歩だった。
でもとてつもなく大きい1歩で、ヒュオンは顔も見えなかったくらい暗かった場所から月明かりの差す場所へと移動したのだ。
「なっ………」
その姿を見て絶句した。
全身が血に濡れていたからだ。
「馬鹿か?お前は」
そうしてその口でそう話したヒュオン。
「もう死んでるよ、それ」
いつものヒュオンらしくない声で俺の抱き抱えたシェラを指差す。
「なんせ俺が殺したんだからな」
そう言って笑うヒュオン。
その言葉を聞いて目の前が真っ白になった。
「な、何で………」
「保険金だよ」
その言葉で思い出す。
こいつが前に保険を契約していたことを。
「いやぁ長かったなぁ。何年だっけ?忘れてたけどパーティメンバーが死んだ時は、何年そのパーティに所属していたかが大事になるって話知ってるよな?お前みたいな奴のお守りするの大変だったんだぜ?」
そう言いザッザッと土を踏み鳴らして迫り来るヒュオン。
俺は1歩ずつ下がる。
そうしながら俺は思い出していた。
この開けた場所のこと。
後ろに目をやると地獄に繋がると言われている大穴が口を開いて待っていた。
俺を早く飲み込みたいというくらいの大口だった。
「そんな………信じてたのに………」
「勝手に信じて勝手に裏切られて悲劇のヒロインは大変だな?なぁ?サイちゃん」
「く、くるな………」
「何を言ってるんだ?保険金貰うためにはサイちゃんにはここで死んでもらわないとダメなんだよ。それにしても妹とサイちゃんでいくら貰えるんだろ。2000万ゼニーってとこかな」
ウシシと笑うヒュオン。
こいつは最早俺の知っているこいつではなかった。
今までのは全部猫を被っていて。
今化けの皮だったんだ。
本来のこいつがこれで………俺は絶望した。
「あぁ………が………」
そうしてついに地面に手をついてしまった。
でも、それでもシェラの体だけは離さなかった。
片手で支え続けた。
「選ばせてあげるよ」
そんな俺を見てそう声をかけてきたヒュオン。
「自分で飛び降りるか、それとも俺に落とされるか。それと、改めて言っておく。お前を正式に追放してやるよ今、ここで。ご苦労サイお前はもういらない」
すぐ後ろには地獄の大穴が俺を待っていた。
それを見て恐怖が俺を包んだが、それでも俺は何を思ったのかローエンに目をやった。
もしかしたら助けてくれるかもしれないなんて心のどこかでは思ったのかもしれない。
「貴方には何も守れない。弱いあなたは守りたいものほど守れない、神ですら見放す罪人ですね」
金髪の間から覗く目はとても鋭かった。
次に俺はヒルダに目をやる。
「ご苦労さまでしたサイ。貴方は囮くらいにしか役に立ちませんでしたね。足手まといだった貴方を介護するのは大変でしたが、それもこれで終わり」
呆れたような顔でそんなことを口にした。
こいつも俺を仲間だなんて思ってなくて………。
「まったく、そうアルよ。魔法も使えないただの剣士のくせに私と前に出ず後ろばかりうろついて大したこともせず。私に負担かかってたの分からなかったアルか?」
カグラも俺を見下したような目で見て、でも最後に俺はマーニャの顔を見た。
でもすぐに後悔した。
「貴方の介護すごく大変だったよ。魔法は使えない、スキルはない、そんなゴミ介護するのもう嫌だーって思えたくらい貴方使えなかったよ」
俺は─────誰からも仲間だと思われていなかった。
もう孤児の俺に帰るべき場所なんてもう残されていなかった。
「………シェラ………」
一言漏れた。
そうして1歩近付いてくるのはヒュオン。
「可哀想になシェラちゃん。痛かっただろうなぁ?」
「………もういい」
仲間だと、家族同然と思っていた奴らに裏切られ、挙句の果てにシェラを失った俺は絶望の淵に立っていた。
精神も肉体もどちらもだ。
そんな中口を開いたヒュオン。
「グッバイ、サイちゃん」
俺は震える足を押さえつけてシェラを抱き抱え直した。
今ここでヒュオンの命を奪ってやろうかとも思ったが………。
こいつを潰しても他のメンバーは残ってしまう。
俺のスキルで奪えるのは1つまでだ。
スキルを使ってもどうせ死ぬのだ。
ならば………何をしても無駄か。
そんな諦念が俺を支配していた。
「シェラ………悪かった。こんな情けない兄貴で」
そう言って絶望の淵から身を乗り出した。
悔しい。こんなヤツらに自分の全てを良いようにされたのが。
次は………
「って………次なんてないか」
俺は地獄に落ちながら彼女の頭を抱きしめた。
「シェラ迎えに行くよ………」
ここまで読んでくださってありがとうございます。
少しでも面白い、面白そうと思っていただけたらブックマークをして頂けるととても励みになります。
ここから少し下にスクロールしたところに広告がありその下に☆☆☆☆☆という評価項目がありこの作品の応援もできます。
なのでそこからも応援していただけると励みになります。
よろしければよろしくおねがいします。




