18話 ローエンの精神崩壊と究極の選択
翌日。
「あぁぁぁぁ………」
「何なんだよこりゃ………」
変わり果てたローエンを見てヒュオン達は目を細めた。
誰もが現実を受け入れられていなかった。
ローエンはただ地面に膝を付けて呻くだけ。
いや、その口からはヨダレを垂れ流して目は忙しなく左右に動いて焦点があっていなかった。
「あぁぁぁぁ………あぁぁぁぁ………」
これまでの経緯は話してあるがそれでもヒュオン達は変わり果ててしまったローエンをそのまま受け入れられはしないようだ。
「悪かったな。間に合わなかった」
俺も現段階でまだこいつらとの信頼関係を崩すつもりは毛頭ないし一応そう謝っておくことにした。
「いや、お前のせいじゃねぇだろ」
そうフォローしてくれるヒュオン。
「そうアル。リオンに悪い所はないアル」
カグラもそう言ってくれるし悪いイメージはもたれていないと考えていいだろう。
「俺はいつもの宿にいる。また何か用があればきてくれ」
◇
「来たんすねリオン様」
久しぶりに地獄に帰ってきた。
相変わらずの部屋に相変わらずの奴がいた。
とはいえ仕事をしていたのかという話になると
「寝てたのか」
「ねねねね、寝てなんかないっすよ?!」
「机の上に散らばった書類にヨダレ垂れてる」
「はっ!」
そう言って机に目を向ける彼女だが直ぐに気付いたような顔をする。
「鎌かけたっすね?!」
「騙される方が悪い」
小さく笑いながらハデスに近付くと逆に泣きついてきた。
「リオン様ぁあぁぁあ。仕事疲れたっすー変わってくださいっすー」
そうやって泣きついてくるが。
「頑張ってくれ」
にっこり笑いかけてそう言ってやることにした。
「そんにゃ〜」
フラフラとした足取りでベッドに向かう彼女を横目に見てから俺も机に向かった。
「また地上の様子でも見るんすか?」
「あぁ」
俺たちのような部外者がいない時にあいつらがどんな顔をしているのかが見たかったからだ。
机に目を落としたが、しばらくしてやめた。
◇
sideローエン
「ヴォエェェェ………」
昨日の事で心配されて1人だけ宿に帰らされたものの、吐き気が止まらない。
それに頭痛も酷い。
「はぁ………はぁ………」
鏡に映る自分の姿が酷い。
もう何度体内に入れたものを吐き出したか分からない。
「私は………私は………」
自分の両手を見つめた。
何一つ守れなかった。
私たちの未来を作るはずだった薬も私が幸せにしたいと願った人々も。
「何が聖者だ。何が神父だ………私は………無能だ」
無能で何も出来なかった自分が心底嫌になる。
忘れたくても忘れられない。
今でも鮮明に思い出せる。
「ひっ!」
こうして一人でいるとあの時の声が蘇る。
『おらぁ!おらぁ!』
何もしていない浮浪者を自分の好き勝手にして命までも奪っていった男たちの声が蘇る。
奴らに涙は無いのか?
「何故、彼らがあんな目にあわなくてはならない」
今私の心を満たしていたのは絶望だった。
それと何の罪もない浮浪者を殺していった男たちへの怒りが私の中にはあった。
だが
「体が………動かない」
何をしようとしても体が鉛のように重い。
動かしにくい。
それどころか
『あの世でも追いかけ回すぜ!ひゃっはーーー!!!』
「ひ、ひぃい………」
幻聴が聞こえる。
あの男たちの笑い声が今でも響いている。
「いやだ!いやだ!もうやめてくれ!笑わないでくれ!」
私がそう口にしていると笑い声が聞こえた。
低い男の笑い声だった。
「何者だ!」
そう口にしたが正体はすぐに分かる。
この声は
「取り込み中だったか?」
そこにいたのは仮面の男だった。
そして
「ローエン助けてくれぇ………」
その横には浮浪者が立っていた。
「卑怯者!」
「おおっと」
私の伸ばした手を軽く躱す男。
器用なことに大の男を連れて飛び下がる。
男はナイフを手に取るとその首にあてがった。
「は、離しなさい今すぐ!」
私の声は驚くほど大きかった。しかし
「1つ話をしようか神父様」
私の声は奴には届かなかった。
「話?」
聞き返すと男は石版を取り出しそこに何処かの映像を投影した。
そこに映るのは2人の人々だった。
周りには
「ゴ、ゴブリン………」
それらに囲まれていた。
ロープで手足を縛られて泣き叫ぶのは2人の私を支えてくれた男達だった。
「………」
私の声に笑う仮面の男。
「選ばせてあげるよ」
そう口にする男。
「な、何をだ?!」
「どちらを救うか、だよ。どちらかは見逃してやろう」
そう言いながら男の腕で拘束される浮浪者が藻掻く。
「助けてくれぇ!ローエン!」
悲痛な顔で泣き叫ぶ。
その顔は死にたくないと私に懸命に伝えてくる。
「………くっ」
「さぁ、選べよ」
「何故こんなことを!」
吠えた私の言葉に奴は答えずに
「がぁぁぁ!!!!!」
魔法の炎をまとわせたナイフで腕を切り落とす。
「あぁぁぁぁあ!!!俺の腕がぁぁぁぁ!!!」
「選べよ」
そう言われて絶望した。
「あぁ………あが………」
言葉が出てこない。
「お前のせいでまたひとつ」
男がそう口にした瞬間映像の中の1人の腕がゴブリンによって削ぎ落とされた。
悲鳴を上げる男の目の前でゴブリンはそれを咀嚼し始めた。
「………はぁ………はぁ………」
「あまり手間をかけさせるなよ」
ぐっと力を入れて拘束し直す男。
「ルールが分からないなら言ってやる。どちらを救う?」
ハッキリとしたそのルールは私を絶望させるのに十分な言葉だった。
それは………自分の意思でどちらかを殺せと言われているからだった。
私はどちらかを生かすためにどちらかを殺さなくてはならない。
「あぁ………もう………やめてくれ………」
ザン!
映像の中のもう1人がゴブリンに切り落とされて食われた。
「選べ、自らの意思で。お前は誰をも守れず神に見捨てられた、それどころか麻薬で秩序を乱そうとした───────偽りの聖者」
私に放り投げられたのは1本のナイフと奴が抱えていた男だった。
「これ以上は待たない。選ばぬというのなら俺が選んでやる」
カランカランと音を立てて滑りながらくるナイフと人質の男。
切断部位から血を流しながら必死の目で助けを求めてくる。
そして石版の中で助けを求めている2人の男性。
やることは決まっているだろう。
「私の答えはこれだ!」
そう言って奴に向かっていったが
「あまりイラつかせるなと言った無能が」
何が起きた?
私は今奴の首をたたき落とすためにナイフを………
「あ、足が!足がァァァァ!!!!!」
気付けば私の足は切り落とされていた。
奴の握るファイア剣によって。
「そこで見ていろ。今から殺す」
奴は私の横で転がっている男をつかみ私の前に連れてきた。
口を開いたのは人質だった。
「このクソ神父が!!!!余計な真似しやがって!!!はははは死ねよ!!お前も死ねよゴミ神父!!!!!」
その声は純粋な憎悪で私への罵倒だった。
その言葉はどんなものよりも私の心に響く。これまで家族のように思ってきた存在の声だったから。
「その絶望に染まる顔を見せてくれ」
「や、やめてくれ」
奴のファイア剣の切っ先は男性の胸を向いていた。
「何が聖者だ………何が神父だ。俺のことも守れないじゃないか!ゴミクズ神父!地獄に落ちろよ無能が!!!!!!!」
グサリ。
奴はそれを終えるとその体を離した、その瞬間私の体に何かが乗りかかる感覚。
それが何なのかはすぐに分かった。
衣服を隔ててもヌメリと伝わる液体の感触に。
「あぁぁぁぁ………」
何だ!何だ?!これは現実なのか?!
悪い夢では無いのか?!
「うわぁぁあぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
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