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神々の導き

 六 神々の導き

        Guidance of the gods


 神無月とは十月の事を示すらしい。でも、旧暦の名称なはずが今では新暦でも十月の事を神無月と呼ぶ。新暦と旧暦とでは時期が異なるはずだ。実際は今の十一月の中旬辺りまでを神無月と言うのだろうか。中学生にとっては中間テストが終わり一息ついたところだ。テスト結果はまだ発表されていなかったがまずまずの結果だったと思っている。でも、最近は図書館に行く事が無くなっていた。学校では授業に一応集中する事が出来たが下校時刻が近づくと気持ちがソワソワとした。それこそ当番があるとイライラする。早く学校を出たかったからだった。

 下校するとそのまま多美の家に向かった。彼女が待っている。何時もの様にショッピングセンターに隠していた自転車で多美の家に向かった。本当は仕事があるはずなのに、多美は直矢を待っていた。それは小父の仕事を休むと言う事になるはずだ。多美は『大丈夫、大丈夫、心配しないで』と言うだけで本当のところは分からなかったが。ついつい甘えてしまうのだ。

 『多美に会いたい』その一心だった。多美が待っていてくれる。早く会いたい。会って……、下校すると一目散に多美の住む家に向かった。そして多美の部屋に向かうのである。そして二人は互いの気持ちを深め合った。


 あれからそんな毎日が続いた。すると段々学校でも多美の事を考えるようになっている。ここには男がいる。女がいる。同年齢のクラスメートを見て何処か自分がここにいるみんなよりも一つ先に進んだのだと思う優越感に満たされていた。「オレはもう子供じゃない。大人なんだ」そんな気持ちになっていた。ここにオレと同じ経験をしている者は何人いるのだろうか。どこか見下す自分がいた。だからといって言葉にする事はない。それは散々嫌な思いをしていきたから、ここにいる武達のせいで肩身の狭い思いをしていきたから。優越感は感じていたが少しでもバレればまた冷やかされるかも知れない。それに多美とも約束した。この事は秘密だと。

 それにしても直ぐそこに武がいるのに憎いと言う感情はなかった。でも時々思う時がある。どうしていじめがなくなったのか。中学に成ってから愛用しているシャープペンをいじりながら考えていた。これは入学祝いに親から買って貰ったペンだ。握り心地と書き心地がよくていつも使っている。辺りを見渡すと同じペンを使っている者も多く。一年の時はよく人のと間違う事もあった。今となってはそれぞれ年期も入り同じものでも一目で自分の物と分かるようになっていた。侑來も武も色違いを使っていた。そう言えば時々気になる事があるのだ。武がこっちを見ているような気がするのだ。気のせいかも知れないのは気がつくと目を背ける。でも、こっちが気がつくまで見られているような気がするのだ。これは同じクラスになって分かった事だった。やっぱりアイツはまだ何かを企んでいるのだろうか?。あの時「もう、ちょっかいはしない」と言っていた。その言葉を信用してよいものか。時々疑う時もある。最近、例の件で話し合う事も少なくなった。直矢は多美との時間に夢中だ。あいつらの事をいちいち干渉するのも面倒だ。「オレは大人になったんだ。今までの子供のような振る舞いはしない。オレはあいつらより進んでいるんだ」


 数日経ったある日、侑來は直矢に訊いた。最近図書館に行っていないのではと、それに関して直矢が言うには家の用事でいけないのだと言う。家の用事とはよく言ったもので、少なくても侑來が知りうる直矢はそんな事をするような玉ではないと思っている。深くは追求しなかったが例の件について訊いても今は休んでいると返ってきた。これからどうするのかと更に訊いても「分からない」と答えるのみだった。かと言って悲観的でも諦め顔でもなく、ただ何となくやっていないような感じでやはりうわの空のような感じがした。

 直矢自身は楽観的で、時間が出来たら再開出来るだろうと思っている。侑來はやっぱり多美との関係が気になっていた。多美は何処か人間離れしているようでならないのだ。それは侑來だから分かる事。だから直矢の行動が気になっていた。ある日直矢に気づかれず後を付けてみた。侑來もセンターの駐輪場に自転車を用意し直矢を尾行したのだ。


 直矢を見失った。


 「あれ?、おかしい。直矢が消えた。そんな事はあり得ない筈だけど。直矢は何処に行ったのだろう」辺りを見渡したが見当が付かなかった。ただ、広いお屋敷が建ち並んでいて、家屋の先に大きな赤松が群生していた。侑來はその赤松の尖端を見つめた。

 翌日、学校でそれとなく訊いてみる。尾行したのではなくたまたま見かけたと言う事にしたが、当の本人は親戚の家に行ったのだと言う。お洒落な外見の家だと言う。侑來は昨日の事を思い出していたがそのような家はない。もしかしたら直矢に勘ぐられているのではないかと感じるも見た目の直矢は至って普通なのである。

 その事を今度は武に話すと武は疑った。武の知っている直矢はと言うと、シンプルで隠し事が下手くそだ。おまけに単純で深く考えないタイプだからコソコソとするタイプではない筈だ。侑來から聞いた武は「今度はオレも一緒に行く」と言ってくれた。一寸心強く思った。

 ある日、武と侑來は一緒に直矢の後を追う。侑來が言う様に大宮公園に向かうとT武線に突き当たった。線路脇の道を進むと

 消えた。

 消えたのだ。急いで消えた所まで行くと辺りを見渡したが何処にも直矢の姿はなかった。

 「おかしいいな?消えた」

 「本当でしょ。変よね。やっぱり」

 「ああ、前回もこの辺りで見失ったんだろ」

 「そう、あの大きな赤松の林が目印」と侑來は松を指差した。それを見て武は

 「多分、この辺りに居るはずだ。少し探してみよう」

 二人は手分けして直矢の自転車を探す。方々探してみたがやっぱり見つからない。

 「これだけ探しても見つからないなんて。オレ達が尾行している事を感づかれたかな」

 「分からない。そんな風には見えなかったけど」

 「オレもそう思う」

 二人は諦めてその場から引き上げる事にした。明日学校で直接訊いてみよう。


 窓の外を眺めていた多美は武達が帰る姿を見つめていた。彼らにはここは見えない。結界を張られた異次元の家だから。二人の姿が見えなくなると多美は直矢の元に戻る。

 「どうしたの?」

 「ううん、何でも無いわ」

 二人は更に気持ちを確かめ合った。

 多美は分かっていた。これがどう言う事かを。あまりに気持ちを深めてしまうと自分自身が虜になってしまう。それはスサノオウ様やクシナダビメ様より「心に留め置くように」と窘められていた事に相違ない。多美が過去に同じ様に過ちを犯し、そして自ら辛い思いをした事。スサノオウとクシナダビメの夫婦は案じての言葉だった。その言葉に背いてしまったのだ。でも、多美には後悔の念はなく、むしろこうなる事を望んでいたのかも知れない。自分でも気がつかないうちに直矢の事を好きになっていた。今後立ちはだかるであろう試練に対し甘んじて受け入れる覚悟は出来ている。

 『わたしは後悔しない』

 強い意志を持っていた。


 学校で武と侑來は直矢を問い詰める。

 「最近、調べてないようだけど何しているんだ」

 「大きなお世話だ。オレの問題だろ!」

 「そうやって、また逃げるのかよ。ざまぁないな」

 「何だと、なんでオレが逃げてるって言うんだ」

 「そうだろ、途中で投げ脱しやがって、だからお前はいじめられるんだよ」

 「うるさい!」

 「何かあったの?」と侑來が聞くと

 「何でも無い」と答えるしかなかった。確かに二人が言うように今の自分はあれ程身を入れてやって来た事なのにそれを全て投げ出してしまっていると言われても反論出来なかった。でも、元々個人的な興味からであってそれは単に多美の興味を引くものでしかなかった。そう、初めて会った時から自分は多美に恋していたのだ。どうにか多美と会え、そして多美の気持ちを得たかったからやって来た事に違いない。それが今どうだ。毎日のように多美を会う事が出来るようになったじゃないか。多美はオレの気持ちに応えてくれている。だからこうやって毎日会えているのだから。それはある意味目的を達成出来たのだから……。それで良いじゃないか。なんでこいつらにこうも攻められなければならないのか。こいつらは単に興味本位でオレの探していた事に首を突っ込んできた来たに過ぎない。

『オレが探していた事?』

 直矢はそれ以上は反論出来なかった。でも、今は、今は多美といる時間が大切だからと思っていた。だから、「ほっておいて欲しい」

 「え?」

 「だから、ほっておいて欲しいと言ったんだ」

 武と侑來の落胆は大きかった。今の直矢に何を言っても利かないのだ。あれ程気持ちを入れてやって来た事なのに、今の直矢にはそんな気持ちは無くなってしまったのだ。思い出すと、初め直矢が何かに夢中になり探しているのを見ると、何か気を引くものがあった。あんなに投げ出していた直矢が何かに取り付かれたように調べていた。それが大宮の事であり氷之川神社の事。そして見沼と、この土地についての事だと知ると「はっと」させられたのだ。

 今まで単にあの事があってから気にくわないヤツとして見ていた直矢が実は気持ちがストレートで外れた事を好まないヤツだった。ただ、純粋と言うのか世間知らずと言うべきか、気がつかない所も多々ある。でも、それは単に経験が無いだけの事であって元々は素直で良い奴なのだ。ただ、あの件についてはそれこそ本人は気がついていないだけ。何故なら未だにアレを持っている。大切に使っている。クラスが一緒になってそれが分かった。何時もアイツは使っている。それを見たら今までの事がばかばかしくなった。それに、アイツはバカじゃない。現にこの夏で遅れていた勉強を全て取り戻しているじゃないか。いや、それこそ気がつくとオレを脅かすほど学力も上がっている。だから、オレも負けられないと思って頑張っていた。なのに今のアイツは何だ。「何なんだ」。

 侑來は今の直矢も姿を見て何か説明の出来ない事に巻き込まれていると案じている。それは先日の出来事であり、武と直矢の後を追った時に感じていた。でも、どう解決したらよいのか分からない。先生に相談しても信じてもらえないだろう。「どうしたら」侑來は得体の知れないその力について考えていた。

 

 多美は寝室で一人起きた。ゆっくりと目覚めそして立ち上がると窓の外を見た。線路の先には公園の銀杏が立ち並び、いつの間にか色づき始めている事に気が付いた。もうすぐ期限が迫ってくる。それは直矢とも別れの時。その時間が迫っているのだ。スサノオウ様は今は出雲にいらっしゃるのだろう。今年のわたしはお仕えする事が出来ない。後は冬至の日。夜明けと共に出雲に帰るだけだ。わたしは悔いは無いのか。初めは憂いだ日々を過ごしていた。人間は御沼(見沼)の事も龍の事も忘れてしまった。ここに集う人間も土地の者では無く知らない者。そのような人間に龍の事など分かるはずが無い。でも、直矢と出会った。直矢も初め土地の事は分からなかった。でも、彼はこの大宮で生れ、そして大宮で育った事を自覚し始めている。彼は何かを感じたのか大宮の事を調べ、そして大宮を理解し始めている。そして龍の存在も……。でも、自分と関わる事で直矢は深入りしすぎてしまった。それはスサノオウ様との約束を違える事を意味する。でも、龍にはそうするしかなかったのだ。例え過去に同じ様な間違いを犯していたとしても。それだけ直矢は真っ直ぐだった。純粋にわたしを欲したから。わたしもそんな直矢の気持ちに応えたかった。これは人間であろうと龍だからと言う事ではない。互いに真剣なのだ。

 だから……。

 家を出ると線路脇を歩く。線路を渡るとそこは直ぐ公園の領域だ。ボート池の水源。植竹からの名無し川が流入している所。線路の反対側には昔三角池と言う池があったが線路が引かれるのと共に無くなってしまった。湧き水を水源とするこのボート池はそれこそきれいな水に満たされていた。多美はその敷地に踏み入れようとした。

 その時!

 強い力に阻まれる。

 多美は公園の中に入る事が出来なかった。それは一瞬の事。公園全体が結界に覆われている。多美は結界に拒絶されたのだ。それが何を意味するものなのか。

 「結界がわたしを拒んでいる。まさか……」視線を下に向けると多美はそれがスサノオウ様との誓いを違えた事の他ならない。

 「まさか」

 空を見上げ多美は龍となり舞い上がる。高く登ると俯瞰で公園から氷之川神社へと視線を移す。神社を中心に強い結界に覆われていた。スサノオウが龍を拒んでいる。「己のせいだ」、龍は視線を遙か南東の方へ向ける。中川神社が見える。神社に変化は無かった。今は出雲に出向いているはず。龍は更に先を見る。遙か先に森の上空に小さな光を見つけた。光はとても小さいものではあったがその光は力強く煌めいている。龍はその光が何であるかすぐ理解する。その下には櫛名田比売の氷之川女體神社があるのだ。龍は氷之川女體神社に向けて飛んだ。

 光が龍を呼んでいる。龍はその導きによって境内へと静かに降りた。龍が降りた場所は境内にあるあの龍神社だ。多美の姿に戻ると多美は龍神社の戸を開けようとする。ところが戸は開かない。

 「まさか!」

 その時、龍は自分が囚われの身になった事を知る。

 「姫様!」

 何も返事はない。もう一度

 「姫様。わたしが……、何故!」

 社殿の壁が透き通り辺りが見渡せる。でも、多美はその場から出る事は出来ない。囚われの身となったのである。そして、背後から力強くも優しいさに満ちたあの気配を感じる。多美は振り返る事が出来ない。そして背後から聞き慣れたあの声が聞こえた。

 「龍よ。これがどう言う事を意味しているのか分かりますね」

 返す言葉も無かった。多美は黙って聞いていた。櫛名田比売は静かに語り始めた。

 「お前が我らとの約束を違え、あの若者との関係を深めてしまった。それがどう言う意味か分かりますね」

 「はい、姫様」

 「今は神無月の為、我らも多忙よの。命がお帰りになるまでそなたを封じ込めておかなければなりません」

 「待って下さい。姫様。直矢に一言伝えてから」

 遮るように「なりません。龍よ。そなたがした事はあの若者にとってもよくはありません。これ以上関係を深めてしまうとあの子は本当に戻れなくなってしまう。それでも良いのですか。龍よ」

 「それは、それは分かっております。せめて別れの挨拶だけでも、姫様」

 「なりません」

 「姫様!」と叫ぶも、櫛名田比売がさっと手を振りかざすと多美は光に包まれる。光の筒の中に入った。振り向くと……。

 「姫様、どうか、もう一度、機会を」

 「まだ分かりませんか。龍よ」櫛名田比売は決して怖い顔はしていなかった。むしろ慈悲深い優しい顔立ちで龍を諭すように頷く。

多美はその表情に我に返るような思いになる。

 「まさか!」

 櫛名田比売は何も言わない。そして手を振り上げた。すると多美を包んだ光は領空に登るとゆっくりと南東へと進む。今の武蔵野線沿いに調整池がある。見沼の面影を残しているエリアでここは人間の立ち入りが禁止されている所だった。池の中心へと進むと水中から四本の竹杭が現れる。四角に模された竹杭は御船祭りの時に用いられるものだった。その場所は御船祭りの祭場地なのである。多美はその上空まで来るとゆっくりと下降する。何とか脱出しようともがこうも、身体の自由は利かない。

 「姫様!後生です。どうか、せめて一度だけでも」

 「龍、いや多美」、姫は視線を龍に向ける。その視線に多美ははっとした。「やはり、そんなに直ぐに……」多美は言葉を失った。そして全てを察したのである。多美は光に包まれ、静かに水底へと消えていく。しばらく光跡が水中を煌めかせていたが、それもゆっくりと消え元に戻った。そして、四つの竹杭も水中へと沈んでいくと辺りは変らぬ水面を輝かせていた。

 「これで良いのですね。あなた」

 「ああ、これでよい」

 「でも、あの若者はどうしますか」

 「うむ、それもあの若者次第だろうよ」

 「そうは言っても……」櫛名田比売は言いかけたが、須佐之男命が無言でそれを制した。

 「貴方もへそ曲がりね」と少々あきれ顔になるも須佐之男命は口元が少し上がった表情をしたと思うとすぐ遠くを見つめる表情へと変る。

 「策は打っておる。案ずるな。それよりも後をぬかりなきように」

 「はい」


 夢に多美が出て来た。多美は助けを呼んでいた。オレはその声に応えるべき手をさしのべるのだが多美はドンドン遠ざかってしまった。嫌な夢だ。その日一日中落ち着かず直矢は授業が終わると早々に多美の家に向かった。何時もの様にT武線沿いまで走ると線路脇を自転車で走る。見慣れた光景が……、今日は違った。有るべき所に路地が無い。有るべき先にあの屋敷が無かった。

 直矢は辺りを方々探してみたのだが屋敷は無かった。

 「多美!何があった」と呟く。無性に不安になる。多美が居なくなる。そう思うと落ち着かない。その時、あの緑の勾玉を思い出すとポケットから取り出した。石は変らず深い緑色をしている。こうやって石を眺めていると必ず多美と出会えるはずだ。「カンカンカン」と踏切の音が何度となく聞こえては大きな地響きと共に電車が通り過ぎていく。何本通り過ぎたかは分からなかった。でも、多美は現れない。

 「多美、どうして……」

 直矢は悲しみと落胆が重なり合い自分がどう戻って来たのかが分からなかった。家に戻り、ポケットから石を取り出し、そして窓から差し込む傾いた日に照らす。石は光りを取り込みその深い緑色を輝かせていた。この石の輝きが失せぬ限り、多美ともう一度会えるはずだ。不安の中でも何処か冷静さが直矢の思考を働かせる。「考えろ!」あの時、理解したはずだ。多美がこの世の者では無い事を。でも、そんな事はどうでもいい事。「オレは多美の事が好きなんだ。それでいいんだ」でも、同時に何時か別れが来るのかも知れないと言う不安が何時もよぎっていた。それが今なのか。いや、そんな事は無いはずだ。少なくても最後のお別れをしなければいけないんだ。その為には多美にもう一度会わなければならない。「どうしたら……」

 さっきまでの絶望感から今はグルグルと頭の中を駆け巡る。今までの出来事を思い出す。その時だった。スッカリ忘れていた事を次々と思い出したのだ。

 「そうだ、神社だ。神社で不思議な体験をしている。あの時あった人達は何者なのか?」直矢は思い出していた。あの小父さんと言う人物。不思議な人だ。気配も無く現れそして消えた。小父さんだけでは無い。あの時神社で見た人影は本当に人間だったのだろうか。女體神社で会った伯母さんと言う人も同じだ。そして先日会った中川神社の小父さんも……。

 「そうだ。黒山院で会ったあの女性?」少し気味が悪かったが綺麗な(ひと)だ。オレの勾玉を欲しがっていた。今思えばどこかもの悲しげな感じがしていたのだ。

 何処かに可能性を持たなくてはならない。そう思ったら明日からどうするかもう一度考えて見よう。直矢は勾玉に誓った。

 「必ず多美に会おう。そして思いを伝えよう。そして……」


 直矢は目が覚めたかのように俄然やる気を出す。授業も今まで通り集中した。手を抜く事がないように。何処かで多美に見られているかもしれない。多美に笑われないようにしないといけないのだ。学校が終わると図書館に向かった。自分が体験した事と照らし合わせて、大宮の歴史、見沼の歴史、氷之川神社について、そして龍について。ノートに洗い出してみる。すると少しずつ見えてきた事があった。

 沼は開拓され今は無くなってしまったが、沼には龍が住んでいた。龍は生れし時から見沼に住む。大宮とは龍と共に暮らす土地だったのだと思う。龍と氷之川神社との関係。それがこれまでの争点だった。龍と神社は密接な関係にある。氷之川神社は水を治める。龍は水そのものの神。そこには一見、氷之川神社が龍を治めるかのような関係が考えられたがどうもそれがしっくりこない。では神社と龍の関係はどうなのか。直矢達は神社にも赴き、神社の方と話をする事で解き明そうとして来た。

 「後、もう少し。もう少しで解き明かせそう」

 直矢は感じていた事が迫っていると思っている。今までが何処か夢の世界に赴いており多美との時間が唯一無二のものだと思い込んでいたがそれは幻の如く今の直矢に痛感させていた。近々また藤堂先生に力を借りなければならないだろう。そして、自分の偏った考えを客観的に見つめる為にも武達の力も必要だ。それを素直に伝えるのに忸怩たる思いもあったが今はそんな自分のプライドなど関係ないのだ。

 でも、どうしても説明出来ない事がある。それがあの不思議な体験をした事。それは一度や二度ではない。だから今までは誰にも言う事はなかった。ところがどうだ。先日は四人で中川神社に詣でた時も同じ現象に合ったではないか。それまでのオレと同じで今の武達はあの時の事を忘れている。でも、オレが思い出したようにあいつらもきっかけがあれば思い出すに違いない。どう説明したらよいかと、そして一つの決断に至る。三人の前で自分の経験した事を洗いざらい話す事。それは何処か秘められた思いを解放する勇気を持つ事なのであると直矢は考える。そして、実行に移すことを決めた。


 あれから時間を見つけては何度となく神社に足を運んだ。でも、多美と再会する事は無かった。拝殿の前で勾玉を何回も掲げ、そして願うのだ。「多美と会わせて下さいと……」ところがある事に気づいた。回数が増すと段々どうでも良くなってきている自分がいる。「もう一生会えないのでは」と諦め顔になっている。それでも何とか普段の生活は気を抜く事もなく淡々と過ごす事を意識していた。

 休み時間に侑來が話しかけてきた。

 「最近、妙に大人しいけど何かあったの?」

 そんなふうに見られているのか

 「別に」

 「そう、多美さんとはどうなの」

 返答する言葉がない。別に隠す事でも無いだろう。多美と会えなくなった事が今の自分の雰囲気を醸し出していると言うのならそれを甘んじて受け入れよう。でも、それを小馬鹿にされるのはしゃくに障る。直矢は言葉を選んで応えた。

 「会えなくなってしまったのさ。多美と……」

 想定していたのか少々怪訝な表情になったと思うと「そうなの。何となく良くない事があったのかなって思ってたけど……、そう、で、何時から」

 「もう大分経つんだ。神社にも行ってるんだけどそんな女の子は居ないって言われるし」

 「ひょっとして元々、多美さんは神社には居なかったじゃないの」

 「そんな事はないさ。神社で会ったんだ。小父さんと言う人と」

 「小父さん……ね。ねえ、小父さんてどんな人」

 「どんな人って、そうだな、背が高くて大人なんだけど長髪なんだ。白髪にしては綺麗なんだけど黒というか銀色っぽい色してて、何時も見下ろされてるから一寸怖い感じがあるけれど優しい時もある。今だから思い出せるけど変なんだ」

 「変?て何が変なんだよ」といつの間にか武も加わっている。以前の様に互いに食ってかかる事も無く極々自然体で接する事が出来る。あれ程啀み合っていたのに。

 「今、神社でよく会う人がいて、禰宜と言う仕事をしている人なんだ。その人が言うにはオレが見た境内で働いている人達を見た事がないと言う。でも、オレはハッキリ見たんだ。神社にいた人達を」

 「どんな人だったんだよ」

 「それがさ、みんな装束を纏っているんだよ。神池の前にある松尾神社や池の畔にある宗像神社に昔の装束を纏った人達が立っていたんだ。声をかけても返事がない。愛想がない人達だなって思うだろ。でも、違うんだ。向こうもこっちには気がついている。だから和やかに会釈されるんだ。でも、それだけなんだよ」

  それを聞いて武は言う。

 「中学にもなればさ、好きだ嫌いだと色恋の話も珍しくもないけど、お前の場合は一寸違うよな。オレ達は誰にも言うつもりはないけど何処でどう知られるか分かったもんじゃない」

 「多美が言ってたよ。誰にも見られないから大丈夫だと」

 「そんなのあり得ないだろ」

 「でも、オレが多美と会っていた屋敷は分からなかったんだろ」

 「……、そう」

 「なあ、そうだろう。」

 二人は返す言葉がない。こいつはオレ達が付けていたのを知っていたのか。と思った。

 「別にいいのさ。そんな事は。第一オレは知らなかった事だし。多美に教えて貰ったんだよ。二人が付いて来ていると」

 三人の間にしばらく沈黙が出来た。誰が話すとなく下を向いて考え込む。その内武が口を開くと

 「それよりも例の件はどうなったんだよ。最近また図書館に通っているようじゃないか」

 また、付け狙ってるのかと思うも

 「誤解するなよ。図書館は元々オレ達が先に通っていた所なんだから。そこに、お前が来るようになっただけのことだからな」

 確かにそうだ。この件に関しては武の言う通りだと直矢は思う。

 「進展はないさ。まんまだよ。お前達はどうなんだよ」と直矢が聞き返すと

 「わたし達も変わりはないわ、ただ……」

 「どうした?」

 侑來は武の顔を見ると二人は納得いかないような表情をする。そして

 「中川神社に行ったじゃない」

 「ああ」

 「あの時さ、人に会ったよね」

 「ああ、会ったよ。それが」

 「二人共、どうもあの時の事をよく思いだせないでいるの。なんだか狐につままれたような感じがして」と薄気味悪そうに言う。

 そう思っても可笑しくないだろう。あの小父と言う人も氷之川神社と氷之川女體神社で会った人達と同じだから。それはある意味多美も同じなのかも知れない。でも、多美はあの人達とは一寸違うと直矢は考えていた。言葉では旨く説明出来ないのだが、それは直矢は多美と深い関係になった事で感じられた事。そうとしか言えない。

 「二人が感じた事は間違っちゃいないと思うよ。あの時、話してたんだよ。確かに。でも、途中で飛ばされたのさ」

 「飛ばされた?」

 「そう、飛ばされた。気がつくとオレ達は大宮公園に居た。何か収穫があったのかとお互いに確認しあっても、変に直近の記憶が曖昧になっている。何の話をしてたのか思い出せないんだろ」

 「なんでそれが……」

 「オレも初めはそうだったんだよ。でも……」

 二人の顔を見渡すと

 「オレ、思い出したんだよ。その時の事を。中川神社だけじゃない。氷之川神社や氷之川女體神社でも体験していたんだ。スッカリ忘れていたよ。でも、思い出したんだ。多美がいなくなってから」

 二人は目を見開き互いに顔を見合わせている。それがどう言う事なのか察しはついた。二人、いや三人とも同じ現象に合っていたのだ。三人ともその時の事を忘れていた。武達はまだ記憶が定かではないため半信半疑。

 「どうして、お前だけ分かるんだよ」

 「それは、オレがこの件に深入り過ぎたから……」

 そうなのだ。直矢は多美と関係を深めると共に神社との関係も深めてしまった。直矢にはそんなつもりはなかったのに、ただただ、多美の事が知りたかった。多美と知り会い。多美が憂いでいる事が知りたかった。それが次第に分かり掛けてきた事がある。でも、まだシナリオが一つに結ばれたのではなく、所々ブツブツに切れている。そこが繋がれば答えが出る。最も直矢の心の中では答えは出ているのだがそれが余りにも非現実的でしかないもので、自分でも「あり得ない」と思うばかりなのである。

 「今度さ、先生の所で話をしないか。それとオレは多美との事はまだ諦めた訳ではないから」

 本当は少し諦めかけていた。

 「もしよければ助けて欲しい」と言うと武も神妙な顔つきで直矢を見る。侑來にしてみれば少々複雑な思いはあるものも直矢はこうして人に頼む等とは初めての事だ。これもあの多美さんと言う人と出会ったからなのか自分にはそのような人に影響を与えるような力はない。わたしはただ人の影で力を注ぐ太陽からすれば月のような存在で有りたい。だから自分の気持ちは封印する。それがわたしの美学でもあるのだから。

 「分かった。その代わりこれから多美さん探しにはオレ達も参加する。それには先生の所である程度納得のいく説明をしてくれ。まだオレ達に隠している事がありそうだからな」

 「武君!」

 「分かったよ」直矢は少しにやけてしまった。

 「まだ自分でも説明が付かない所がある。もう少し整理したいから時間をくれ。先生の所で説明するよ。それまでお前達も調べとおけよ」

 「分かった」

 授業が終わると、三人はめいめいに別れて下校した。神月侑來はマネージャ仲間と部活に勤しむ。天雲武は彼の公言通り受験に備え図書館へと向かった。瓜生直矢はと言うと図書館へは向かわず大宮公園へと向かった。

 公園に着くがそのまま進む。産業道路に面した黒山院の森は上の方はまだ赤く夕日に染まっていたがその下は暗闇に包まれ不気味さを醸し出している。急ぎ入口に下まで来ると急な階段を見上げた。

 「門が閉まっている」

 疲れと共に落胆が全身を覆った。今日はもう締めたのか、或は元々休みだったのか。ここには二度と来まいと思っていたのに……。階段下の入口まで来ると上を見上げた。大分暗くなっていたが白いゲートを確認する。またの日に改めるしかない。

 ポケットからあの勾玉を取り出すと見つめながら考えていた。あの(ひと)はこれを欲しがっていた。あの女も多美達と同じであれば願いが叶うかも知れない。この石を手放すのは躊躇う。でも、そうしなければもう一生会うことが出来ない。そう思った。石は暗いせいか黒さを増していた。

 「多美。何処に居るんだ。まだ、この大宮に居るのだろ。もし、囚われの身なのならオレが早く助けてやるからな」

 直矢は石に誓った。


七話につづく


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