01話 終わりと始まりの夜
投稿は初めてなので、読みにくかったら、申し訳ございません。
書いているうちに、ホラーっぽくなってしまいましたが、ホラーでもありません。
余談ですが、株の空売り野郎は最低だと思います。
「終わった。何もかも終わった」
スマホの画面に映っているのは、だだ下がりどころか一直線に落下しているチャート。
ほんの僅か目を離した隙に、ストーンと落とされ、今までコツコツ貯めていた資産が全て吹っ飛んだ。
もう笑うしかないとはこういうことだろう。
ハイリスクと言われていたものに、手を出してしまった自分の甘さを呪った。
これから来る追訴の嵐の事を考えると、吐き気と目眩で意識が飛びそうだ。
真っ暗な部屋が、これから自分の人生を暗示しているようで、余計に気が滅入ってきた。
スマホの掲示板を確認すると、自分と心とは裏腹に歓喜の悲鳴を上げているものが大勢いる。
そう、世界は自分とは逆に幸せになっていくものが多いのだ。
よくよく考えたら、いつもチャンスは目の前にぶら下がっているのに、いざ選択時になると容赦なくへし折られる。
小学生の頃は書道大会で、対抗馬が審査委員長の弟子であったばかりに賞を落とされ、高校受験は一緒に受験したメンバーの中で、自分だけが不合格になった。
(あの時の空気の悪さを生涯忘れない。)
就職してからも、配属された部署では実力より縁故や上司と愛人関係のある人間だけが、出世していった。
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そして、今回の暴落による借金。
誰に責任があるわけでも無い。全ては自分の責任なのだ。
はぁぁぁぁぁと思い切り、溜息をつく。
そして、思った。
「もう、死のう」
どれだけ努力しても、足掻いても、報われるどころか、負債ばかりが増え続けるなら、
これはもう、そういう運命だったと割り切るしかない。
まだ自分の問題だけで収まっている内に、終わらせるしかない。
思い立ったら吉日というのは語弊があるが、自分の中でそこそこ着ごごちの良い服に袖を通す。
(どうせ死ぬなら、一張羅より、愛着のある服の方がいいと思ったからだ。)
愛用しているリュックサックに、失くして惜しくない程度の金額が収まっている財布とSuicaを入れる。
家を出る理由の一つは、ズバリ、賃貸だからだ。
ここで死んで事故物件になったら、大家さんに申し訳ない。
短い間だが、あれこれと世話をしてくれた人達に迷惑をかけるのは少なくしたい。
履き慣れたスニーカーに足を通し、駅へ向かう。
出来るだけ遠くへ、出来るだけ迷惑のかからない場所へ。
毎朝通っていた駅の改札も、今日で最後かと思うと、寂しさが込み上げてくる。
静かに最後の電車をホームで待っているとー。
待って。
待っているのに、時間通りに電車は来なかった。
そして、ホームには駅案内放送が響き渡った。
『ただ今突風により、運転を見合わせております。お客様には大変ご迷惑をおかけてしておりますが復旧には時間がかかっておりますので、振替輸送をご利用ください』
「え? えーーーーー‼︎」
出鼻を挫かれたとはまさにこの事。最初の一歩で足止めを食らってしまった。
いやいやいや、突風による運転見合せは、乗客を守る上で至極真っ当な話だ。
「ま、まぁ。別の移動手段はまだ他にもあるんだし…」
自分の中でガラガラと音を立てて崩れていく予定と「移動するの面倒くさいわ〜(今更何を言う)」と言う気持ちを叱咤し、振替券を受け取って、別の沿線の駅へと向かった。
しかしー。
『ただ今、線路の立ち入りがあったため、乗務員が安全を確認しております。運転再開までしばらくお待ちください』
移動した先でまたも移動を封じられてしまった。
その後もー。
『お客様の荷物が挟まったため、電車に遅れが発生しております。』
『緊急停止ボタンが押されているため、現在運転を見合わせております』
『急病人がいらっしゃった為、介護により電車が遅れております』
ーという今日に限って、電車が遅延および運転見合せランキングでも競っているのかというくらい、次から次へとトラブルが発生し、結局何処へも行けないまま、自宅マンションへ戻って来る羽目になってしまった。
部屋に戻る気にもなれず、マンションの屋上からキラキラと輝く街の灯を見下ろす。
ここから思い切りダイブ出来れば、恩の字なのだろうが、通行人にぶつかったらとか、落ちた後の始末とか、住人や大家さんへの迷惑を考えると、その気にもなれない。
「結局、何もかも中途半端…。まともに死ぬ事さえ出来ない」
さて、これからどうするかと、視線を周囲に巡らせると、屋上の端に見慣れないものが目に入った。
それは柵を乗り越えてヒラヒラと黒い髪と白いワンピースをはためかせながら、立っていた。
「じ、自殺志願者ーーーー?」
すでに深夜だし、一応このマンションは出入り口セキュリティが付いているから、そうそう部外者が入ってくることは出来ない。
と言うことは、住人ということになるがこのような女性には会ったことがない。
最近引きこもり気味だったので、その間に引っ越してきたのかもしれないが…。
「いや、今はそんなことを考えている場合じゃない!」
恐る恐る柵の外に立つ女性に近づく。こちらが近づいているのを気づいているはずなのに、彼女の視線は街に向けられたままだった。
「あ、あの…。こんばんは。こ、ここで何をしてるんですか?」
なるべく刺激しないように言った自分の言葉が、なんだかひどく間抜けているように感じた。
「寒いし、風はあるし、そこはちょっと危ないと思います…」
聞こえているのかなと様子を伺うと、彼女はゆっくりとこちらを向いて口を開いた。
「そういうあなたは、ここで何をしてるの?」
その目は暗く穴蔵のようで、何も映していないように見えた。
「えっと、自分はここの住人で、気分転換にここに来て、それで…」
その闇に吸い込まれそうな視線から、目を逸らしてしどろもどろになって答える。
「それは嘘」
「え?」
「あなたも終わらせる為に来たんでしょう」
まるで心を読まれているかのような言葉に、息が詰まってしまう。
「あなたも絶望しているのが分かるもの」
かわいそうねという風に彼女は目を細める。
その言葉を聞いて、心の奥底でイライラと怒りの炎をが湧き上がってきた。
確かに絶望している。死にたいともこのクソッタレな人生を終わらせたいとも思っている。
でもそれは自分のものだ。自分の責任だ。しかも初めて会ったばかりの人間に理解されているみたいに言われるのなんか、真っ平だ。
「確かに、言われる通りだけど、でもそれはここじゃない!」
自分でも何を言っているんだと思いつつ、思わず叫んでしまった。
彼女は静かにこちらの様子を眺めながら、呟いた。
「そう…。ここじゃないのね」
「ここでそんな事をすれば、たくさんの人に迷惑がかかる。
危ないから早くこっちへ」
そう言って彼女の方に手を伸ばそうとした瞬間、手首を掴まれてグイっと引っ張られ、彼女の胸に抱きしめられた。
そして、耳元に彼女の口が近づき、自分にこう告げた。
「私の名前は伏 貴美佳。私の代わりに全てを終わらせて」
「えっ」
ーと思った瞬間、夜空を自分の足が舞っている。
空には満月と、そして目の前には共に落下していく満面の笑みを浮かべた伏 貴美佳の顔があった。
やはりいつもこうだ。
一番そうじゃない時に、それは起こる。
俺、的場登四郎の28年の人生は、最悪な形で終焉を迎えたのであった。