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5話・束の間の安息

 

「え……俺?」


 突然声をかけられたので、驚いて反応が遅れてしまう。

 考えるまでもなく俺の事を指している。

 この辺りに人は全く居ないのだから。

 声の方向へ振り向く。

 そこには一台のパトカーが停まっていた。

 気づかなかった……いつからいたのだろう。


 そして、パトカーから一人の男性が降りてくる。

 何処からどう見ても町のお巡りさんだ。

 警察の制服を着て、腰にリボルバーを装備している。

 余談だが、日本の警察官が常備しているリボルバー式の銃は殺傷能力が低くなるよう作られているらしい。

 発砲した相手を傷付けない為の配慮だとか。

 如何にも日本らしい理由である。


 閑話休題。


 警察官は早足でこちらにやって来る。

 俺は直立不動で固まっていた。

 こういう場合、どうしたらいいんだろう。

 まさか強盗容疑で逮捕されるとか……

 さ、流石にそれは無いと思いたい。


「君、そこで何をしている!」

「えーと、その」

「外はとても危険だ! 送ってくから早く帰りなさい!」


 しかし、俺の心配も杞憂に終わる。

 三十代後半くらいの男性警察官は、単純に俺の身を案じてくれていただけのようだ。

 優しい人だ、自分にも危害が及ぶかもしれないのに。

 俺は自分の身の上を正直に話す事にした。

 別に、隠す理由も無いし。


「実は、自宅が例の怪物に襲われまして……」

「な、なんだって!?」

「行くあてもなく、避難出来そうな所を探してるんです」

「そうか、そういう事情があったのか……」


 男性警察官は複雑そうな顔になる。

 家がモンスターに襲撃された。

 これは、屋内待機も危険な事を意味している。

 町を守る警察官として、色々考えているのだろう。

 今こうしてる間にも、住宅街をモンスターが襲っているかもしれないのだから。


「分かった、君はひとまず警察署に来なさい」

「え、いいんですか?」

「勿論、市民を守るのが警察官の使命ですから」


 彼も冷静になったのか、口調が落ち着く。

 ともあれ警察署に行けるようになった。

 飲料水を確保し、警察署にも辿り着ける。

 これは最良の結果ではなかろうか?


「さあ、こちらへ。送りますから」

「ありがとうございます、お巡りさん」


 お礼を言ってからパトカーに乗る。

 パトカーに乗るのなんて初めてだ。

 自分が犯罪者になった気分である。

 あ、いや、グレーゾーンな事はさっきしたか。

 男性警察官はその現場は見ていない様子である。

 俺が勝利の余韻に浸っていた時に、偶然パトカーでコンビニ前を通りかかった……多分そんな感じだろう。


 パトカーが動き出す。

 乗り心地は普通に良い。

 揺られながら、窓から外の様子を見た。


 ちょくちょくモンスターを見かける。

 が、パトカーのスピードには追い付けないのか、モンスターはこちらに気づいても追って来ない。

 車の調達、考えた方がいいかな。

 モンスターに妨害されず進めるのは便利だ。


「あの……日本に、世界に今、何が起きているんです?」

「さあ、私にも分かりません。悪夢みたいですよ」


 男性警察官に聞いてみる。

 だけど、彼も深くは知らないようだ。

 それでも色々と教えてくれた。

 まず、政府は各地に自衛隊を出動させている。

 同時に警察にも市民の安全を守るよう、指示を出したとか。


「私は外を出歩いている人がいないか、パトカーを走らせて確認していたんです」


 パトカーは速い。

 モンスターに狙われても逃げ切れる。

 警察署の人達はそう判断したようだ。


「そういえば、自己紹介がまだでした。私は熊野です。この町の警察署に勤めています」

「自分は高橋幸人、大学生です」

「学生さんでしたか。じゃあ、家っていうのは」

「借りているアパートの一室です。襲われましたが、怪物の頭が悪くて勝手に自爆して助かりました」


 男性警察官の熊野さんは温和そうな印象だ。

 だからさっきの大声は意外だった。

 それだけ、警察官としての自覚があるのだろう。


 立派な人だな、本当に。

 昨今の日本の警察は不祥事が目立つ事もあるが、熊野さんのような警察官も居る事を忘れちゃいけないな。

 大抵、大きな組織の悪事は悪目立ちするものだ。



 ◆



「着きました、ここが警察署です」


 パトカーが停まる。

 この町の警察署に来るのも初めてだ。

 署の外観もネットでチラッと見たくらい。

 だからうろ覚えなのだが……


「こんな要塞だったかなあ……?」


 署の周りはバリケードで頑丈に守られていた。

 モンスター襲撃に備えてのことだろう。

 出入り口も人一人が通れるかどうか程に狭い。

 小さいゴブリンでも、集団で通るのは困難と考えられる。


「署長の命令で、直ぐにバリケードを作ったんです」


 熊野さんは誇らしげに言う。

 署長という人物は判断力に長けているな。

 事態の緊急性を理解し、直ぐにバリケードを構築した。

 やはり警察署なら安全だ。


「車は裏口から車庫に入れるので、一旦迂回します」

「はい、送ってもらってありがとうございます」


 それからパトカーを車庫に停め、二人で降りる。

 警察署内に入るのだが……それはもう凄かった。


「国から新しい情報はまだ来ないのか!」

「この地区に救助はいつになったら来る!?」

「○○付近で迷子のようです、直ぐにパトカーを!」


 飛び交う怒号、走り回る警察官の皆さん。

 とても挨拶をする雰囲気ではない。

 熊野さんに連れられ別室に通される。

 その部屋は打って変わって静かだ。


「ここは?」

「取り調べ室です」


 成る程、静かなワケだ。


「私は別の仕事があるので、ここで」

「はい、ありがとうございました、熊野さん」

「仕事を全うしただけです。あとで別の者が来ますので、何かあったら聞いてください。それでは」


 そうして俺と熊野さんは一旦別れた。


「はあ……なんか、疲れたな……」


 パイプ椅子に座る。

 さっきまでは気にならなかったが、手足が少し震えていた。

 今でも鮮明に思い出せる。

 ゴブリン二匹を相手取り、勝利したあの瞬間を。


 俺は、人型の生物を殺した。

 大きさ的に子供を殺害したのと変わらない。

 それも殺意を持って、計画的に。

 衝動ではなく計算して命を奪った。

 その事に対する衝撃は……まあ、少しはある。

 戸惑いもあるし、嫌悪感も拭えない。


 だけど、やらなくてはいけない事だ。

 これから先もモンスターとは戦うだろう。

 人型のモンスターとも沢山出会うかもしれない。

 一々気にしていては、足元をすくわれる。

 ゲームみたいでも、決してゲームでは無い。


 死んだら終わりの、現実なのだ。


「…………はっ」


 今一度覚悟を自らに問う。

 微かな笑いが、口元から零れた。

 自嘲的に自分を嗤う。

 今更ながら––––俺は恐怖していた。


 怖い。

 ゴブリンの棍棒で殴り殺されるのが。


 怖い。

 自分がモンスターを、命を奪い続けるのが。


 怖い。

 この世界で生きて行く事が。


 怖い、怖い、怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い……!


 冷や汗が全身から吹き出る。

 手足の震えが秒ごとに大きくなる。

 心臓の鼓動が何倍にも高まる。

 顔から血の気が消え去っていく。

 寒い、気持ち悪い、痛い、辛い。


「……は……ぐ、く!」


 パイプ椅子から転げ落ちる。

 その場で蹲り、動けなくなってしまう。

 何でだ、何で体が動かない……!

 意識はある、しかし体が言う事を聞かない。

 嫌な感じだ。

 拘束されるのがこんなにも苦しいなんて。

 いっそ、意識も消えればいいのに。


 そう思っても、中々意識は消えてくれない。

 寧ろ、様々な思考が渦を巻く。

 思考の竜巻の中、強烈な死のイメージが浮かんできた。


 死。死とは何だ?

 肉体の死? 精神の死? 魂の死?

 意識の消失が死なら眠っている間はどうなる?

 何で、何で、何で––––


「……う、ああああああああああっ!?」


 おかしい、俺はおかしい。

 おかしいと分かってるのに何も出来ない、動けない。

 勝手に悲鳴をあげている自分が恐ろしい。


 そんな時、熊野さんとは違う警察官がやって来た。


「貴方が高橋さ––––え、ちょ、大丈夫ですか!? だ、誰か来てください!」

「あ…………」


 人が来て安心したのか、俺の意識はプツリと途切れた。












 リザルト




 ・モンスターキラー


 世界で最初にモンスターを殺した人間に宿るスキル。

 モンスターとの戦闘時、全ての行動にボーナス判定。

 また、倒したモンスターの経験値全てを吸収する。

 その際モンスターの感情なども一部取り込んでしまう。

 多くはモンスターが死ぬ瞬間の黒く暗い情念。

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