4話・警察署を目指して
「……酷い」
アパートから少し離れた道路に立つ。
見慣れている筈の風景。
なのに今は、まるで暴動でも起きた後のように荒れていた。
道のあちこちに黒く変色した血液が流れている。
モンスターが人間を襲った証拠だ。
人気は無く、遠くから破裂音が聴こえてくる。
一言で表すなら、とても不気味。
知ってる筈の街並みが、一瞬で塗り替えられた。
綺麗な絵画の上にペンキを零された気分。
モンスター発生から数時間しか経ってないが、この様子だと町の人々は政府の言う通り屋内に避難しているようだ。
警察官や自衛官の姿は見当たらない。
モンスターも居ないようだ。
今の内に歩いて距離を稼ぐ。
まずは、そうだな……無難だが、警察署に行こう。
この町には交番では無い、大きな警察署がある。
そこに行けば情報も得られるだろう。
何より警察官達が駐在してる筈なので、心強い。
俺は車やバイクの免許を持っていないので、歩く。
そこら辺の自動車を奪う、なんて事も考えたが、流石にそれはやりすぎだし、そもそも運転の仕方が分からない。
家からは武器として、傘の先端に紐でキツく縛った包丁を持参している、無いよりマシだ。
一応、剣のように扱える。
当たり前だが、剣術なんて習った事は無い。
にも関わらずそれっぽい動きをする事が出来た。
これがスキルの力なのだろうか。
剣を振る前に、頭の中でイメージが湧く。
あとはその通りに動けばいい。
スキル……不思議な力だ。
ゲームだと勘違いしてしまう程に。
それから数十分は何も起きずに時が進む。
時折ゴブリンを見かけたが、隠れてやり過ごす。
無理に戦う必要は無い。
逃げれるのなら、逃げるべきだ。
幾らスキルがあっても、俺は素人。
戦闘は最後の手段と捉えていた。
しかし……町の様子は相変わらず奇妙だ。
まだ昼前なのに出歩いてる人が皆無なんて。
白昼夢––––そんな事を考えてしまう。
「ん、あれは……」
歩きながらあるものを見つけた、コンビニだ。
今の時代、何処にでもある。
それだけならいつもと変わらない。
だが、今はいつもと違った。
ギリギリまでコンビニに近づく。
やはり、店の窓が割られている。
それに不快な声も聴こえてきた。
モンスターの雄叫びである。
店内で暴れているのだろう。
食品を漁っているのかも。
貴重な食料が、勿体無い……!
傘を握る力が強くなる。
やれるか……? いや待て、落ち着け。
食料調達は重要な事だ。
現状、俺の手持ちだと二日分の食料しかない。
それも相当切り詰めて、だ。
遅かれ早かれ、食料調達は必須。
なら今戦っても問題無い、不意打ちも出来る。
問題なのは敵の数と種類。
まずはそれらを調べよう。
割れてない窓がある側に回り込む。
出来るだけ身を屈め、店内を覗く。
「グギ、ギギギ!」
「ギャギャギャ!」
居た、ゴブリンが二匹。
二匹ともハムやベーコンを食い漁っている。
食べる事に夢中で周囲の警戒は疎かになっていた。
これなら、やれる。
頭の中で作戦を立て、実行に移す。
仲間を呼ばれる前に素早く倒す、それが最優先。
俺は出入り口付近の窓硝子を、あえて壊した。
硝子はパリンと砕け、崩壊する。
当然、特有の音が響き渡った。
音が鳴り終えたと同時に、身を隠す。
出入り口のすぐ近くに控え、ゴブリンを迎え撃つ。
「ギャ、ギャッ!?」
「ギギギー!?」
案の定、一匹のゴブリンが様子を見にやって来た。
悪く思うなよ、ゴブリン。
これは生きるか死ぬかの戦いなんだ。
あと三歩、二歩、一歩……!
何も知らないゴブリンがふらりと現れる。
そこだっ!
傘を構え、ゴブリンの喉元に突きつける。
スキルのおかげで狙い通りに当たる。
刃物で肉を抉る感触は好きじゃない。
が、そうも言ってられない。
俺は喉元に突き刺したまま、傘を手元に引き上げた。
「ギヒュッ……!?」
突如横方向に引っ張られるゴブリン。
既に起きた事を整理出来てないようだ。
驚く程上手く、作戦が進む。
引きずり出したゴブリンを脇の道路に投げ捨てる。
ゴブリンは荒い息を吐きながら、絶命した。
一匹目撃破。
落ち着きながら、続く二匹目を迎え撃つ。
もう不意打ちは通用しない。
ここから先は真正面のガチンコ対決だ。
「ギギギ、ギギギッ!」
仲間が殺された事にようやく気付いたゴブリン。
棍棒を振り回しながら、こちらへ走って来る。
いいだろう、受けて立つ!
同じように俺も駆ける。
汎用剣術スキルのイメージが、頭に浮かぶ。
突撃の勢いを利用し、身体を斬り裂く。
スピードはこちらの方が上。
あっという間にゴブリンの前へ接近する。
トドメに一歩、深く踏み込む。
「おおおおおっ!」
下からすくい上げるように、ゴブリンを斬る。
そのまま切断……は、出来なかった。
俺が今使っているのは包丁と傘で、本物の剣じゃない。
包丁は食材を斬る為の物だ。
二匹のゴブリンを斬った結果、包丁の刃はボロボロ。
ゴブリンの体に食い込むが、深くは進まない。
––––関係無い、このまま無理矢理押し込む!
斬る、のでは無く叩きつけるように。
新たなイメージが脳内に浮かぶ。
俺は力任せにゴブリンを吹き飛ばした。
同時に傘も折れてしまう。
「ギャッ!?」
壁に叩きつけられたゴブリン。
包丁が刺さっている箇所から川のように血が流れている。
暫くして血が無くなったのか、二匹目も死んだ。
そして身体が消滅し、またあの小石だけが残る。
「か、勝った……!」
小石などの謎はある。
だが今だけは、勝利の余韻に酔わせてほしい。
「本当に、コレは何なんだろう……」
小さく呟く。
今回も、倒したゴブリンから小石が現れた。
形も色もほぼ同じ。
用途が分からず、正直持て余している。
ゲーム風に考えるなら……ドロップアイテム?
それならゴブリンの○○、的な物がドロップする筈。
いや、全てのゲームがそういうシステムでは無いが。
第一この世界はゲームじゃない。
でもなあ、本当にゲームみたいな世界なんだよなあ……
おっと、こんな事を考えている暇はなかった。
早く必要な物をコンビニから取ろう。
そういえば、店員の人は何処に……居た。
レジの奥の方で横たわっている。
生死については、最早言うまでもない。
気を取り直し、鞄に品物を詰めていく。
最優先は飲料水だ。
ペットボトルの水をどんどん入れていく。
そうなると必然、鞄の重量もあがる。
しまった、一人じゃ持って歩くのにも限界があるな。
うーん、困ったな。
やっぱり無茶を承知で車を動かすか––––
なんて考えていたが、いざ鞄を持ち上げたらとても軽く、何個でも運べるくらいに重さを感じない。
「どうなっているんだ……あ、もしかしてっ!」
俺は直ぐにステータスを確認した。
因みに、心の中で念じれば現れると理解する。
[タカハシ・ユキト]
レベル:2
職業:剣士
体力:6
筋力:9
敏捷:9
魔力:6
精神:6
【スキルスロット】
・汎用剣術
・モンスターキラー
・
やはりレベルが上がっていた。
ゴブリンとの戦闘が影響しているのだろう。
それに伴い、各項目の数値も上昇している。
とくに筋力と敏捷の伸びが良い。
成る程、鞄が軽いんじゃなくて腕力が強化されてたのか。
凄いな、ステータス。
こんなに早く肉体に影響を与えるなんて。
数値が4つ上がっただけで、これだ。
本格的にレベル上げをすれば……
闘争本能に火がつく。
俺の中で、新たな目標が出来上がる––––レベル上げだ。
今よりも強くなれば、出来ることが増える。
生き残る確率もグッと高まるだろう。
レベルとステータス。
これからの世界は、この二つが重要になるだろう。
そうと決まれば、モンスターを探しに––––
「君! そんな所で何をしている!?」