12話・黒髪と金髪の少女
「ではまず最初に、体育館から行きましょうか。恐らく最も訪れる機会が多くなると思われますので」
凛音さんに連れられ階段を降りる。
体育館へ繋がる道は一階にあるようだ。
途中、俺は避難所について幾つか質問してみる。
彼女は淀みない口調で粛々と答えた。
「この避難所って、いつから出来たんですか?」
「世界が変わった日の夜、ですね。本格的に避難所として機能したのは翌日からですが」
「国から助けは来ないんですか?」
「救助の要請は常に通信で毎日訴えているんですが、どうにも反応が薄く、期待出来ません」
「……あの」
「ん?」
今度は凛音さんが俺に聞いてくる。
少し困ったような顔色だ。
「どうして、態々敬語なんです?」
「いや、初対面ですし。いきなりタメ口だと、なんか、不誠実な輩だと思われそうで」
「なら口調は崩して構いません。年長者に敬語を使わせていると、周りから色々と言われそうで」
ああ、そういうこと。
確かに偉そうな奴だと思われそうだ。
彼女は生徒代表として運営に関わっている。
面倒な感情を持たれやすい立場だ。
「それなら、いつも通りにさせてもらうよ」
「はい、そうしてください」
「それと君のことはなんて呼べばいいかな?」
「別に、好きに呼んでください。呼び方に文句を付ける程、狭い器量ではありません」
堂々と言い切る凛音さん。
十五歳とは思えぬ迫力だ。
その自身はどこからやってくるのだろう。
まあ、本人がそう言っているので、これからは遠慮無く凛音と呼ばせてもらおうか。
本校舎と体育館を繋ぐ通路に出る。
短い橋のようなもので、天井は無い。
眩しい日差しを浴びながら体育館へ向かう。
「体育館も、靴は脱がなくていいのか?」
「はい。いつどんな時も、身一つで逃げれるようにしておくのも、この避難所のルールの一つです」
「それはつまり……」
「ご想像の通り、避難所の守りも万全ではありません。現に定期的にモンスターが迷い込んで来ます。警備の方々が退治してくれていますが」
凛音の言葉に、さっきのような自信はなかった。
お世辞にもここの人達のレベルは高くない。
レベル4の岩代さんが最高レベルなのだ。
平均は2〜3レベルといったところか。
ゴブリン程度なら問題ないだろう。
警備の人数が多いなら、多少手強いモンスターでも数の力で押し切れる事も可能だ。
けれど、強いモンスターが群れを作って襲撃……なんて事も起こり得る訳で。
やはりここも、安全とは言い難い。
安全か……日頃当然のように甘受していたモノが、手に入れるのにどれだけ苦労するものなのか、理解出来た。
「さ、どうぞ」
「ああ」
少し重い体育館の扉を開ける。
中へ入ると風通しは良いのか、涼しい。
「体育館は主に、物の配給を行なっています」
「食料か?」
「はい、それ以外の日用品も」
凛音から詳しく聞く。
食料の配給は朝と夜の二回。
昼が無いのは単純に食料不足だから。
調達班に参加すると取り分が僅かに増える。
また、日用品などは必要な人優先で。
生々しいが、女性の生理用品など。
ティッシュやトイレットペーパーは共有物。
きちんとルールを決め、それを運用する。
避難所は元気こそないが秩序は保っていた。
その後も様々な所を回る。
とは言え、それ程時間は掛からなかった。
体育館以外の教室は、殆どが割り振られた休憩室。
あとは各班の作戦室、待機室のようなもの。
小一時間もあれば事足りた。
「ありがとう、凛音」
「お礼を言われる程の事は、していません」
彼女は相変わらず落ち着いている。
表情の変化も乏しく、まるでロボットだ。
しかし、俺は既に凛音が取り乱した時を知っている。
それが実の祖父……か。
複雑な家庭の事情がありそうだ。
何度も言うけど、過度に関わるつもりは無い。
特に凛音みたいなのは干渉されるのを嫌うタイプだ。
避難所という閉鎖空間で面倒ごとは起こしたくない。
俺は、俺のやるべき事をやろう。
「それでは、私はこれで」
「ああ」
自分の仕事があるのか、凛音は行ってしまった。
さて、俺はどうしようか。
やはりもう一度調達班の人達に会おうかな。
さっきは軽い挨拶しか出来なかったし。
うん、そうしよう。
そう思っていたら––––
「あっ、そこのアナタ!」
「え?」
「ごめん! ちょっと手伝ってくれない!?」
後ろを向く。
何と、高く積まれたダンボールが喋っていた……
いや違うな、ダンボールを運んでいる人の声か。
四つ以上重なった箱をフラつきながら運んでいる。
今にも崩れそうで危険だ。
断る理由も無い。
俺は素早く動き、ダンボール箱を三つ引き受ける。
筋力がレベルで強化されているので楽勝だ。
ダンボール箱の壁が無くなる。
声の主は、制服を着た少女だった。
年は凛音と同じくらい。
エメラルド色の瞳に、中腰辺りまで伸びた金髪。
肌も色白で、海外の人っぽい。
「え、三つも!? 大丈夫なの?」
「うん。それよりこれ、何処に運べばいいかな?」
「えーと、家庭科室だけど」
家庭科室……確か生活班が使っていたな。
なら、彼女も生活班の一員なのか。
家庭科室は三階にあった筈だ。
「ありがとう、感謝するわ」
「別に、こんな状況で助け合うのは当たり前だよ」
「へえ……アナタ、優しいのね」
エメラルドのような瞳にジッと見られる。
よく見たら彼女、物凄い美少女だ……!
凛音に負けず劣らずの容姿である。
「そういえばアナタ、余り見ない顔ね」
「実は今日避難してきたばかりなんだ」
「え、そうなの?」
「ああ、名前は高橋幸人、君は?」
「星野ソレイユ。名前の通り、ハーフよ」
星野ソレイユ、彼女はそう言った。
因みにソレイユの方からいきなりタメ口だったので、こっちも最初からタメ口にしてみたが、海外育ちならそれが普通なのか、彼女から不快感は感じない。
なのでこのまま会話していく。
「星野は、この学校の生徒だったの?」
「まあね。中学三年生よ、アナタは?」
「俺は大学生、年は二十歳」
言うと、星野はハッとしたような顔になる。
「ごめんなさい、年上なのに言葉遣いが荒くて……」
「いや、構わないよ。ていうか気にしてたんだ」
「日本に来てから、ね。けど中々慣れなくて」
彼女は一年前に家族と日本へ引っ越したらしい。
その際、日本人の父親から敬語を教わったとか。
だけど未だに慣れず、気を抜くと忘れる。
文化の違い、カルチャーショックか。
「俺の前では気にしなくていいよ、星野」
「ありがとう。あと、私の事はソレイユでいいわ」
「なら、そう呼ばせてもらうよ、ソレイユ。俺のことも幸人でいいぞ」
「分かったわ、幸人」
なんて感じで話していたら、件の家庭科室に着く。
教室内では生活班の人が忙しそうにしていた。
部外者の俺が居たら邪魔になりそうだ。
ダンボールも届けたし、さっさと帰ろう。
「幸人!」
「ん?」
帰り際、ソレイユが呼び止めてくる。
「さっきはありがとう! また会いましょう!」
「同じ避難所だし、きっと嫌でも顔を合わせるよ」
「あはは、それもそうね!」
二人で笑い合う。
こうして俺とソレイユは友達になった。
普段の俺からしたら、考えられない。
ソレイユがコミュ力モンスターのおかげもあるが。
けれども、久し振りに人と楽しく話せた。
なんか、暖かい。
体ではなく心が。




