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1話・始まりの朝

 

 その日の目覚めは最悪なものだった。

 部屋全体が大きく揺れる。

 違う、借りているアパートそのものが揺れているのだ。

 もっと言えば、母なる大地が怒り狂っている。


 要するに地震だ。

 近年災害が多発している日本では珍しく無い。

 災害に慣れてしまっている人もいるだろう。

 生憎、俺は根が臆病だから慣れるという事は無い。

 今も地震に反応し、脱兎の如く飛び起きた。


「じ、地震かっ!?」


 直ぐに枕元へ置いてある被災時グッズの鞄を取る。

 揺れはかなり大きく、続く時間も長かった。

 隠れる場所が無かったので、仕方なく床に張り付いて地震が終わるのをジッと待つ。

 タンスなどの高い家具はこの部屋に存在しないので、押し潰される心配をしなくていいのは安心だ。


 数分後、揺れが収まる。

 やけに長い揺れだったな……

 時計を見て時刻を確認する。

 秒針は丁度、八時を示していた。


 いつもより早い時間に起きたな。

 大学生の俺にとって、朝の八時は早起きに等しい。

 二度寝する度胸は無いのでそのまま起き上がる。

 まずは先程の地震について調べよう。


 リモコンのスイッチを押す。

 テレビの画面が明るくなる。

 やはり、地震についてニュースキャスターが説明していた。

 震度や震源地はどんなものかな?


 なんて風にテレビを見ていると、違和感に気づく。

 ニュースキャスターがやたらと慌てている。

 スタッフと思しき人物達も同様だ。

 そりゃ、朝の地震は驚くべき事象である。

 しかし今の日本でそこまで取り乱すか?

 報道関係者なら尚更だ。


 怪しいと思い、スマートフォンを手に取る。

 SNSアプリを開き、タイムラインを見てみた。

 世界中の人々が情報を呟くSNSなら、テレビとはまた違う情報が得られるだろう。

 情報の真偽を確かめる必要はあるが、言ってしまえばテレビだってそれは同じで、結局正しい情報を知りたかったら自分で調べる以外に方法は無い。


 慣れた手つきで画面をスクロールしていく。

 話題になっているのは今朝の地震。

 震源地は東京、震度は一番高くて……震度5か。

 結構な大災害だ。


 数年前の大震災、まだ小学生だった俺の時、地元の震度が確かそのくらいだった筈。

 けれど、まだ建物が壊れるレベルでは無かった。

 その点では津波の方が怖い。

 余震とかの情報は無いのか?


「……ん?」


 情報の海の中、俺はそれを見つけた。

 目に止まったのはただの偶然。

 だけど、何故か異様に興味をもった。

 文面はこうだ。


『やばい、町中で変な怪物が暴れてる!』


 最初はゲームの話だと思っていた。

 しかし、段々と話題が地震から変わっていく。

 誰もが怪物について言及しているのだ。

 流石に無視出来ない。

 俺は怪物について検索する。

 すると、何枚かの画像が出てきた。


 そこには合成とは思えない、生きた怪物が写っていた。


 ––––嘘だろ。


 心の中で呟く。

 どうやらその怪物は、地震の直後に現れたらしい。

 怪物の種類は様々だ。

 トラック程の大きさのトカゲや、角を生やした犬。

 クチバシが異様に尖った怪鳥に巨大な鬼。

 まるでゲームに出て来るモンスター達。


 ゾッとするのは、そのモンスター達が人を襲っている事。

 SNSでは多数の被害報告が呟かれている。

 しかも日本だけじゃない、世界中で起こっているのだ。


「……何が、起きているんだ……?」


 思わず口から滑り落ちる、疑問の言葉。

 それに答えるように、テレビのニュースキャスターが血相を変え鬼気迫る勢いで新たな情報を告げた。


『ただいま政府から発表がありました。現在、世界中で同時多発的に謎の生物が確認されています。その生物達は人間に危害を加える危険な生命体です、皆さん、決して外に出ず屋内で待機してください––––』


 俺は自分の耳を疑った。

 けれど、ニュースキャスターは同じ事を繰り返す。

 屋外は危険、屋内で待機せよと。

 その内にテレビの映像が切り替わる。

 映し出されたのは都内某所。


 警察官や自衛官が、必死で避難誘導を行なっていた。

 画面の奥底……つまりカメラの先には、一つ目の巨人が棍棒を振り回しながら近づいて来ている。

 カメラマンも危機を悟ったのか、映像はそこで途絶えた。

 恐らくカメラを捨てて身軽になり、逃げたのだろう。


「……」


 足元がおぼつかない。

 現実感が酷く希薄だ。

 まるで夢の中にいるよう。

 だけど、ここは現実の世界だ。

 試しに頰を抓ってみる……痛い。

 やはり、夢では無い。


 なら––––これから俺は、どうすればいい?


 とりあえず、人前に出れるよう着替えておく。

 着替えながら考える。

 政府は屋内待機と言っていた。

 暫くしたら、武装した自衛隊が本格的に出動するだろう。


 昨今の日本では、自衛隊は軍事力か防衛力かと問われ続け存在を否定する団体もあるが、流石にこの状況に陥れば誰も文句は言わないだろう。

 自分の身の安全を、誰も保障してくれないのだから。


 警察の機動隊も戦力として期待出来る。

 問題、というより不安があるとすれば、モンスター達に銃火器が通用するのかどうか、だ。

 生物ならば、頭や心臓を撃ち抜かれれば死ぬ筈。


 もし効かなかった時は……人類は、敗北するかもしれない。

 突如現れた、モンスター達に蹂躙されて。


 ああ、駄目だ。

 一人でいると嫌な事ばかり想像してしまう。

 それともう一つ、一人だと純粋に心細い。

 今借りているアパートには俺しか住んでいない。

 実家は他県で、それなりに遠い。


 実家には父さん母さんが住んでいる。

 二人とも大丈夫かな。

 今の俺には祈る事しか出来ない。

 

 と、そう思った時。

 何やら外が騒がしいことに気づく。

 まさか、この辺りにもモンスターが……!?

 十二分にありえる事だ。


 俺はそろりと玄関に近づく。

 少しだけ、外の様子を見てみよう。

 音を立てないよう、扉を開ける。


「……っ!」


 直ぐに口元を片手で抑えた。

 扉の先、アパート前の道路。

 悲鳴が漏れないよう、何とか耐える。

 俺が見た光景。

 それは、モンスターがまさに人を襲う瞬間だった。


「グゲゲゲエエエッ!」

「ひっ、あ、や、やめ、たすけ」

「ゲゲエエッ!」

「がふっ!?」


 緑色の小人……名を付けるなら、ゴブリン。

 ゴブリンは手に持つ刃物で通行人を滅多刺しにする。

 心臓、首、頭。

 人体の急所を乱暴に突き刺し、抉る。

 通行人の男性は即死した。


 だらりと流れる血液が生々しい。

 ゴブリンはその血を、嬉しそうに舐める。

 そして、通行人の遺体を食べ始めた。


「っ!」


 扉を閉める。

 俺はそのまま洗面所に走り、嘔吐した。

 朝食を食べておかなくてよかった。

 胃の中は空っぽだったが、吐き気は止まらない。

 あんなものを見せられたのだ。

 仕方ない、と誰かに言い聞かせる。


「はーっ、はーっ!」


 鏡で顔を見る、酷い表情をしていた。

 顔色も青白くて気色悪い。

 冷や汗が背中を流れていく。

 手足の震えが止まらない。

 俺は洗面所に寄りかかるように崩れた。


 蛇口を勢いよく捻り、水を出す。

 ばしゃりと浴びるように顔を洗った。

 何かを洗い流すように、浴び続ける。


 ––––これが、現実(リアル)だって?


 馬鹿げてる、笑わせるな、つまらないギャグだ。

 突然世界中にモンスターが現れて、人を襲う。

 そんなのまるっきり創作のファンタジーだ。

 ゲームじゃないんだぞ、現実は。


 ああでも、そうか。

 現実ってのが、俺達が普段目にする日常の光景、常識、風景なら……これからの現実は、モンスターがそこら辺を歩いているのが『普通』になるのか。

 モンスターは居て当たり前、それが現実。


「はは……何だよ、それ」


 分からない事だらけだ。

 何故、モンスターは突如現れた?

 何故、モンスターは人を襲う?

 そもそもモンスターとは何だ?


 疑問は尽きない。

 けれども時は有限だ。

 そのことに気づくのに、俺は時間を使いすぎた。



「––––グゲゲ、ゲゲエ!」

「……え?」





 死の音が、聴こえた。





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