プロローグ
半年前に僕は死んだ。
初秋、季節の変わり目についていけず僕は風邪をひいた。
1人で病院に行く体力も無かった僕はただ寝込んでいた。
昨晩から全く動いていなかった。だが、時間が経てば体は栄養を欲した。
ゼリー系の栄養補助食品があれば良かったんだが、そんなもの家には無かった。
仕事で家を出た母が作り置きしてくれた崩れかけのベーコンエッグ。これを熱々にレンチンしたザラメ入りミルクで流し込んだ。もちろん舌は火傷した。
体に一定量の栄養を与えた満足感を抱いて僕はもう一度眠りについた。
そう。これが最後の記憶。不思議なもので、最後はチクっと胸が痛くなった痛みしか残っていない。
突然の心臓発作だった。だが僕には、言われてみれば一瞬痛みがあったっけ。程度の記憶だった。
最後の晩餐(と言ってもお昼に食べた朝ご飯)のほうがよっぽど記憶に残ってるなんて変かな。
でも、突然の出来事だったし死因の記憶なんて誰だってそんなものだろう。
そんな僕も、もうすぐ成仏されるみたいだ。
最近、体(実体はない)が妙にふわふわとしていたし、なんとなく雰囲気的に察していた。生前から僕は空気の読める男だったから、これは確かだ。
死んだと知ったとき、僕は後悔しか残していないことに気付いた。
だが、この半年間は、その後悔を穴埋めする絶好のチャンスだった。もちろん、後悔を一つ一つ無くした。
しかし、最大の後悔だけは結局最後まで残ったままだった。
5年間付き合った彼女との最後の別れ。これまで共に過ごした時間に感謝しかないこと。最期まで愛したこと。死んでなお愛していること。それでも、死人の僕からは離れて新しい愛を見つけてほしいこと。
伝えたいことが沢山あるのに。
君にだけは伝えられない。