54 Everybody’s gotta learn sometimes (2)
目覚めると、時計はすでに九時を回っていた。
テレビはつけっぱなしになっていた。電源を切る前に寝落ちしたのだ。ベッドの端にはリモコンがある。眠りに落ちる直前まで握り締めていたはずだった。
寝ぼけた状態でベッドから抜け出した。カーテンを開き、朝陽を浴びる。朝の清涼な空気を取り入れようと、窓を開けた。その瞬間に、焦げ臭さを感じた。素足でベランダに出て、焦げ臭さの正体を確かめた。
我が家の小さな庭に姉が立っていた。姉の前に小型のドラム缶が置かれてあって、そこから火と煙が出ている。姉がなにかを燃やしているのだ。
思わず私は庭に出た。
「お姉ちゃん」
声をかけると、姉が振り向いた。
「ちょっと、なにやってるんよ?」
私は姉に尋ねた。姉はごく自然と燃え盛るドラム缶を指さした。ものを燃やしている、と姉はいいたいのだろうが、私がききたいのはそこではない。
「いや、もの燃やしてんのはわかるから。それよりなんでこんな狭い庭で、そんなことしてるんよ?」
ドラム缶から立ち上る煙は風に流されていく。煙は我が家の境界を越えて、お隣の敷地にまで入り込んでいた。近所から苦情がこないか私は心配になった。
「個人情報の塊やから、そのまま捨てれへんかってん。それに燃やすと、なんか気分がせいせいするやろ」
あっけらかんと姉はいった。
「それ近所迷惑にならへん?」
「そんときはそんときや。私が謝ればいいだけ」
妙に大胆というか、肝の据わった態度だった。そんな姉を見ると、それならいいけど、としかいえなくなった。
「ところでなにを燃やしてるんよ?」
私はきいた。
「私の卒業アルバム」
姉は何事もなさげにいう。
姉の言葉に、私は目を見開いて驚いた。
「ちょっと、それ燃やしてええの? 卒業アルバムやで。一冊しかないんやで」
「ええよ、別に。私にとっては大したもんやない」
「そうかもしれへんけど…」
私は唖然とした顔で姉を見つめていた。そんな私を見て、姉は笑った。
「なによその顔。そんな顔で見んといてよ」
「いや、だって…」
「ええねんってば。アルバムを燃やしたところで、私の過去がなくなるわけやない。燃やしたのはただの景気づけや」
「景気づけって、なによ?」
「景気づけは景気づけや。過去の暗い自分からの卒業ってことで」
卒業にかけて、卒業アルバムを燃やすというのか。私は鼻で笑った。
「なにそれ? 冗談のつもりなん?」
「うん、そのつもりやった。せやけど、紗香には通用せえへんかったな。まあ、でも、このアルバム、読むには状態悪かったし、燃やすのはちょうどいい時期やったんよね」
姉がいう。私は自分がしでかしたことを思い出す。
「…ごめん、それ、私がしたことや」
この前怒りのあまりアルバムのページを引き裂き、壁に投げつけたことを思い出し、私はぎくりとした。気まずさで私の顔は凍りついた。完全に私の罪だった。
そんな私を見て、姉がふっと笑う。
「ええんよ。紗香の気持ちは、わかってたから」
「そう…」
私はそれだけしかいえなかった。




