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姉の旅立ち  作者: ENO
最終部 Everybody’s gotta learn sometimes
53/57

53 Everybody’s gotta learn sometimes (1)

 ぐしゃぐしゃになった顔をして、姉につき添われながら、私は家に帰った。幸い両親は留守だったおかげで、このひどい顔を見られることはなかった。気持ちが落ち着くまで部屋に籠ることを決め、夕方過ぎに両親が帰ってきて、夕飯になっても、私は一階のリビングに姿を見せなかった。両親から私への呼びかけがなにもなかったのは、姉がもっともらしい事情をつけて、両親に伝えてくれたからだろう。

 部屋は、不気味なほどに静かである。カーテンを閉め切り、照明はなにもつけなかった。そんな部屋に、仄暗い声が響き、仄暗い光が放たれている。

 低い気だるげな声で、誰かが歌う。初めてきくメロディ、初めて知る歌手。テレビに映るエンドロールに、曲名が映し出される。『Everybody’s gotta learn sometimes』。

 灯りを消した部屋でベッドに横たわり、私はエンドロールを見ている。繰り返されるフレーズに思いを馳せる。誰もがいつかは学ばなければならない。

 姉が借りてきた映画を、姉が観終わったあとで私が観ていた。はっきりいって変な映画だと私は思った。過去の恋愛の記憶を消去する手術を受けた恋人たちが、互いに記憶を失ってもなお惹かれあい、テープレコーダーに吹き込まれた破局に終わった過去の記憶を再生しながら、また関係をやり直そうとする。記憶除去手術という珍妙な設定はともかく、この映画は運命の糸があるとでもいいたいのか。そうかもしれない。だが、私の興味を引いたのは、過去と記憶のあり方だった。恋人たちの関係が再修復するきっかけとなったのは、彼らがその辛さのあまり消去したはずだった彼ら自身の過去と記憶だった。過去と記憶は、作中で消去されてもなお、なんらかの形で生き残り、現在に影響を与えていく。辛い過去は、現在では主人公たちが再出発するきっかけとなった。過去は死なず、残り続ける。そして、その過去から始まるものがある。過去と記憶が世界に現存し続ける力の強さ、過去があってこその始まり。

 淡々と流れる歌をききながら、私は考え続けた。過去と記憶、この映画を薦めた先輩の意図、そして姉の言葉について。


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