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姉の旅立ち  作者: ENO
第4部 くちなしの丘
43/57

43 素直 (3)

 結局、どちらが折れるわけでも、どちらが沈黙を破るわけでもなかった。私はリビングを出た。母は再びテレビを見始めた。

 廊下には、父が立っていた。どうやら、私と母の口論をこっそりきいていたらしい。

「紗香、なにがあったんや?」

 声を落とした静かな声で、父はきいてくる。

 なにもない、とはさすがにいえなかった。

「…ちょっと、お母さんといいあいになった」

「なんでや?」

「お姉ちゃんのことで。私がお姉ちゃんにいらいらしてるのを叱られて、それに私がいい返した」

 私も父のように声を落としながら、そういった。

 父は口論のわけをきくと、一度小さく唸った。照明の下、灰色の髪がぼんやり輝く。

「紗香は、なんでお姉ちゃんに苛立ってたんや?」

 父がきいてきた。

「…いろいろあって」 

 それだけしか、いまの私にはいえなかった。

 すると父は、怒るでも、首を捻るでもなく、ふっと笑った。

「そうか」

 父はそれだけいった。深くあれこれをきこうとはしなかった。私の表情を見て、なにか思うところがあったのだろう。

「お母さんは、お父さんが宥めとくよ。お姉ちゃんとは、うまくやれよ。姉妹なんやから」

 父は私を優しく見つめ、そういった。

 私は頷いた。二階へ上がる。

 父がリビングに入ろうとする直前で、私は父の背中に声をかける。

「お父さん」

 父が私を見る。

「このお礼は、近いうち必ずするから」

 私がいうと、父は笑った。

「…そういうとこ、真面目だねえ」

 父は扉を開けて、リビングに入っていった。

 私は姉の部屋の前に立った。ノックして、姉の声を待った。

「なに?」

「お姉ちゃん、私。入るで」

 姉の返事も待たずして、私は扉を開けた。漫画が散らかる部屋に入っていく。照明の明るさをやや落としているためか、いつもより暗い感じがした。

 強張った顔をした姉がいた。ベッドの端に座っていた。

 二十七時間ぶりに一対一になったわけだが、姉は途方もない気まずさと恐怖を感じている。姉の目を見ればそれがわかる。

 私はいまどんな顔をしているのだろうか。もしかすると、いまにも人を刺しかねない顔をしているのだろうか。

 憎しみ、怒り、執着、許し、忘却。さまざまな思いと言葉が、頭の中を過る。崩壊寸前の自我を保つ。つきつけられた条件を思い出す。なんとかして、姉にかける言葉を探す。

「今度、村岡さんとデートするっていってたよな?」

 私はそう切り出す。

 姉が顔を上げ、頷く。

「ちょっと、頼みがあるねん」


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