6頁目 プランB/リーリアの懸念
早くも更新停滞マン。
「~♪」
私は今、大変機嫌が良い。
研究所に施設入りして1年ほど。
当初の目的だったこの貧弱な身体を鍛え上げる目途が立ったのだ。
懸念すべき点だった資材の安定した確保。これが思っていた以上に早く事が進んだせいだ。
目に見えてわかりやすい成果を挙げればこの愚凡どもでも、この私に秘められた才覚の一端を察せられるだろうと、入所して一か月ほどたったある日、適当にルビーあたりを作ってみた。が、これが思いのほかウケた。
そんなに欲しいのならと最初に手に入れた追加資材で、もう少しまともな専用炉を用いて、少し時間をかけ大ぶりなモノを造ったりしてみたが、まだこの世界の文明レベルでは人工宝石は珍しいらしく、そこそこの値段で売れ、今では大量の資材と引き換えに定期的に取引が行われているほど。
目先の煌めきに心を奪われるとは、下賎の者はどの世界でも変わらないらしい。
変わらないといえば、この世界も不思議だ。
ルシフェルの智を行使するにあたって、前世の世界――惑星「アース」と呼ばれていた――とどの程度、この世界には差異があるのかと物理法則を測ってみたところ、前世と今世の惑星には全く同じ測定結果が出たのだ。
物理法則に限らず、鉱物資材なんかもそうだ。連中が「死塵石」とよぶ鉱物――ボーキサイトも、前世と全く同じ手順でアルミナ、さらにはアルミニウムに錬成できたし、クロムやらなにやらも組成、特徴そのすべて、さらには恒星の軌道、感覚から図った時間周期なんかも完全に一致していた。差異がないならそれはそれで問題などないのだが、それにしてもここまで同じということもあるのか?唯一異なっているのは星々の動きぐらいか。
これらの原因解明も急務ではあるが、とにもかくにも、まずは今回の素体の補強からだ。取り付けパーツはほとんど完成している。動力となるコアも問題なく稼働中だ。後はこの身体に埋め込むだけなのだが……いざ施術を始めようとしたら、研究所での世話役として抜擢されたらしいリーリアに物理的に止められた。一介の家政婦長には崇高な意思がわからないらしい。それは仕方がないことといえるが、今回ばかりは死活問題だ。しかし、物理的にも発言権的にも世話役に負けているこの身体ではどうすることもできない。
まぁ、全くの当てがないわけではないが。
公爵閣下より、研究所からルチフェル様を公爵邸に連れ戻すよう任が下された。そのことを伝えるとルチフェル様は逃亡を企てたが、お付きになって7年。その行動を見越していた私にあっさり取り押さえられ、しぶしぶ馬車に乗り込んでくださった。
流石はラクスフェロの血とでもいうべきか、あんなにお転婆だったルチフェル様も、今では立派な学者として、日々活動しておられる。それも、ラクスフェロ家始まって以来の天才と呼ばれるほどにだ。
煌めく宝玉の創生。最も扱いが難しく、使えないと言われていた黄魔術の正確な扱い方。取り扱うことが禁じられていた様々な危険毒物の無毒化、利用法の解明など、学術的な知識に乏しい私ですら、ルチフェル様の行いがどれほどすごいのかわかるのだ。学のある貴族たちはその価値の大きさをより痛感するだろう。
そして、それを悪用しようとするものも。
それを危惧したであろう閣下は、この研究成果をルチフェル様の名前ではなく、王国立錬金研究所の成果として発表した。研究に熱を上げるルチフェル様が、自分と同じように政に巻き込まれて、身動きが取れなくなる、なんてことが無いようにする配慮だろう。
その存在をひた隠すことによって、心無い輩から、ルチフェル様が害されないようにするためでもある。
ただの使用人ではなく、護衛部隊のとりまとめもやっている私に世話役のお鉢が回ってきたのが、その証拠だ。
万が一にもその身に何か起こることを危惧して、かつそのことを気取られないように、使用人の中で最も戦闘に長けた私が選ばれたのだ。
とはいえ、世間的にはいまはまだ、将来を期待された学者貴族の息女でしかない。万が一にも何かが起こることは無いと思うし、そこらの傭兵団程度なら十分に対処できる。
それなのに。
私はこの日、どうしようもない不安に駆られた。
傭兵時代にも幾度かあった、死地に赴くと確信したときに感じる心のざわつき。
同じ焦燥感が、この胸を駆けるのは、ただの勘違いなのだろうか。
リーリアさんは元傭兵で、とあるケガを機に引退。当時母が家政婦長をしていたラクスフェロ家に使用人として就職した経緯があります。