5頁目 錬玉術師
モブ視点。
今から3か月ほど前、所長……もとい、公爵閣下が一人の女の子をウチに連れてきた。なんでも閣下のご息女らしい。5、6歳ほどの可愛らしい方だ。
今日からウチに所属することになるらしい。閣下や副所長は天才やら神童やら言っていたが、正直僕らは疑わしく思っていた。
この王国立錬金研究所は、この国の最高峰の頭脳が集まっている場所だ。幼少期の頃に天才と呼ばれる者の中でも、そのわずか一握りのみが就ける国家錬金術師。その中でも最上位の者のみで構成されてるのだ。いくら国に名高いラクスフェロ公爵家といえど、まだ研鑽もまともに詰めていない6歳児が僕らに着いていけるわけがない。
実際、この国最高峰と呼ばれる王国立天星学園を、一昨年首席で卒業した嫡男のルシオン様や、今年学園を首席、次席で入学した次男のルーカス様、長女のルーミア様達も、幼少期に天才と呼ばれていたが、公爵様は研究所にはお連れになられなかった。その公爵様がお連れになられたからには、もしかしたらお三方よりも優秀かもしれないが、それでもウチに匹敵するほどとは思えない。お二人の考えが読めない他の幹部や平研究者は怪訝そうな顔をしていたが、大方、ご子息達の中で錬金術師として最も見込みのあるルチフェル様に、幼少の頃から最先端の錬金術に触れさせるためだろうということで落ち着いた。
実際にルチフェル様も、僕たちの研究を見ながら何か書類をしたためたり、いま何をしているのかを聞いて回っていたから、一生懸命本人なりに学ぼうとしているのだと思った。閣下の期待に応えるべく、背伸びして勉強しているのだと。
それが間違いだと気づかされたのは、それから1か月ほどたったある日のことだった。
ルチフェル様が副所長に何かをお願いしていた。なにやら試したいことがあるらしく、新しい窯炉を作りたいそうだ。副所長はこれを容認し、研究所の離れに建てることにしたそうだ。その頃、特に研究の予定がなかった僕を含む数人が炉の構築に駆り出された。その設計図を見てみたが、なるほど、なかなかどうして。構造はかなり変わっているが、設計はかなり正確に緻密に作られていた。確かに、これは将来に期待が持てる。彼女が何をしようとしてるかはわからないが、その実験が成功に終わることを祈るほどには期待していた。
炉が完成してしばらく。いつも通りやってきたルチフェル様が、副所長に変なものを用意させていた。
吸うと死をもたらす塵を撒き散らす死塵石、石灰に、水に溶かすと泡になる泡沫石。放置すると色が変わる変色石や鉄鉱石に水。どうやら先日の炉を用いた実験をついに行うようだ。
所長や副所長が期待する国家錬金術師候補の勇姿を見納めようと、手の空いていた僕を含む何人かが野次馬に集まった。中には幹部もいる。こんなところで油打ってて大丈夫か?
まずルチフェル様は、石灰と泡沫石をそれぞれ粉末状にし、水に溶かした後、それらを混ぜ合わせて加熱し始めた。あれは溶石液だ。身体にかかると溶かされる危険な液体で、脂肪に触れると固まる特性を持っている。そんな劇薬にルチフェル様はおもむろに死塵石を突っ込んだ。どうやら溶石液で死塵石を溶かしているようだ。こうして溶かし切った後に残った物質を漉した後、それをおもむろに加熱し始めた。加熱が一通り終了した後、取り出されたのは真っ白な粉だった。忌々しい赤灰色ではなく、白だ。
まさか死塵石を無害にする実験だろうか?しかしそんなことができたとしても用途がなければするだけ無駄になってしまうし、何より新造したあの変わった炉を使っていない……。
と、今度は変色石と鉄鉱石を粉末状にしたぞ。それに……なんだあれは?何か、容器のようなものを炉の横に2つ取り付け……変色石と鉄鉱石の粉をそれぞれ別々に白い粉に混ぜて……?それらを2つの炉に個別に投入?そして点火……うぉ!?なんだ!?なぜ炉があんなに激しく燃える!?赤魔術でも用いたのか!?いや、特に魔力の乱れは感じなかった……まさかあれも錬金術だというのか!
僕たちが目の前で起こったことを理解できないまま呆然としていると、実験は終了したらしい。ルチフェル様が冷えた炉の中から取り出したもの……それは……………
小ぶりの血紅石と、蒼穹石だった。
……あ、あり得ない。あり得ない、あり得ない、あり得ないあり得ないあり得ない!!!
なんだ今のは!?なぜ死塵石から宝石が出た!?死塵石は何もなさない無価値なもので、多くの錬金術師が研究してき、その上で何もないと結論が下されたはずだろ!?それが何であん火山からごくまれに算出される宝石に……まさか……。
まさか、宝石を創り出したのか?
馬鹿な、宝石とは大地のうなり、度重なる噴火活動によって形成されるのではないのか?それを死塵石で、この国の、世界のどこからでも取れる死塵石で作れるというのか?
は、ははは。なんだこれは。こんなものは錬金術ではない。こんなのは僕の知る錬金術ではない。よく勘違いされるが、錬金術は金を生み出すものではない。金にも勝る智を追求する学問のはずだ。
だが彼女は、ルチフェル・ラクスフェロは違う。彼女は、目の前で金を作って見せた。詐欺師の常套句を。宝物を創り出すなんて戯言を。彼女は今、目の前でやってのけた。こんなものは錬金術ではない。断じてない。こんなのは、これは……
もはや、神の御業だ。
この日、僕は神を知った。
そして、数ヶ月後。僕は、神の恩寵を受ける。
要するにアルミナをヴェルヌイ法でルビーとサファイアにしただけです。描写ガバガバだけど今回だけだから許して。