2頁目 未知と未知と未知/お父様は想う
1/2 1頁目を大幅に加筆しました。
幾度も転生を繰り返し、腐るほど手に入れたとはいえ、赤子の頃にできることはほとんどない。
転生初期は、何が真理に繋がってるかわかったもんじゃないと思い、両親や親類が語り聞かせる言い伝えやらに耳を傾けたり、辺境の地の言語を習得してみたり、落下したりして赤子の身体の耐久度を測ってみたりしていたが、転生が進むほどにすべてを極めてしまい、最終的にはすることがなくなってしまった。
試したい命題は幾つもあるのに、何もできない自分に歯がゆい思いをする。
少なくとも、我々にとって赤子の時期は全く無益な時間だった。
少なくとも、今まではそうだった。
この世に生を受けて早一年。
私の前に、強大な敵が立ちふさがる―――
「は~い、ルチフェル様~。外に出てはめっですよ~」
―――文字通り、家の守り神に。
この妙に間延びする喋りの女は、我が家の家政婦長(仮)のリーリアだ。
まだ30代ほどにしか見えないが、少なくともほかの使用人に指示できる立場ではあるらしい。
おっとりした外見とは裏腹に、その仕事には隙が無く、家事中も常に私を見ているようだ。おかげでこの部屋から抜け出せない。なかなかの強敵だ。
ちなみにルチフェルというのは私のことだ。ルチフェル・ラクスフェロ。それが今生の名らしい。
ルチフェルにラクスフェロ、ねぇ……。リーリアと他の使用人の会話を拾うには学者の家系らしいが……。これが要因で依代に選ばれたのか?偶然にしては出来すぎな気がするが。
そもそも、ここ異世界だし。
世界が滅んだのに、目の前で息づいている確かな文明。地上を手中に収めた我らが知らない言語。そしてなにより―――出産後に助産婦らしき人物が見せた、常軌を逸した物理現象。
これを異世界と呼ばずして何と呼ぼうか。
いや、最初は私も何を馬鹿なとは思ったが。特に否定材料もない上に、明らかに今までの転生とは勝手が違う。
そもそも、今こうして依代に宿っていること自体がおかしいのだ。
転生の儀自体は滞りなく行われたが、依代の候補はおらず、ほとんど期待してなどいなかったのだ。
今までにも候補が視えないことは2度ほどあったが、その場合は自分の遺伝子をもとに造ったスペアボディを用意し、そこに意識を憑けて、依代が視つかるまで延命していた。まぁ今回は研究所ごと吹っ飛んだからスペアも何もあったものではないが。
まぁ、いろいろな要素が重なった結果、少なくとも今までの世界とは明らかには鳴れていることだけは解った。そんな事よりもあのキテレツ現象が気になって検証を後回しにしているともいえるが。
とはいえ、それもある程度自由に移動できる5歳ほどまでの辛抱だ。1500年に比べれば4年なんて本当に一瞬だ。
興奮して今日も夜泣きしてしまいそうだ。
ウィリアム・ラクスフェロ
我がラクスフェロ家の始まりは、錬金術だった。
世界に起こる様々な現象、事象。それらを紐解き、細分化し、徹底的に解明し、再現する。
世界そのものを知り、行く末は真理そのものを解剖する学問―――といえば聞こえはいいが、実態はほぼ詐欺師の商売道具である。
もともと原理がいまだに究明できてない魔法が世に蔓延っているのだから、そもそも何かを徹底的に理解する、ということがあまり周知されていない。
故に、錬金術がどういうものかも理解できず、その名をかたった詐欺が相次いでいる。
もっとも、真摯に錬金術と向き合い、数多の発明をし、公爵家にまで上り詰めた我が家のような例もあるため、上位の貴族はその有用性も理解しているようだが。
そんな学者一族の我が家では、物事をあやふやにせず、全てにおいて徹底を貫く者が当主を継いできた。
私も国の行政に関わり、商人のまねごとをする前は心理の奴隷として研究に打ち込んできた身だ。それが仇となり、行政の上手い兄や魔法に優れた姉に代わって当主などにさせられ、研究からは引きはがされたが。あぁ、研究に没頭している父が羨ましい……。
……さて。そんな我が家に、新しい家族が産まれて早一年。ルチフェルと名付けた、珠の様に可愛い女の子で、出産からこの一年、特に何事もなくすくすく成長している。度々脱走しようとしたり、夜泣きをよくしたりと少々元気が有り余っているお転婆娘とリーリアが嬉しそうにぼやいていたが。
いろいろしがらみの多い家に生まれたが、ぜひあの子には幸せに生きてほしいものだ。
……ラクスフェロ家の名に恥じぬ、立派な錬金術師としての幸せだと、なお嬉しいのだが。
ルチフェルちゃんは女としても生きてきた経験があるため、自分が女の子であることを何とも思っていません。