9頁目 ルチフェルちゃん的事後/秘匿のラジール
爆遅更新停滞マン。
いつもより長め。
誘拐騒動から体感でおよそ6日後、ラクスフェロ公爵家の私兵の手によって私は確保された。
賊のアジトに乗り込んできた兵の顔ぶれが公爵邸に向かってた時に見た覚えのあるもの達なあたり、誘拐時に言った「私はどうなってもいいからさっさと逃げろ」という発言が功をなしたらしい。確保時の発言からリーリアやお付きの研究員も無事に逃げることができたようだ。それなりの高水準で魔法(仮定名)を操れる素体をこんなどうでもいいことで潰されなくて済んでよかったよかった。
それにしても身体が痛む。やはり痛覚遮断の訓練を施していない未熟な身体では耐えきれなかったか。特に下半身がひどいな。
前回の時も思ったが未発達な子供に発情する輩は世界が変わっても変わらず存在するらしい。
ふーむ。子宮が機能停止していなければいいが。自らを母体にしたクローンは細胞分裂で作った者と性能比が段違いだから残しておきたかったのだがな。
まぁ、その辺りはどうにでもなる。まずは目先のことからだ。
こうして当初のもくろみ通り身体の修復に持ち込まざるを得ない状況にもなれたが、同時にそこまですればさすがの低俗共でも私の身に秘められた真の英知を垣間見て、こぞって群がりに来るだろう。それ自体は構わないといえばそれまでだが、そのあとに起きるだろう些細な喧噪を制圧するためにも戦力の増強はしなくては。リーリアもベースとしては悪くないが、使徒にするにしては出力不足だし。
……そういえば一人、使徒足りえる素材がいたな。せっかく神秘まで使ったんだ。処刑されなければいいのだが。
奇妙なガキだ。
最初にソイツを目にしたとき、そう思い浮かんだ。
確か齢は7と聞いた。仕事柄これぐらいの歳の貴族のガキを攫ったことは何回かあるが、今まで見てきたやつらの様子とは大違いだ。
高貴な血筋に生まれ、その力を国のために磨き上げることを信条にしてるらしい貴族は、その貴賤にかかわらず幼いころから学を修める。そのせいかは知らんが農民や一般市民と比べて精神がそれなりに早熟だ。
とはいえいまだ世を知らぬ幼い身。庇護されながら大切に育てられた温かい環境から連れ去られたガキの反応は大体が鳴くか喚くか怯えるかだ。
だってのにこのガキはそのいずれもせず、目の前にいる俺に対してただじっと見つめているだけだ。
はっきり言って気味が悪い。もっとも、手下どもはこいつを犯したいあまり気にも留めてないようだが。
今回下された令はラクスフェロ公爵家の第二息女であるルチフェル・ラクスフェロを攫うこと。命を絶たせないこと。そしてその心を壊すことだ。お偉方の考えることはわからんが、大方いつも通り怪しい薬と魔術で駒にしようってことだろ。このガキには災難だろうが、恨むなら目をつけられた自分の才能を恨みな。
もっとも、奴らの都合のいい駒に成り下がった俺に言われたかないだろうが。
この後はいつも通りだ。殴って蹴って鞭打って。むせ返る異臭で塗りつぶして。
俺はそれを見てるだけ。アホ共が心だけじゃなくて命ごと壊さないように目を光らせ続ける。
それだけ。
自分が最も憎悪していた行為だというのに。
今では心ひとつ動かない。
それが4日ほど続いた。
今まで1日2日程度なら耐えるやつもいたが、終わりの見えない凌辱に心を折られていった。
だってのに、なんだってこいつは変わらない?
なぜ、変わらぬ双眸を俺に向け続ける?
その日の夜。アホ共が寝静まったころ、俺は少しばかり気になってソイツに話しかけた。
「いつまで気丈に振る舞う気だ?助けなど来ないというのに」
こいつは狙いが自分だとすぐに悟り、「私の命がどうなっても構わないのなら、その剣を振り下ろすといいでしょう」などとぬかして自らの命を盾に護衛を逃がした。大方そこから助けを期待しているのだろうが、無駄なことだ。奴らがこの場所に気が付くことはない。まさか自らの腹心が敵意を抱えているとは思うまい。
「あなたは助けがないと自分らしく振る舞えないのですか?意思なき生は死と同義だというのに」
……そうか。意思なき生は死と同義ときたか。言いえて妙だな。目的のために過去も、良心も、想いも殺してきた俺だ。それだけ殺せば、死んだも同然だな。
「どのみちあんたはあんたの語った死と同義の状態に陥るわけだ。ここで意地を張っても無駄だとは思わないか?」
「なるほど。あなたの命を賭したその怒りはすべて無駄だったというわけですね」
……今、コイツ、なんて言った?
ずっと光に照らされ続けて、のうのうと生きてきたお前が。
闇を、この世を知らぬお前が。
この怒りを、語るだと?
「……お前にわかるものか。俺たちの嘆きが。」
「あなたの嘆きも、あなたの怒りも私には関係のないこと。自らの無力さを恨まず、周りに当たり散らすなんて、どちらが子供かわからないとは思いません?」
心がざわつく。すべてを見透かしたような。上から見下ろすような。
憐れむようなその視線が。
やめろ。その目を俺に向けるな。
「解ってんだよそんな事はよぉ!!じゃぁどうすればよかったってんだ!?力も!地位も!金も!何もかも奪われた俺が!唯一残された方法にすがって!」
それ以上こっちを見るな。その眼に映すな。
無力な俺を、見せるな。
「そうやって逃げて、挙句に死んで。死ぬだけなら虫でもできるわ。あら?それとも、あなたは虫にも劣る屑だったのかしら?」
「っっっ!!!」
血が噴き出る。
なんだコイツは。
目をつぶされたってのに。
なぜ微動だにしない?
なぜ瞬きの一つもしない?
そのうつろな眼孔で、どこを見ている?
「気は済んだかしら?そうそう、どうすればよかったか、だったわね。方法が一つしかないなら、その一つを取るべきだわ」
その一つ?なんだ?何を言っている。
「わたしはいたずらに壊れるなまくらに興味はないの。私が見ているのは、傷つき、折れようとも敵を穿つ名剣のみ。懐に忍ばせるなら、いいものの方が安心できるとは思わない?」
何を言って?
「せっかくの名剣がこれではなまくらだわ。鍛えなおすところから始めましょう。その身を薪に捧げなさい。」
手が触れる。冷たい。
いや違う?
熱いのは、俺?
「アドラメレクほどではないけど、いいぐらいに温かいわね。銘は……そういえばあなた、名前は?」
「…ラ…ジール」
「そう。ラジールね。燃え盛る怒りに、心を縛る裏切り。それに、ずいぶんと眼と耳がいいのね。なら、今日からあなたはラジエルよ。そして、魂に刻みなさい」
――我らが神なる名はルシファー。その御心のもとに、其の命をもって殉じろ――
燃える。
燃えている。
目の前の御方と共に。
熱くはない。
暖かな光。
燻っていた怒りが。燃え上がる。
その身を薪に、膨れ上がる。
昇る灰は光へ。
なるほど。そりゃ奇妙なわけだ。
神が人の中に無理やり入り込んでいるんだ。おかしいに決まっている。
そして意識は、火焔に飲み込まれた――――
ルチフェルちゃんは他人にやさしくないので使徒とかアドラメレクとか神秘とかについて自分から教えてくれません。