※ウィゴを追って……
上の階を登っていくアリーちゃんとサマリお姉ちゃん。
そろそろ次のフロアが姿を見せる頃だろう。螺旋状の階段を駆け巡っていき、私はその場で足を止めた。
……部屋は三つ。このどこかにうぃーくんがいるはずなんだ。
私は迷いなく、片っ端に近くの部屋から扉を開け放っていく。ノックなど不要。魔力を宿した掌底でドアごと破壊していく。
「……違う」
一つ目は外れ。なら次だ。
「ここじゃない……!」
なら……。
私は奥に見えるこのフロア最後の部屋に視線を合わせた。
ここを開ければ、うぃーくんが……!
意を決して、私は掌底を打ち込んだ。
ドアが粉々になり、粉塵が巻き起こる。目を凝らして、私は中の様子を伺った。
うぃーくんが襲ってくるかと思い、身構えていた。しかし、うぃーくんの殺気は愚か、気配すら感じられない。
……うぃーくんがいない?
その代わり、中に居たのはあのリーダーだった。
「――ケイさんっ!!」
リーダーは私に駆け寄って、ギュッと私を抱きしめる。
……名前を間違ってはいないだろうか。姿は見ていないのだろうか?
彼女は嗚咽を混じらせながら、涙ながらに私へ感謝の言葉を綴っていく。
その台詞はどこかで聞いたような絵本の中のお話で、常人がするには少し恥ずかしさを覚えるようなものだ。
彼女はこれを本気で言っているのだろうか。だとしたら、少しお近づきになりたくない人だ。
「私……あなたが来るって信じてました……! だから……こんなに辛いところでも一生懸命耐えてられた……! あなたがいたから……私は強くなれたの……!!」
「…………」
「ケイさんを助けるために、色々と苦労したんですよ……! でも、絶対にここに来るって……! それで……!!」
「…………」
「もう……ケイさんったら、今日は何時になく無……く……ち……?」
何も言わない私を疑問に思ったのか、リーダーは私を見るために顔を上げる。
そして、私と目を合わせる。その時のリーダーの表情は、鳩が豆鉄砲を食ったようにきょとんとしていた。そのせいもあったのだろう。彼女はとんでもないことを口走ってしまった。
「……ケイさん。いつの間にか……女体化したんですね」
「……私はケイさんじゃないんだけど」
「――だ、誰ですかー!?」
リーダーは飛び上がって私と距離を離れていく。
心なしか私を恐れているように見える。まあ、ケイだと思って近づいたのに別人に抱きついていたとなれば、恥ずかしさもあるし知らない他人という恐れもあるか。
「あ、あなたは……アリーちゃん? それとも、サマリちゃん?」
「……どっちでもあるわ。今の私は、メルジスして一心同体になっているの」
「メルジス……? まさか、石を奪ったんですか?」
「ええ」
「……なるほど。サマリちゃんは狼になってモンスター、アリーちゃんが人間。確かにメルジスできるわ……!」
うぃーくんがこのフロアにいたのは間違いない。だけど、ならばどこに消えたというのか。
残念ながらこのフロアにいるのはリーダーだけだ。彼女から話を聞かないと……。
この状況なら、簡単に教えてくれるだろうと思ったせいで、私は二言だけを彼女に伝えた。
「ねえ、教えて?」
「――あ、今のはちょっとしたドラマをやってみたくて演じてみたんです。結構こういうの、展開で流行ってるんですよ」
「……違う」
「うーん、台詞がいまいち決まらなかったですねえ。これじゃ、素人演技ですよねえ。あー、こんなのでよくオーヴィンの人たちを騙せれましたよー……。もう少しお勉強しなきゃ――」
「違う!! うぃーくんの居場所を知りたいの!」
「……そ、その状態だとちょっと怖いですね……」
しょんぼりした感じで、リーダーはバツの悪そうな表情を見せる。
いつものサマリお姉ちゃんならノッていただろう。しかし、今は違う。うぃーくんを私が倒さないとならないから。
そんな遊びに構っているほど、私は暇じゃない。
自然とリーダーを睨みつけていたのが、前にある鏡で気づいた。
こんなに怖い顔をしていたとは……。容赦がなくなるのはサマリお姉ちゃんのおかげで、アリーちゃんが大人になったから?
……ううん、今はメルジスで融合したからってことにしておこう。
うぃーくんの居場所を調べるため、リーダーは早速本を手のひらに乗せて呪文を唱える。
すると、本がパラパラとめくれていき、あるページで止まった。
「……なるほど」
リーダーは止まったページを真剣に眺め、それから私にそのページを見せてくれた。
「このお城には、ここより上に秘密の部屋があるみたいなんです。ただっ広い空間なんですけどね。きっと、そこでみんなを待ち受けているのでしょう」
「つまり、最後の戦いを挑むってこと?」
「……そうなりますね。ケイさんを待ちましょう」
「それはできない」
「どうしてですか? ケイさんが居れば、きっとウィゴさんだって助けられますよ?」
「そうじゃない。私がケリをつけなきゃいけないの。うぃーくんとは」
「サマリちゃんとアリーちゃんの精神、確かに混ざっているみたいですね。……まあ、大丈夫でしょう」
「……ケイ君にはごめんなさいと、伝えておいて」
「分かりました。確かに伝えます。……だから、気をつけて」
私は黙って頷いて、リーダーが指し示した場所へ突進をかける。
すると、壁はいとも簡単に崩れ去ってそこから穴が出てくる。その穴は更に上の階へと続いていた。
まるで、私の侵入を拒むが如く、奥は漆黒の闇に覆われている。だけど、ここを登らなければうぃーくんには会えない。
呼吸を整え、私は階段を登っていく。大きい螺旋階段の頂上。そこへ向かうために。
奥に見えた扉を開け放ち、私は外へと出た。さっき、メルジスしたあそこの部屋で見た景色とは、少し違う。
雨が止み、空は太陽が見え隠れし始めていている。……だれかの復活を喜んでいるように。
「……君は誰だ?」
そんな空を仰いでいたうぃーくんは、私という侵入者に気づいて振り向く。
しかし、彼の表情はしかめっ面だった。私が誰か分かっていないようだ。まあ、それもしょうがないけど。
「私は……サマリお姉ちゃんとアリーちゃんで融合した存在……」
「なるほど……オーヴィンから奪ったのか」
「ええ。うぃーくん、あなたを助けるために……!」
「僕を助ける? ハハッ! 残念だけど、ウィゴの意思などもはや無意味! 今、この体は『奪取』が全て奪い取った!」
「……嘘だ」
「嘘じゃあない。アリー! 君という存在がこの手の中にある。それだけでウィゴを操ることなど容易いのさあ!」
「――ふざけないで!」
サマリお姉ちゃんが必死にアリーちゃんを引き止める。けど、私の想いは止められない。
何とかして『奪取』をうぃーくんから引きずり出す。そのことだけに集中して、私は爪を武器にしてうぃーくんに襲いかかる。
「爪を左に薙ぎ払う。悪いけど、読めるんだよ」
「――なっ!?」
私の爪が簡単に、剣の腹で受け止められてしまう。
どうして……? うぃーくんがこんなに強いなんて……! その答えはサマリお姉ちゃんが知っているようだ。
そっか……。ケイ君の力を奪い取ったから……!
なら、ケイ君でも知らない戦術を使えば!
私は両手に魔法をまとわせ、うぃーくんに向かって掌底を突き出す。
「何だその技は――グッ!?」
うぃーくんが後ろへと下がる。
それから、彼の体を魔法が襲う。炎・氷・雷。その魔法が連鎖的に発動し、うぃーくんの体を傷つけていく。
「ア……アリー……! 僕に……何てことを……」
「今の私はアリーちゃんでもあり、サマリお姉ちゃんでもあるの。だから『奪取』。あなたのその作戦には乗らないわ」
「……ク、クククッ。いいだろう。……僕にはこんな能力があるんだからなあ」
そう言った瞬間、うぃーくんの体が爆発する。
しかし、同時に光り輝き、うぃーくんの体の傷が全て無くなっていく。
……誰かの能力を『奪取』したからか。
でも、手応えはある。私は戦闘態勢を崩さないまま、うぃーくんと対峙した。




