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※私たちの決意

 窓の外は雨が降り注いでいた。その雨が激しく窓を叩く。打ち付ける雫が、私を正気へと戻らせた。

 ……ここは、部屋の中?

 ボーっとしていた中で、私はいつの間にか広場から部屋へと移動させられていたようだ。

 正直、何が起こっていたのか途中までしか認識できていない。けーくんがうぃーくんに『何か』をされた後から、私の記憶はぼやけている。

 改めて部屋の中を見回すと、そこにはサマリお姉ちゃんしかいない。彼女はボロボロの衣服を着て床で眠っている。……いや、気絶だと思う。

 肩からは黒々しいシミが出来上がっていて、痛々しそうに感じられる。

 けーくんとユニちゃんはどうしたのだろう。もし、うぃーくんとの戦いが終わったら、けーくんとユニちゃんも一緒にいるはずなんだけど。

 その時まで、私はある一つの可能性を考えないでいた。そう、うぃーくんが部屋に入ってきた時までは。

 うぃーくんは焦点の定まらない眼差しで私を見つめる。彼はもう、私の幼馴染ではないように見えた。何か、別の物に完全に意識を乗っ取られているような、そんな感じ。

 言葉にしたら拙いけど、私の全意識は幼馴染のはずの彼を拒絶している。


「やあ、アリー」


「うぃー……くん」


「もう大丈夫だよ。僕が、全て終わらせたからね」


「……もしかして、けーくんを?」


 彼の名前を呟いた瞬間、うぃーくんは気味の悪い笑みで頭を垂れた。

 震えている。それは恐怖? ううん、楽しいからだ。


「……あいつは……広場で懺悔中だよ……!」


「そうなんだ……」


 ……良かった、生きてるんだ。

 この状況、どう見てもうぃーくんに連れ去られてしまっていたと思って間違いない。

 でも、けーくんが生きているならきっと私たちを助けてくれるはず――。

 ……いっつも助けられてばっかりだな。私って。

 けーくんの役に立ちたい。そう思って学校に行ったけど、まだまだ時間がかかる。

 このままじゃいけないと思うけど、遅い成長は私を次第に追い詰めていく。……けーくんのようにすぐ成長できたらな。


「ヤツはもう、君の知っているケイではない」


「……うぃーくん。どういうこと?」


「ヤツの力は僕が吸収した! 全てな!」


「吸収? どうやって?」


「僕は他人の能力を奪うことのできる『奪取』と同化した。心は融合を果たし、今の意思は奪取と僕が混ざり合っている」


「……混ざっている、か」


「そう。だからアリー。『奪取』としては君のことはどうでもいいんだが、僕にとっては大切な人なんだよ。……だからなあ、今までコイツを制御できなかったんだが、それももう終わりだ!」


「うぃーくん……」


「ウィゴの心は完全に僕が支配した! アリーさえここにいれば、僕はケイの能力を持った最強の人間となるのだ!」


 ……私のせい、なのだろうか。

 私はけーくんに、自立できるところを見て欲しい。その想いから彼を拒絶してしまったのが、原因なのだろうか。

 ……ごめんね、うぃーくん。私の……せいで……。


「じゃあ、僕はこの上の階でケイが絶望する姿をじっくりと眺めていることにしよう。アリー、これからの生活、君に不自由はさせないつもりだ。何故なら、そうしないとウィゴが暴れだしてしまうからなぁ!」


 高笑いと共に、うぃーくんだったものは部屋を後にして去っていった。

 ……こんなところ、さっさと脱出しなきゃと思うんだけど、多分無理。

 うぃーくんが扉を開いた一瞬に見えたのは、数人のオーヴィンの戦闘員たち。あれは見張りだろう。

 私が暴れても、最悪死にはしないだろうとは思う。私が死ねば、うぃーくんがきっと自分を取り戻して、『奪取』を拒絶するはずだから。

 でも、今地面で寝っ転がっているサマリお姉ちゃんの安全は保証できない。見せしめにお姉ちゃんが殺されてしまう危険性だってある。

 ……サマリお姉ちゃんの魔法で回復しても、きっとうぃーくんはそれをも奪ってしまうだろう。


 ここを抜けるための選択肢は二つだけ。戦闘員を倒して、けーくんと合流する。もしくは、私たちがうぃーくんを倒すか……。

 どちらにしても、前提条件の『戦闘員を倒す』ことが出来なければ前に進めない。

 サマリお姉ちゃんと私だけじゃ、力不足だよ……。一体どうすればいいのか……。


「でも、捕まってるだけじゃ、けーくんの力にはなれない……よね」


 自分に言い聞かせて、一歩を踏み出していく。

 そう、私の自由はある程度保証されている。要はある時点まで『暴れなければ』いいのだ。

 私は、サマリお姉ちゃんを一瞥する。……多分、大丈夫。


「……よし、頑張るぞ」


 自分自身を鼓舞して、扉の前へと辿り着く。

 扉の向こうにいる戦闘員の警戒心を解くため、私はまず扉をノックした。


「あの……すいません」


「何だ?」


「……話し相手に、なってくれませんか?」


「……いいだろう」


 カチャリと鍵の開く音。それから、扉が開かれ、戦闘員の一人がこの部屋へと入ってきた。

 まだ融合はしていないようで、戦闘員の後ろにコボルトが追従してきている。

 ……感情を読み取られないように、私は努めて笑顔を維持する。


「で、いきなりどうしたんだ」


「ちょっと……このまま黙ってるのも暇だから、何かお喋りしたくて」


 サマリお姉ちゃんの様子をちらりと見た戦闘員。

 サマリお姉ちゃんをバカにしたような笑いをしながら私に視線を合わせた。

 何かを察したのだろうか。もしかして、私の表情が固いせいで……!?


「……なるほどな。確かに、この状況なら暇になる」


「――で、でしょう!? わ、分かってもらって良かったぁ~」


 アハハッと愛想笑いをする私。あ、危なかった……。

 今、自分の背中は汗がびっしょりになっているに違いない。それがバレないように、さっさと話題を提供しなければ――。


「……ところで、コボルトさんがいるってことは、あなたも融合できるの?」


「ああ。オーヴィンの連中は全員習得できた。全てウィゴ様のおかげということだ」


「へ、へーっ。そうなんだ! さすがうぃーくんだねっ!」


「この石を持ち、モンスターに忠誠を誓えば、お前だって出来るさ。『融合メルジス』がな」


「メルジス……それが名前なんだね」


「ああ」


 モンスターに忠誠……。だから、みんなこの間と様子がおかしくなってしまったんだ。

 忠誠を誓わなければ、本当にメルジスできないのかな……。モンスターと信頼関係が築ければ、きっと……。

 意を決して、私は戦闘員にある提案を話した。


「あの……その石、ちょっと見せてもらえないかな?」


「何故だ?」


「……私、実は鉱石に目がなくて。いろんな図鑑を見て石を眺めるのが大好きなんだ! その……奴隷の間は楽しかった記憶を繰り返してたから、鉱石とかが目に焼き付いてて……いつの間にか大好きになって……」


 これは本当。


「だから、メルジスできるって石ってどんなに凄いのかなーって参考にさせてもらいたいんだ!」


 これは嘘。


「――いいだろ。ほら、これがその石だ」


「ありがとう! うわーっ! すご~い! へーっ!」


 戦闘員から手渡された石。

 見たところ、ツヤもなく色も黒々としている。傍から見たら気にも留めない石ころでしかなさそう。

 でも、手に持って見ると違いが分かってくる。この石はほんのりと暖かい感触がある。けど、この石を通じて、心の中がジンジンと熱くなっていくのが分かるのだ。

 ……そっか。この力でモンスターとメルジスできてるってことなのかな。だったら、特に資格もいらないってことだね。


 ――じゃあ、大丈夫だね。


「――サマリお姉ちゃん!!」


「なっ――」


 私はクルッと振り返ってサマリお姉ちゃんを呼びながら石を投げる。

 すると、サマリお姉ちゃんはガバッと起き上がってその石をキャッチしたのだった。


「――ありがとアリーちゃん!」


「貴様! 起きていたのか!?」


「あったり前なんだよね! こんな敵地でゆっくり寝ていられるほど、私はお調子者じゃないってこと!」


 不敵な笑みを忘れないサマリお姉ちゃん。相手を完全にバカにしている。

 そして、そう出来る理由がある。

 お姉ちゃんは私に向き合って、石を見せつけた。


「アリーちゃん……準備はオーケーだよね?」


「うん! やろう、お姉ちゃん!」


「――なっ!? 貴様ら人間だろう! それはモンスターと人間でしかメルジスできないんだぞ!」


「……そうだよねえ。モンスターなら、問題ないんだよねえ――ってこーとーはー!?」


 サマリお姉ちゃんが変身すると同時に石が光り輝く。

 そして、私はサマリお姉ちゃんの元へと駆け寄った。

 そう、サマリお姉ちゃんが変身すれば狼の姿になる。これは人間じゃない。モンスターだ。だから、サマリお姉ちゃんと私でメルジスが出来るというわけなのだ。


 私とサマリお姉ちゃんの意識が一つになっていく。これはどっちかの支配じゃない。本当に、二人の心が一つになっていくのが感じられる。

 サマリお姉ちゃんの記憶。サマリお姉ちゃんの想い。そうした他人の意識そのものが同化していく。

 ……そう、今、私たちは新しい存在になった。あの人を助けられる、力を持った。


 背丈はサマリお姉ちゃんとアリーちゃんの真ん中くらいだろうか。視線がどっちの意識を強めても違和感を覚えるから。

 さてと、どうやって目の前の人間を料理してくれようか。

 石を奪われ、メルジスできない戦闘員は恐れを抱いて腰を抜かしている。地面に座り込み、尻もちをついている。


 今の私は、サマリお姉ちゃんのおちゃらけがない完璧な状態なんだから。アリーちゃんの真面目な感情で、あなたを始末してあげる。


「ひぇ……た、助けてくれ!」


「誰が助けると思ってるの? 私たちをこんなところに閉じ込めて……!!」


 狼の爪が怪しく光る。獲物を殺し、報酬を手に入れるために存在する武器。

 そう、これが私の爪なんだ。その凶器を戦闘員に近づけていく。その時、私と戦闘員の間にコボルトが乱入してきた。


「……貴様、人間に協力するつもりなのか」


「サマリ……つまり、私は最初から人間側なんだけど? というか、あんたたちモンスターのせいで……私の村は……! 家族は……!!」


 サマリお姉ちゃんの怒りがアリーちゃんにも伝わってくる。

 ……モンスター、絶対に許さない!

 全ての感情を狂気にし、私はコボルトへ爪を引っ掻いた。その間、数秒の出来事だった。

 コボルトは、自分の意識がなくなったことさえ自覚できなかっただろう。それくらい素早く、私は敵の息の根を止めた。


「ひ……ひぇぇぇ!!」


 すっかり弱気になっている戦闘員。しかし、彼は外へ助けを求めるために扉へと駆け寄っていく。


「た、助け――グェ」


「その扉を開けるのは私。あなたじゃないわ」


 脳を貫かれた戦闘員は体を痙攣させながら地面に倒れていく。

 さあ、この調子で外にいる奴らも殺そう。

 扉を開き、私は一歩を踏み出す。もう、ケイ君に頼ってばかりじゃない。私だって、戦える。


「よう、遅かったな――なっ!? 誰だ貴様は!」


「そんなこと知る必要ある? これから死ぬのに」


「貴様!」


 扉を守っていた数人の戦闘員が、全てメルジスしてモンスターと融合していく。

 メルジスしたのは一緒。でも、あんたたちじゃ私には敵わない。ただモンスターだけに支配された状態のあんたたちじゃね。


「何物か知らんが、かかれ!」


「……やれやれ。自ら死を選ぶなんてね」


 私の力は爪だけじゃない。サマリお姉ちゃんの魔法だって使える。

 拳に魔法をまとわせ、構える。属性は気にしていない。炎か雷か氷か。それは出てからのお楽しみだ。


「うおおおおっ!!」


 呆れるくらい棒読みの雄叫びを上げながら、戦闘員が次々と襲い掛かってくる。

 けど、無理なんだよ。残念だけどね。


「――ハァッ!」


 突撃してくる戦闘員に向けて絶え間なく掌底を打ち込んでいく。

 打ち込まれた戦闘員は次々と吹っ飛んでいき、壁や床に叩きつけられていく。

 私の拳には魔法をまとわせてある。これがどんな意味を持つかというと……。


 戦闘員たちがうめき声を上げる。それは魔法の発動が始まったからだ。

 さて、どんな魔法がかかったのかな。


「……ふーん。この状態だと、そういうことになるんだ」


 炎、雷、氷、それらが断続的に発生し、戦闘員の体がボロボロになっていく。

 そして、最後に起こった爆発によって、体は完全に自壊し体だったもののパーツが散らばる。血液は凝固しているのか、壁や床に打ち付けられたパーツからそれが吹き出すことはなかった。

 人間というのは、意外にも重い。それが分かるほど、パーツは鈍い音で床に転がっていく。

 ……さて、まず第一段階は終了した。

 この扉周辺にいる敵対勢力は私が始末した。次はどっちへ向かうか、だ。

 ケイ君の元に向かうか、先にうぃーくんを倒すか……。

 サマリお姉ちゃんの記憶のおかげで、ケイ君の身に何が起こったのかを理解できる。そして、アリーちゃんのおかげでうぃーくんがどんなに大事な幼馴染だったか理解できる。

 ……うぃーくんは、私が救いたい。私たちでも、ケイ君と並んで戦えるんだってところを証明したい。


「……なら、先にうぃーくんのところに行こうかな」


 ケイ君の能力が奪われたなら、私が取り戻さないと。

 今まで役に立てなかった分、ここで頑張りたい。

 確か、うぃーくんは城の頂上にいると言ってた。

 なら、向かうべきはここの階段か……。


 私は上がりの階段を見つけ、意を決して上がっていく。

 待ってなさい。私が必ずうぃーくんを救って、ケイ君の力を取り戻すんだから。

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