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取り戻す力、蘇る意思

「……ん。……くん。ケ……ん……!」


 頭上より、俺を呼ぶ声が聞こえてくる。俺を呼び起こすためだけに繰り返し発せられる俺の名前。

 力なく、時折嗚咽まで聞こえてくる彼女は……ユニか。

 確か、ウィゴに連れ去られたのはサマリとアリーだったか。ユニは置いていかれたのだろう。

 正直、目を覚ましたくなかった。今、俺たちに起こっている現実を直視したくない。

 だけど、このままユニの声にも耐えられず、俺は起床せざるを得なかった。


「ケイくん!」


「……ユニ、か……」


 俺と視線を合わせたユニ。彼女は俺が目を開いたことで涙腺が崩壊したらしい。

 涙を俺の頬に落としながら笑顔になっていた。


「良かったの……! 中々目を覚まさなくて……死んだかと思って……!」


「俺は……死なないって……言ってるだろ?」


 重たい体を動かして起き上がる。

 この場所は……さっきの広場か。まあ、ここから出たらオーヴィンの連中が襲い掛かってくるらしいしな。

 そして天気が悪い。空は灰色の雨雲が青の空を覆い隠し、雫を垂らす。その雫たちは俺とユニの体を冷えさせていく。

 タイル状の床に打ち付けられる雫の音を心地良いと思いながら、俺はユニと会話することにした。


「ユニ……状況はどんな感じなんだ?」


「……分からないの。アリーとサマリはウィゴに連れ去られてから……なにも、なの」


「そうか……」


「ケイくん……能力は……奪われてしまったの?」


「ああ……」


 俺なりに、ぐっと力を込めて握ったはずだった。しかし、今の握力では崖に掴まることすらできないだろう。

 これが一般人の感覚なのだろうか。普通の人間は崖に掴まることすらできず、下に落ちていくのが大半だろう。


「ケイくん。落ち込んでちゃダメなの。行こう、アリーたちを救いに」


「……今の俺じゃもう無理だよ……」


 自分でも分かる。今の力なき自分では、誰一人救うことはできない。

 もう……最強でなくなったのだから……。


「ケイくん……!? 何を言ってるの!?」


「能力はウィゴに盗られた。あいつが最強になってしまった……だから、敵う人間はいないんだ」


「……そんなことないの! ケイくんなら、きっと――」


「――きっと、か。ユニ。俺はそんな人間じゃないんだよ。みんなの期待に常に応えられるような人間じゃあ……」


「どうして!? ケイくんはいつでも期待に応えてきていたのに!」


「……情けない男だよ、俺は。今、能力が無い状態に安心しきっている」


「……ケイくん」


「今まで、この力が怖かったんだ。確かにモンスターを倒せる力はある。だけど、この力をみんな恐れているってある日気がついた。そしたら俺も怖くなっちゃって……」


「そんな素振り、一度も見せてなかったの……」


「気がつかないようにしてた。この能力に。けど、それだけじゃみんなからの眼差しは変わらない。だから、俺は……普通の人間であろうとするために……みんなと同じでいたいから……人助けを進んでするようになった」


 この力は人を傷つけるためにあるんじゃない。誰かを助けるために存在している……。

 そうやって自分を騙し続けて、みんなの命を救ってきた。何も考えずに、みんなを救えば俺を見る目が変わる。みんなと一緒にいられる。実際、その行動は正解だったと思う。

 次第に、みんなが俺を信頼してくれるようになった。強力な力を持つ俺を……人間として認めてくれた。それが嬉しかった。


「みんなを……人間を救えば、人間として認めてくれる。……結局、俺が戦ってた理由はそんな下らないことだったんだよ」


「……違うの。ケイくんは、そんな人間じゃないの……!」


「そんな人間だよ……! 俺は……!! 能力がなくなって初めて分かった……! 安心してるんだぜ……!? アリーとサマリを助けられなくて悲しいとかじゃなく、能力を取り戻さなきゃって焦りでもなく……!! これが情けなくて何だっていうんだよ!」


「…………」


「もう能力はない。ウィゴは倒せない。この広場でしか、俺は生きていけない。死ぬんだよ……俺は……」


「ケイくんの能力は……きっと……消えていないの」


「……何だって?」


「ケイくんが魔法を使った時、やっとケイくんの力の源が分かったの。ケイくんの力は……スキルなの」


「スキル? 俺にか? きっと、それもウィゴに盗られたんだろうよ……」


「ウィゴに……? ううん、『奪取』にスキルは盗れないの。サマリさんのスキルが『奪取』に盗られなかったと同じように……! スキルをどうこうなんて、神様くらいしか出来ないの……」


「……でも、だから何なんだよ。もう一度スキルを駆使してウィゴと戦えってのか? せっかくみんなと同じ人間になれたのに……」


「戦ってほしいの。ケイくんにしか出来ない戦いが……きっとあるから」


「俺にしか出来ない戦い……? 例えそうであっても……強い力を持つ俺をいずれアリーやサマリが拒絶するに違いない……それがたまらなく怖いんだ。だったら、今のままが……」


「――だったら、その悩みをみんなに話せばいいの。みんなはケイくんを拒絶しない」


「でも、そんな俺を情けないと思うだろ? ただ強い俺を見てきたみんなは……」


 ユニが近づいて俺の手を取る。その手は雨が降り注いでいるにも関わらず暖かかった。


「みんな、ケイくんの力だけについてきたわけじゃないの。アリー、サマリさん、私……ケイくんが心の底でみんなを大切に思っているから、その心がみんなに伝わって、ケイくんを信頼してきたの」


「……ユニ」


「心当たり、ない?」


 アリーが、旅団の仲間の誘いを断ってまで俺についてきてくれたこと。

 明け方、サマリが俺に頼ってほしいと願っていたこと。

 そして今、ユニが俺を奮起させるために一生懸命になってくれていること。


「ケイくんの優しさは、力があるから備わっているわけじゃないの。もし、強い力が無くても……スキルのせいで強い力を手に入れているとしても、ケイくんの優しさは消えない。人助けを進んでするケイくんは……きっと、力が無くても同じことをしているはずだから……。だから、今までスキルの暴走がなかったの」


「でも……みんなは俺を……こんなスキルを持った俺を……!!」


「ケイくん。きっと、それはケイくんの心が過剰に反応してただけなの。……みんな、ケイくんが好きだよ。村の様子を見て、みんな和気あいあいとしてたもの。ケイくんと話すのが楽しいって、みんな思ってるの。そこに恐怖なんて感情、一切なかったの」


「……本当……なのか?」


「だから、スキルを……力を怖がらないで? 世界は、ケイくんが思っているよりも優しいから」


「……強い俺で……いいのか? それで……みんなは……拒絶しないで……くれるのか……?」


 ユニは何も言わず、ただ頷く。

 涙を見せたくないから、俺はユニに背を向けて空を見上げた。

 ごめんなさい……先輩。やっぱり、先輩の言うとおりでした……。この力は……俺を不幸にしてませんでした……。この時まで信じられなかった俺を……許して下さい……。

 悪かった……サマリ、アリー……。自分の安心に酔いしれて、二人を見殺しにするところだった……。こんな最低な人間を、どうか許してほしい……。

 そして、ユニ。……ありがとう。大事なことに気づかせてくれて。俺は……やっと気づけた。自分自身の弱さに。


 ――それももう、今日までだ。


 涙を拭って、俺は再びユニと向き合う。

 ユニの表情は心配そうなものからホッとしたような、安心したような顔つきに変わっている。


「ケイくん」


「悪かった。けどもう大丈夫だ。いつものケイくんに戻ったからな」


「……うん!」


「よし! じゃあまず、ここから出るぞ!」


「うん!!」


 入り口は二つある。その中で、城の上に行くための道を選択する。

 俺たちに退くという選択肢はない。今あるのは、サマリとアリーを救い出す想いだけだ。

 雨に打たれていた自分の剣を拾い上げ、素振りして水を切る。頼むぜ、また俺に力を貸してくれ。


 扉の向こうにいるであろうオーヴィンの奴らを警戒しつつ、俺とユニは扉の左右に分かれてタイミングを伺う。


「三、二、一で扉を開ける。いいな?」


「……なの」


「よし……! 三……二……一!」


 扉を蹴り飛ばす。すると、扉は鈍い音を立てながら開いていき、俺たちを招き入れた。

 その直後に扉の奥から剣が飛び出してくる。オーヴィンの戦闘員が襲い掛かってくるのだろう。

 だが……俺たちは負けない。サマリとアリーを助け、ウィゴを倒すその時までは、絶対に。


 ユニは早速、角を使って自分の体を成長させる。多人数だと遅れを取ってしまうユニも、少人数なら問題ないはずだ。

 問題なのは俺の方か。さっきよりは力が戻ってきているような気がするが、それで対抗できるかどうか……。いや、そんなの関係ないな。みんなを助ける。その想いがあれば、きっと大丈夫だ。


「ウィゴ様に力を吸われた残り滓か。楽勝だな」


「……果たして、そう上手くいくかな?」


 俺と対峙するオーヴィンの一人。彼はすでにモンスターと融合していて理性を崩壊させてしまっている。

 融合しているモンスターはコボルトか? 融合の影響からか、コボルト特有の黒々しい体毛は鳴りを潜め、代わりに肌を鱗に変化させている。顔は人に近いが犬の面影もちゃんと残っている。

 だけど、俺は絶対に勝ってみせる……!


「――死ねぇ! ケイ!」


「ちっ!」


 動物の反応の方が早い。コボルトと融合している戦闘員は俺の腹部に向けて爪を引っ掻いていく。

 コボルトの戦術さえ読めない俺に、避けることなど出来なかった。

 俺の腹部は爪によって抉れ、血が溢れ出していた。


「ぐぅっ! ハァ……ハァ……」


「おやおや。もう虫の息じゃねえか。つまらないが、これで終わりだな!」


「俺は……」


 ――……頼ってくれたら……とっても嬉しいなって……


 ふと、サマリの声が聞こえたような気がした。

 ……ああ。今までも、そしてこれからも。頼りにさせてもらうぜ、サマリ!

 その時、俺の中で何かが変わるのを感じた。これはあの『調整』と戦った時と同じだ。

 俺は腹部に手を当てて、治癒魔法を想像していく。すると、見る見るうちに血が止まり、裂かれた腹部は元に戻っていった。


「何……!? 能力はウィゴ様が全て奪ったんじゃないのか!?」


「……俺の能力は絶対に消えることはない。俺がみんなを信頼し、みんなが俺に期待しててくれるまでは!」


 剣に炎を纏い、化物に構える。

 戦術なんて今は考えられない。けど、サマリのようにがむしゃらに戦えば……!

 負傷すること前提で、俺は化物に立ち向かっていく。俺の形相を恐れているのか、化物は思わず後ずさりしている。


「ハァァァァ!!」


「グッ――ギャアアアーーーッ!!」


 俺が化物に向かって剣を縦に振り下ろした瞬間、炎は剣から化物の体に移り、化物の体を燃やし尽くす。

 同時に化物の頭が剣に切断され、彼は考える力を失った。

 今の力じゃ真っ二つにすることは出来なかったけど、これで十分だ。

 剣を引き抜いて、俺は倒れていくオーヴィンの人間を冷静に見つめていた。

 ……ウィゴは俺が絶対にケリをつける。だから、安らかに眠ってくれ。


「……ユニ! 大丈夫か!?」


「こっちは大丈夫なの! ケイくんは!?」


「ああ……! こっちも問題ない!」


 扉からひょっこりとユニが顔を出す。もう元の姿に戻っている彼女となら話はしやすい。

 剣を鞘に収めて、俺は扉の向こうへと走り出す。これからどんな化物がいても、俺とユニが蹴散らしていく。そして、サマリとアリーを救うんだ。

 今の俺に恐れはない。みんなとの絆があるって、信じてるからな。

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