奪われた力、消える意思
「よう、ケイじゃないか」
初めて見た時より、かなりやつれているように見える。
心情に何か負担がかかっているのだろうか。……そう思って、そう言えば俺もそうだったなと苦笑してしまう。
ウィゴは俺だけを睨み、憎しみの視線をぶつけていた。
……待て。ウィゴの他にも気配を感じる。ようやく本気を出してくるようだな。
俺はウィゴを注目しながら、後ろにいるサマリの手を叩く。それから、人差し指と中指で彼女の手を素早く右になぞった。
「……オッケー。後輩くん」
サマリは小声で俺の合図を理解したことを伝えた。
「ステル国を襲ったのは全部お前の指示によるものなのか?」
「そうさ。この国は奴隷を斡旋しているからな」
「ウィゴ。その情報をどこで手に入れたのか知らないが、それは出任せに過ぎない」
「ああそうだろうなあ! だって、僕が思いついたんだからなあ!!」
「何だと?」
「ハハッ! 一番の理由はお前だ! お前がこの国に住んでいるからだよ!!」
ウィゴは俺を指差し、嘲笑う。俺が原因……?
そんな考えを吹き飛ばしてくれたのはサマリだった。
「はぁ? 何言ってんのよアンタは。たったそれだけの理由で仲間を騙してまでこの国を襲ったってわけ? バカじゃないの? アリーちゃんだって、苦しんでるのに……!」
「待ってサマリお姉ちゃん」
「アリーちゃん……」
意を決したように、アリーが前に出る。
数回深呼吸した後、彼女は声を出した。
「ねえ、うぃーくん」
「あぁ……アリーじゃないか……!! 僕の……存在……!」
「私のせい、なのかな? 私がけーくんの力になりたいって言って、うぃーくんから離れたから……」
「はぁ……はぁ……こっちに来てくれないか……? そうすれば……僕は……」
「うぃーくん……! それでも……こんなことしたらダメだよ……! どうして関係ない人たちを襲ったりするの? そんなのうぃーくんじゃないよ……」
「分かった……! 分かったから……頼む。こっちに……来るんだ……!!」
「うぃーくん……」
アリーの説得も虚しく、ウィゴに通用しないようだ。
というか、ウィゴの様子がおかしすぎる。アリーを認知した瞬間、彼の顔から恍惚感に溢れた表情がにじみ出ている。
抑えきれない感情が、彼を暴走させているのか?
「アリー……もう、いいのか?」
「……うん。お願いけーくん。うぃーくんを助けて?」
「ああ。任せろ」
剣を引き抜き、俺はウィゴと戦う決意をする。
その間に、ウィゴの方も準備が整ったようだ。歪んだ幸せに満ちた顔つきを止め、俺に向けて憎悪の念を送っている。
「ウィゴ……悪いが、お前を倒す」
「やってみろよ! 僕は……そう簡単には死なない!!」
「どうかな!」
剣を持ち上げて、俺はウィゴに先制攻撃を仕掛けるために走っていく。
ウィゴの方も剣を持ち、おかしな方向へ振り回している。まるでおもちゃを与えられた子供のようだ。
きっと、俺の戦略を迷わせる戦術だろうが、意味はない。俺には彼の動きがしっかりと読めるからな。
「ハッハッハハハハ!!」
ウィゴのおかしな叫び声を聞きながら、俺は剣を彼に振り下ろす。
当然のことながら、俺の剣にウィゴは己の剣を叩きつけた。
「……ウィゴ! お前、どうしてそんな風になっちまったんだよ!」
「ケィィィィィィ!! 全部お前だ! お前のせいなんだ!!」
「俺がアリーを助けたからか!?」
「あア!! 貴様さえいなければ、アリーは僕のものになっていた!! 許せない!! アリーの気持ちを弄び、愚弄する貴様をぉぉぉぉ!!」
「お前とは分かり合えたと思ってたんだがな……!」
「ヒャハァ! コイツの気持ちが高ぶっていくうぅ! 一体化していくぅ!」
「何だと?」
前の時より、鍔迫り合いが上手くなったか?
押され負けないウィゴに少し関心しながらも、俺は更に力を強めていく。
そんな時、ユニの声が俺の耳に響いた。
「ケイくん! 気をつけるの! きっとウィゴさんは――」
「ヒャッハァ!! 出てこいお前ら! アリー以外の後ろの女をまわしてやれぇ!」
「――伏兵か!」
先程から感じていた気配が動き出す。つまり、俺とウィゴが戦っている間にサマリたちを襲おうという作戦らしい。
だが、その伏兵はさっきから気づいていたんだよ!
後ろでオーヴィンのメンバーであろう人間のバタバタと走ってくる音が聞こえてくる。
今はサマリたちに任せよう。俺はウィゴを叩く……!
「死ねぇ! ケイ!」
「そんな力じゃな! 俺には勝てないよ!」
「くっ!」
ようやく鍔迫り合いに勝利した俺はその勢いのままウィゴの腹部に向けて剣を横に薙ぎ払う。
俺の剣はウィゴの腹に食い込み、そして肉を破ってばっくりと開かれた中には内臓が見え隠れする。
辺りに降り注ぐ血液の雨。俺は彼の血が滴った剣を構えて、彼の動きを目で追った。
「ぐ……ぐぅぅぅ……!!」
「いい加減、目を覚ませよ。君の目的は国を滅ぼすことじゃないだろう? アリーのような人間を出さないために、奴隷を斡旋する組織を潰すんじゃないのか!?」
一応、俺も彼の正気を取り戻させるために呼びかけを行う。しかし……彼の耳には届いていないようだった。
やはり……『調整』のような存在に乗っ取られているのだろうか。あの時の出会いは一瞬だったけど、ウィゴはこんなことをする人間じゃないと俺は信じている。
目の前にいるウィゴはウィゴではない。すでに何者かに存在を食われてしまったんだ……。
ウィゴは自身から流れ出る血液を無感情で眺めながら、次第に唇を歪ませていく。
そして、腹部に手を当てたのだった。
「ふ……ふふふ……!」
「……何をするつもりだ?」
「これが……僕の……能力さぁ!」
そう彼が叫ぶ。するとどうだ。手のひらが光りだして腹部を癒やしていくではないか。
こんな能力、あの時は持っていなかったぞ。この短期間に一体どうやって能力を……?
「傷を治す能力……どこで手に入れた」
「これは……『奪った』んだよ。僕のチカラでね」
「奪う?」
「そう! 僕は『奪取』と融合し、新しい概念を手に入れた! この世の全てを奪い尽くし、魔王様のために使う! それが僕の新たな役割なんだ!!」
「……魔王、だと?」
「そうさぁ! 僕は……うぅ、ち……違う……僕は……アリーを……」
「ウィゴ! 大丈夫か!?」
「あ……ありがとうケイさん……僕は……あなたのおかげで……正気を……取り……」
乗っ取られた存在に抵抗しているのか?
俺は思わずウィゴの元へと駆け寄る。少しでもあいつの目を覚ます手助けが出来ればと思っての行動だった。
呻いて地面に崩れ落ちるウィゴを肩に寄せて、彼を支える。
しかし……それが俺の油断であり甘さであることに、次の瞬間気づくことになる。
「――戻すと思ったか?」
「なっ――!」
怪しい。俺は即座にウィゴから離れる。
「……クククッ。お前の能力を……奪わせてもらった……!!」
「何だと!?」
「ハァ!!」
「グァッ!!」
危機を感じ取って離れた時にはもう遅かったかもしれない。
気合いに押された俺はバランスを崩して地面を這いつくばって回転しながらウィゴから離れる。
くっ……! ウィゴの言動からして……俺の力が……?
近くに落ちていた自分の剣を拾って、ウィゴの様子を伺おうとする。しかし、どうにも剣が重い。
いつも軽く持ち上げているはずの、自分の剣が鉛のように重い。
それとは対照的に、ウィゴは剣を軽々しく振り回していた。
「……これが君の力か。なるほど。確かに軽くなったよ」
「お前……! 本当に俺の力を奪ったのか!?」
「当たり前じゃないか。そうでないと、この能力に意味がない」
「くそっ。そんなこと出来るはずが……」
「さーて。ただの一般人と化した君に僕を倒せるかなぁ? ハハハッ!!」
……一般人? 俺が? 能力も平凡で、みんなと同じになれて――いや、能力を取り戻さないと! だが、どうやって!?
必死に彼へ攻撃しようと頭の中を回転させるが、いい案が思いつかない。
どうにも、彼の動きが掴めないのだ。それに、体の動きも鈍い。全身が鉛に包まれているような感覚に、俺は戸惑っている。
「後輩くん! 大丈夫!?」
「サマリ……!」
攻撃の合間をぬってサマリが俺の元に駆けつけてくれたようだ。
彼女は俺の体を治そうと魔法を唱えてくれる。膝をつき、重たい剣を必死に持ち上げようとしている俺の姿を、彼女は悲痛そうに見ていた。
「後輩くん……まさか……ユニちゃんの言ってた通り……!」
「……奴に能力を奪われたようだ。くそっ!」
「クッ……! 後輩くんの力を返して!」
サマリがウィゴへと向かっていく。魔法を駆使し、ウィゴとの距離を確実に詰めていく。
しかし、彼女はウィゴの目と鼻の先についた瞬間から、彼女の攻撃は通用しなくなっていった。
ウィゴはサマリとまったく同じ魔法を使って相殺し始めたのだ。
「そんな! どうして私を同じ魔法を!」
「ケイのおかげさぁ! あいつの魔法が、お前の魔法を無力にさせたのさ!」
「そんな……! だったら、別の手段で!」
サマリは敢えて、彼に体術を仕掛けようとした。
だが、どうやって彼女の攻撃を読んだのだろう。ウィゴは最初から知っていたかのように、剣先をサマリの肩の位置にすでに移動させていた。
「あぅ!」
「簡単に読めるようになるとは……何もしないで手に入った戦闘の経験は素晴らしいものだな。ケイさんよお……!」
サマリの左肩は痛々しそうに剣に貫かれている。
ウィゴはそのまま乱暴に剣を振り回し、剣をサマリから引き離した。
肩から剣が抜けた瞬間、彼女の血が地面に垂れてしまう。同時に彼女の体も力なく倒れていったのだった。
「大丈夫か! サマリ!」
肩を抑えて血の流れをせき止めようとしている彼女に駆け寄って、優しく抱き起こす。
彼女の表情は苦痛に満ちていて、俺の心を傷つけていく。
「えっへへ……ごめんね後輩くん。なんか私の攻撃……読まれちゃってさ……。でも、大丈夫だから……」
「その顔で大丈夫に見えるかよ!」
「ケイ。君は自分の心配をした方がいいんじゃないのかなぁ?」
「なに――」
瞬間、俺の眼前につま先が見えた。その次の場面で、俺は空を見上げていた。
蹴られた……。そう実感した時には、俺は花畑の下に倒れ込んでいた。
「クククッ……楽には殺さない……! 散々痛めつけて殺してやる……!」
「ガァ……!」
首根っこを掴まれ、俺はウィゴによって持ち上げられる。
酸素が次第に頭の中で失われていく。呼吸できないため、俺の顔は見る見るうちに青ざめていることだろう。
しかし、ウィゴはお構いなしに俺の首をきつく締め上げていく。
「どうだ? 弱者の気持ちは? お前はいつもこうやってみんなを痛めつけてたんだよ」
「……ち……ちがっ……!」
「何を言ってるのか僕には分からないなあ。もっとちゃんと喋ってくれよ?」
悪党に遠慮したことはない。けど……俺は強者なんかじゃない。俺だって……みんなと同じように……。
言葉を話さない俺に対して、ウィゴは怒りを募らせていく。そして、乱暴に俺を地面に叩きつけたのだった。
「ちゃんと話せよ! まったく、これだから弱い人間は……!」
息苦しさから開放された俺は必死に酸素を体に取り込んでいく。
その暇も、すぐにウィゴに取られてしまうが。
彼は地面に倒れ込んでいる俺を蹴り始める。
「ハハハッ! これは面白い! 新しい玉遊びだ!」
蹴られることで、俺の視界が目まぐるしく変わっていく。その景色の中に、ユニの姿を見つけることができた。
彼女はすでに変身しているようだ。そんな彼女も善戦しているようだけど、数の多さに次第に苦戦しているようだ。ついに変身が解けたと同時に膝をついてしまっていた。
あれが普通の人間だったら楽勝だろう。しかし、彼女が対峙しているのは人間とモンスターの融合体。
勝手が違うんだ。いくら彼女でも……。
「おい、何か喋ろよ」
俺の腹部に足を埋めさせ、ウィゴが呟く。
「……他人の力で……好き勝手……しやがって……」
「『好き勝手』についてはお前も同じだろう? ケイさんよお。僕とケイ。どこに違いがあるんだい? これは正義の行いだよ。君と同じ、ね」
「止めて……!」
遠くからサマリの声が聞こえてくる。
「後輩くんを……そんな風に言わないで……!」
「あん? まったく……どっから湧いて出てきたのか。家にいなくて一体どこにいたっていうんだい君は……」
「ハハッ……! 後輩くんとあなたが同じだなんていう下らない冗談で笑わないために腹筋を鍛える旅に出てたのよ……!!」
「減らず口を……!」
「悪いけど……私に減る口なんかないんだから……!」
「なら、君が信頼しているケイの剣技で、君を殺してあげよう」
「出来るもんなら……やってみなさいよ……! 地獄に行っても絶対に戻ってアンタに一発ぶち込んでやる……!!」
「サマリ……ウィゴを挑発……するな……!」
力を振り絞って、俺はサマリに呼びかける。
彼女は他人が危機にさらされると、率先して敵の矛先を自分に向けようとしてくれる。けど……!
ウィゴは冷淡な表情を浮かべつつ、サマリへと近づいていく。
いつの間にか奪われていた、俺の剣を持って。
「お前も本望だろう? 仲間の血を吸えるんだからね」
俺の剣に話しかけるウィゴ。あいつは俺の剣でサマリにとどめを刺すつもりだ!
必死に体を動かしてウィゴに近づこうとするが、俺の体は言うことを聞いてくれない。こんな無茶、何度も繰り返したはずなのに、初心者の如く金縛りにあっている。
止めてくれ……! サマリ……逃げろ……!
「さあ、ケイから奪ったこの剣技で死ね!」
「――っ!」
ウィゴがサマリを持ち上げようと手を伸ばす。しかしその瞬間、サマリの体が変化した。
狼に変化したサマリは四足で地面を踏みつけて跳躍する。そして、ウィゴの腕に噛みつき、彼の腕を引きちぎったのだった。
「なっ――!」
「ハァ……ハァ……ぶっつけ本番だったけど……何とかなったみたい……!」
サマリが噛みちぎったのは剣を持っている方の腕だった。
ウィゴの意思がなくなった腕は宙に舞いながらその手が開かれ、剣を手放した。
仲間の血を吸うことなく、剣は再び地面に落ちて金属音を鳴らしながらタイルを滑っていった。
「……ふ、ふふふっ……! 腕が無くなったか……! だけど無駄さあ! 僕には奪った力があるんだ!」
「何ですって?」
「こうすれば……簡単に治せる!」
ウィゴは腕を拾い上げ、千切れた箇所にくっつける。そして、気合を込める。
すると、腕は血色を取り戻し、彼の意思の通りに動いているではないか。
……こいつ、兵士たちの能力を奪い尽くしたのか!?
「ハッハッハ! どうだ? 僕に……『奪取』に不可能はないのさ!」
「そんな……! でも……次は頭を!」
「――逃げろサマリ! お前の能力も奪われるぞ!」
「もう遅い!」
俺の叫びよりも先に、ウィゴはサマリの体に触れていた。
ああ……これで彼女の能力も……奪われて……。
……しかし、サマリの体に変化はなかった。狼に変身できる能力が奪われたなら、サマリは強制的に人型に戻るはず。なのに、それが起こらない。
どういうことだ?
この事態にウィゴも異変を感じている。首を捻りながら、サマリを睨みつけている。
「……何故だ? 何故、お前の能力を奪えない」
「フッフッフ。私に……サマリお姉さんに不可能はない……のよ……」
不敵な笑みを浮かべようとしたサマリが地面に倒れ込む。
肩を怪我して無理をしていたのだろう。気絶をしたと同時に、サマリは人の形へと戻っていた。
「……面白い。こいつは連れて帰ろう。おい! お前たち!」
ウィゴは退散するようだ。オーヴィンの連中に指示を始め、自分の剣を持ち上げて鞘に収めている。
くっ、俺もここまでか……。
しかし、ウィゴは俺にとどめを刺す様子は見られない。何でだ?
俺の視線に気づいた彼は、地面に這いつくばっている俺を見下して言葉を発した。
「力のなくなったお前はいつでも殺せる。それに、この城に来てしまっては逃げ場はないだろう? 敵の本拠地なんだからさ、ここは」
「くっ……!」
「この広場だけ自由に歩かせてあげるよ。でも、ここから出たらオーヴィンの連中が君を殺す」
「ふ……ふざけるな……!」
「ここでじっくり自分の無力さを噛み締めているといいさ! 雲行きも怪しそうだし、雨にでも打たれてな!」
「サマリ……アリー……!」
必死に抵抗するアリーを見ながら、俺は手を伸ばす。
だけど、その手は届くことはない。その事実に打ちのめされた俺はそこで意識を手放してしまった。




