お手並み拝見
目的地は意外と近い。国の領土から出ない範囲だった。
何故か、目的地の森にはテントが張られていて数名が待機している。
「やあやあみんな!」
「お、サマリか。そっちの男はどうした?」
「新人ギルド兵! んで、私の後輩!」
「そうかそうかサマリのなあ……」
「何よその含んだ言い方!」
「いや、お前なんかが先輩面してるのがどうにも変でな」
以前よりサマリの知り合いだと思われる人が、サマリを見て微妙な表情をする。
そうだよなあ。彼女の雰囲気はどう見ても先輩には思えないんだよな。つい俺もタメ口になってしまうのも、それが原因なんだよきっと。
だから、俺は彼に同意するのだった。
「……やっぱりあなたもそう思います? あ、俺ケイって言います」
「おうよろしくな。サマリに足を引っ張られないように気をつけな」
「はは……分かりました」
「ちょっと! 足を引っ張るのは普通後輩くんの方でしょうが!」
「いや、絶対お前が足を引っ張る。間違いない。顔一つ見るだけで、ケイってやつの方が歴戦の勇士だと誰もが思うだろうな」
「みんなして私を過小評価してー。見てなさい。ゴブリン師団の一つや二つ、私の魔法で蹴散らしてやるんだから」
頬を膨らませて怒っているサマリは、杖を振り回して森の奥へと進んでいく。
さっさと任務を片付ければ、相手を見返すことができると思っているのだろう。
だったら見せてもらうとしよう。彼女の魔法の力を。
「よーし後輩くん。ちゃんとついてきてるね?」
「ああ。逃げたりしないよ」
「ふふん。いい心がけね。才能が開花してないのにも関わらずこのゴブリンが蔓延る森に来てくれるなんて、将来有望だよ君は」
「ま、『先輩』がいるからね」
「何よその含んだ言い方。ちゃんと見てなさいよ後輩くん。私の力を!」
森の中は暗い。けど、こんなのは村の周りでモンスターを狩っていた時と変わりない。
むしろ、暗い場所で戦う方がやりやすいだろう。暗いということは相手も視界が遮られているということだ。
それなら、経験の差でどちらに勝利が呼び込まれるかが決まる。もちろん、俺は負けない。
「さてと。あと少しでゴブリンが来るはずよ」
「何で分かるのさ」
「実は前からこの場所ではゴブリンの部隊が偵察に来ているという情報があってね。今回戦うのはその偵察部隊ってことらしいのよ」
「そうなのか」
「本隊はテントで見張ってるあいつらに任せて、今日は偵察部隊をぶっ倒すよ!」
「――来たな」
「え?」
「今、五匹分の足音がした」
「お、驚かさないでよ。私には全然聞こえなかったけど」
「杖、構えといた方がいいんじゃないのか?」
「……分かったわよ」
本当にこの子は先輩か?
それに獣なら俺より気づきそうな感じがするけどなあ。
今の音に気づかなかったなんて、ちょっとがっかりだ。
けど、魔法は凄いんだろう彼女は。
サマリは俺の言う通りに杖を構えている。多少不満そうな顔だったが、それはすぐに驚きに変わった。
杖を構えて数秒後、俺の予測した通りに五匹のゴブリンが姿を現したのだ。
「ほ、本当に来た!」
「サマリ先輩の実力を見せてもらうよ。何せ、俺は後輩だからね。力が弱いからどうしようもないよ」
「ええ! そこで見てなさい!」
「おう。でも怖いから目をつぶって見てるよ」
「うん――じゃなくてコラァ! ちゃんと目を開く!」
サマリは杖を目の前で回転させる。そして、呪文を詠唱し始めたのだった。
「我に炎の力を……そして、彼の者に焼灼を! 『テーゼ ・ ヒノ』!!」
彼女がそう唱えた瞬間、杖から炎が吹き荒れた。
その炎はゴブリンの部隊へと襲いかかる。
「ああ、何てことを……」
だが、五匹いるゴブリンのうち、二匹しか燃やし尽くすことができなかった。残りは散らばり、サマリと俺の周りを取り囲む。
ゴブリンは意外と頭がいい。先程は二匹を犠牲にして三匹の生を選んだのだろう。
残りは敵を取り囲めば、とりあえず数としては多い。先程の俺とサマリの会話をゴブリンが聞いているならば、今のサマリの攻撃で手の内が全てバレてしまったようなものだ。
証拠に、三匹のゴブリンたちはほくそ笑んでいる。もう俺たちに敗北はない。そんな表情だ。
それもそうだ。『先輩』がこんなのでは『後輩』もたかが知れている。誰もがそう判断する。
会話にもトラップを付け加えておいた。俺は敢えてゴブリンの目の前で弱い自分を印象づけた。
これで最悪の事態は避けられるだろう。
サマリを襲うのなら、俺が彼女に気づかれないようにゴブリンを殺し、自分が狙われるのなら好都合。
偶然を装ってゴブリンを殺せばいい。
どちらにしても、俺に対しては完全に気を緩ませているのだから。
「バラバラになってもこっちには強い魔法があるのよ! 一匹ずつ仕留めるなら詠唱破棄で十分ね!」
完全にゴブリンにナメられているのに強気のサマリ。
彼女は自身の力でゴリ押しして炎の魔法を周りに撒き散らす。
ゴブリンも死にたくないため必死に逃げるが、彼女の魔法の連発にさすがに体力が尽きていく。
やがてゴブリンは一匹ずつ数を減らし、とうとう全滅してしまったのだった。
「ハァ……ハァ……偵察部隊のくせにやるじゃない……!」
「サマリ……今のが君の力なのか?」
「……そうよ。どう? 見直したでしょう? 先輩と言いたくなったでしょー?」
「いや、あまりそうは思わないな」
「へっ!? 何で!?」
「魔法はよく分からないけど……君ほどの魔力があるなら、きっと最初の魔法だけでゴブリンを全滅させることができたと思う」
「う……!」
「それをゴブリンは避けてしまってた。今回はサマリの根性が勝ったからいいものの、こんな戦い方してたらいつか死ぬぞ」
「……むう」
「ゴブリンというモンスターは弱いけど、数の暴力が多いから意外と苦戦するんだ。だから、集まってる時に一気に仕留めないと」
「……後輩くん、よく知ってるね」
「まあ、モンスターとの戦闘は日常茶飯事だったからな」
「はー……今日は私の格好いいところ見せられなかったかあー。次こそは先輩と言われるようにしてみせるんだから!」
「ああ。期待してるよ。とにかく、今回の任務は終わりってことでいいのか?」
「あ、そうだね。倒した数はちゃんとギルドカードに保存されてるから安心して帰れるよ」
「そのカード……どうやって数を数えてるんだよ」
「魔法よ。きっと素晴らしい仕組みが隠されてるんじゃないかしら。むつかしいことは私もよく分からないけどね」
「なるほど……」
俺は灰になったゴブリンを横目に、サマリの後をついていくのだった。
依頼を達成したサマリはギルド商会へと戻る。
受付にギルドカードを渡し、達成の確認を行うそうだ。
どれだけ同じ作業をこなしてきたのだろう。受付は半機械的に呪文を詠唱し始めた。
呟き程度にしか聞こえないため、何を言っているのか分からない。
だけど、カードに手をかざして呪文を唱えている様はサマリよりカッコよく美しく見える。
カードはおぼろげに光始め、その光は受付の眼差しに吸い込まれている。
数秒の沈黙の内、カードの光が消え去ると受付はニッコリと笑いながらカードをサマリに返してくれた。
「……確かに依頼の完了を確認しました。お疲れ様でした」
「はい! どうもありがとう!!」
「これがギルドの流れ……ってところか」
「そういうことね。明日からは私の後ろでモンスターと戦う後輩くんが出来上がるってこと!」
「あ、サマリも一緒なんだ」
「もちろん。私は君の先輩だから」
えへんと胸を張るサマリ。彼女が先輩で本当に大丈夫なんだろうか……。
まあ、ギルドを信用して彼女と一緒に行動しよう。
「ねえねえ後輩くん」
「何だよ」
「後輩くんの家ってどこにあるの?」
「ああ。ギルド商会からちょっと行ったところのホテルだよ」
「お邪魔しに行ってもいい?」
「何で?」
「今日はこれで私もお暇になるし、後輩くんの家がどんなのか見てみたいから」
「あー……」
家には栗毛ちゃんがいるんだが……。
いや、昨日ちゃんとユリナ隊長に許可をもらったじゃないか。何を恐れることはない。
「えー、ダメなの?」
「いや、いいよ。俺についてきてくれ」
「はいはーい! お邪魔しまーす!」
ギルドの仕事を終えた体で、俺はサマリを連れて家へと向かうことになったのだった。