改竄された組織――オーヴィン――
ユニを後ろに、俺が前に立って歩く。真ん中にはアリー他二名がいる。
本当なら、右と左にも戦える人間を配置したいところだけど、それは贅沢というもの。今はユニがいることに感謝しよう。
気を最大限に張り巡らせ、敵の感覚を探っていく。
サマリの家までは近いとは言え距離はある。だから、必ず一度は敵と遭遇してしまうはずだ……。
肝心の扉の向こうの景色。それは閑散とした廃墟のように思えた。
城下町。いつもは人が賑わっているこの場所はすでに人の通りはない。人に踏まれたせいでくしゃくしゃになった新聞紙が寂しそうに地面に這いつくばっている。そんな光景が目に入るほど、辺りには何もなかった。
家の壁にはモンスターが付けたのだろうか、兵士と同じような爪でえぐられた傷跡が目につく。
……俺たちがいなかったのはたった数日間だぞ。それまでに、ここまで酷い状況になってしまうのか……?
いくら兵士が弱いといえど、大人数でいけばこの辺のモンスターなら倒せる。それなのに何故……。
家の中に生き残りはいるのだろうか。その確認もできないくらい、静まり返っている。聞こえるのは俺たちの息くらいだ。
……いや、他にもいる。呼吸をしている奴らが。二名と二匹いるな。
俺は手を上げて、後ろにいるアリーたちに合図を送る。
タイミング良く現れたのは、見覚えのある人物たちだった。確か、彼らはウィゴ率いる『オーヴィン』の人間だったはずだ。
何故か、彼らはゴブリンとオークをそれぞれ一匹ずつ従えている。テイマーの職業が……? いや、最初に会った時はそんな素振りなんてなかったぞ。
思わぬ味方の登場に、後ろから安堵が聞こえた。あれはアリーだ。彼女の知り合いだから安心したんだろう。
しかし、さらにその後ろのユニからは威嚇するような息が聞こえてきたのだ。
ある意味で一触即発の中、口を開いたのは『オーヴィン』の人間だった。
「……ケイさん、でしたかね? あなたは」
「ああ。それがどうしたんだ? というか、この状況は何だ? 知ってたら教えてほしいんだが……」
「ウィゴさんがお呼びです。一緒に来てくれませんか?」
「……ん? どうしたんだお前たち。様子がおかしいぞ」
よく見ると、まるで生気のない顔じゃないか。
しかし、誰かに操られているというわけでもなさそうだ。自分が何をしているのか分かっていない。そんな感じに意識が混濁しているようだった。
「ケイくん……。この匂い、兵士さんに付いてた傷のと同じなの」
「……なるほど」
つまり、俺たちの敵だってことになりそうだな。
「え? ユニちゃん。どういうこと?」
「アリーは下がってるの。ここからは……私とケイくんに任せるの」
困惑しているアリーを尻目に、俺は剣を引き抜く。
他に存在を感知できないことから、こいつらは下っ端の見回り役らしいな。なら、俺だけでも楽勝だ。
アリーたちを守るのはユニに任せ、ここは俺だけで対処しよう。
「ユニ。アリーたちを任せた」
「分かったの。ケイくん、気をつけて」
「ああ」
短い会話を終わらせると、ユニはすぐにアリーたちを率いて物陰へと逃げ出す。
もちろん、『オーヴィン』の連中は追いかけようと走り出した。
「っと、待った!」
「……ケイさん。邪魔です。私たちはアリーも連れて行かなければならないんだ」
「この状況を起こしたお前たちにアリーは渡さない」
「……残念です。ウィゴさんには死体で連れて帰ることになるとは……」
「お前たち、この間のあれで戦力差は分かってるだろう? どうしてそんなに強気なんだ」
「それは……アンタを超える力を持ったからさぁ!!」
「何?」
そう言うと、『オーヴィン』の二人組は大きく雄叫びを上げて手を振りかざした。
その際に手の中に見えた小さな石がぼおっと青白く光る。だが、今はその石を見極める暇もないようだ。
「ぐぅおおおおおおおおお……オオオオオオオオォォォォォ!!」
「姿が……変わる?」
ユニが人型からユニコーンのモンスター型に変わる瞬間。それの別形態を見ているようだ。
しかし、決定的に違うのは一人に付き、一体のモンスターが吸い込まれているのだ。それは融合。モンスターと人間の、融合だった。
オークと融合した人間。ゴブリンと融合した人間。それぞれの姿は奇妙な物だった。人間の体にモンスターの顔。毛髪も長くなったり、腕もふともも並に太くなっている。
両方とも人間に似ている二足歩行のモンスターだが、それよりは人間に近い形態になったと言えるだろう。
「その力で……この国を襲ったのか」
「あア! こノ国ハ奴隷の斡旋をしテいルからナ!!」
「ふざけるな! 誰がそんなでまかせを言ったんだ!!」
「ウィゴ……サマだ!!」
さっきとウィゴの敬称が違う。もしかして……モンスターの意識に引っ張られているのか?
だとしたら、ウィゴにモンスターが同じように融合しているってことか……。
謎は大体分かってきたな。ウィゴに、自らの意志かどうかは分からないがモンスターが融合し、モンスターの意識が勝った。
そして、モンスターに言われるがまま『オーヴィン』の人間たちはこの国を襲ったのだ。ウィゴと同じようにモンスターと融合して……。
あの様子じゃ、ウィゴに反対しようとした人間もモンスターの心に侵食されてしまったのだろう。……助けられない……のか。だが……。
「どっちにしても……この国を襲った罰は受けてもらう……! 手加減はしない。恨むなら、モンスターの心に負けた自分の心を恨むんだな!」
「オれは強イ!」
「んなの、ただの幻想だってことを証明してやるさ!」
雄叫びと共に『オーヴィン』の人間が襲い掛かってくる。
両者とも爪が武器のようで、鋭利に研がれている。しかし、それは当たればの話だ。
俺は爪の軌跡を推測して先に動く。
「なニ!?」
「いくら力が強くても……な!」
「ガァ!!」
まず一体。オークと融合した人間の首筋に一太刀浴びせる。赤色と緑色が混ざった汚らしい血液を吹き出しながら、彼は絶命していく。
もう一体は魔法で倒す。俺は炎の魔法が使えるように剣に念を込める。すると、刃が赤く光った後に炎が吹き荒れる。上手く操りながら、俺は炎をゴブリンと融合した人間に向けた。
「マ、魔法だト!? 貴様が――」
「お前たちの情報屋は解雇した方がいいんじゃないのか? 情報が古いぜ」
「ギャアアーーーッ!!」
黒焦げになり、粉々に散っていく人間の体。
……これで当面の脅威は去ったはずだ。後は早くサマリのところに行かないと。もたもたしてたら監視が強化されてしまうに違いない。




