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異変、ステル国

 朝だ。今日、俺は村を出る。そしてサマリを元に戻すのだ。

 ユニは結局、俺たちの村で泊まることなく、馬車の中ですやすやと寝ているところを発見した。

 まったく……昨夜はちょっと心配したのにこれだ。

 何の危機感もないような完全に安心しきっている寝顔を見ながら、俺は彼女の頬にそっと人差し指を当てた。


「……ん。……みゅう……?」


「ユニ。朝だぞ。起きろ」


「……ケイくん、おはようなの」


「どうしてこんなところで寝てるんだよ。村の中の方が安全じゃないか」


「なの。それはそうなんだけど……」


「もしかして、昨日の単独行動の時に何かあったのか?」


「え? ううん、特にないの」


「そうか」


 馬車から出て、俺は馬に餌をやることにする。馬だって、ここまで運んできてくれた功労者だからな。

 ちゃんと手入れをしてあげないと。

 同時に、ユニが馬車から出てきた。それ自体は特に気にするものじゃなかったけど、俺は何故かユニの視線を感じていた。

『見ている』のではなく『見られている』。人は意識して見られていると違和感を持つということを、ここで初めて知った。

 振り返って、俺はユニに話しかける。


「ん? どうした。俺に何か用か?」


「あ、ううん……別に……なの」


「そうか? お土産買うなら早くしろよ」


「……ケイくん」


「ん?」


「……私の父を倒したのは本当……なの?」


「今更何を言ってるんだよ。アリーっていう証言者もいるんだぜ? それに、俺が嘘をつく必要があるのか?」


「嘘……」


 嘘。その言葉にユニは反応している。

 何を疑っているのやら。俺はちゃんと自分の力で彼女の父親を殺した。忘れちゃいけないことなんだ。元凶だったとはいえ、俺は彼女の肉親を殺した事実は。


「……ケイくん。私の父をどうやって倒したの?」


「え? ……それは」


「教えてほしいの。攻略方法を……」


「……いつもの通りだよ。傷だらけになったけど、何とか倒せた。それだけだ。ああ、ユニのおかげでアリーの催眠術が解除できたのは感謝してるよ」


「でも……私の父は魔法の攻撃しか受け付けない……の」


 ユニは父をどうやって倒したのかを聞いてくることがある。何故そこまでこだわるのだろうか。

 俺が倒した。その事実ではダメなのか……?

 俺が持つ不思議な力。俺でさえ分からないのに、ユニなんかに話せるわけがない。拒絶されてしまう。その不安感が俺の口を固く閉ざしてしまう。

 だから、俺は敢えて気楽そうに嘘をついたのだった。


「あれ? そうだったのか? 物理攻撃はちゃんと効いてたけど……。きっと忘れてたんだな。お前の父親が」


「らしくないの。ケイくん」


「らしくない……? 何が」


「ねえケイくん。どうして秘密にしてるの? 私に話せないこと……なの?」


「……ユニ」


「ケイくん。何があっても、私はケイくんの味方でありたい。きっとサマリさんも、アリーだってそうなの」


「…………」


「私は受け入れる覚悟はあるの。だからお願い。話して……なの」


 先輩の言葉が脳裏に浮かぶ。

『その力は決して君を不幸にはしない』

 過信しなければ、この力は俺に幸をもたらすのだろうか。

 だったら恐れる必要はない。のだろうか。

 ……今は分からない。けど、目の前で俺を信頼してくれるユニを裏切りたくはない。


「……分かったよ。俺も覚悟を決める」


「ケイくん」


「話すよ。俺のことを。全部」


「……ありがとう、なの」


「先輩からもお墨付き貰ったしな。不幸にしないなら……大丈夫だって。でも、出来るなら一度で済ませたいんだ。サマリを元に戻して、みんなを集めてからでも……いいか?」


「構わないの! ケイくんが話してくれる……それだけで嬉しいの!」


「そっか……ありがとうな」


 自然と、リラックスした笑みを浮かべてしまう。

 彼女たちなら、きっと大丈夫だ。俺を受け入れてくれる。


 村長や先輩への挨拶もほどほどに、俺たちステル国へ帰る組は馬車の前に集まっていた。

 えーっと、昨日の時点でリアナが増えたから御者さんは除くとして、合計で四人か。

 知らない人ばかりなのが影響しているのか、リアナは最初に出会った時よりも縮こまって恐縮していた。


「ねえケイくん。この人は誰なの?」


「ああ。リアナって言って、洞窟の調査をしていたようなんだ」


「していたよう? けーくん、どうして遠回しな言い方なの?」


「実は……彼女、発見した時は身ぐるみ全て奪い取られててな」


「なるほどなの。全裸で対面したということなのー」


「え!? いや、そうじゃなくてだな!」


 自分から話さないと話が拗れると思ったのだろう。

 リアナが前に出て自分のことを話し始めた。


「あの……全裸じゃありません! 荷物がなくなってただけですっ! うぅ……身分を証明できるものがないのがこんなに辛いなんて……」


「まあ、一応だけどな、石を見分ける力はあるみたいだぞ」


「見分ける力? どういうことけーくん」


「俺と先輩じゃあ、サマリを元に戻せる『ジャネストーン』は見つからなかったってことさ」


「むー……やっぱり私も行きたかったー……」


 まるで、私なら見分けれると言わんばかりのむくれた表情を見せるアリー。

 まあ、それが彼女の可愛いところなんだが。まあ、置いてけぼりにしたのは悪かったかな。


「悪い悪い。今度は一緒に行こうな」


「うん!」


 膨れ面から満面の笑みに変わるアリー。

 これは……今度の休みはちゃんとどこかに連れて行ってあげないと怒られてしまいそうだ。

 それにしても、リアナとアリー。どこか似ているような雰囲気があるな。身丈や性格は全然違うが、顔つきがどうもな……。


 見比べているのに気が付いたのか、リアナもアリーを見て、それから首をかしげていた。


「あら? よく見ると私に似てる……」


「ん? どうしたんですかー?」


「えへへ。私たちって、ちょっと似てないかなーって思って」


「そうなの? けーくん」


「うーん……。まあ、顔立ちは似てるかもなあ」


 最初に覚えた嫌悪感はこれだったのか?

 アリーとよく似た人物が洞窟の中にいた。だから、俺は彼女を信用できなかった……?

 そんな俺の不可解な疑問は、アリーののほほんとした声によってかき消されてしまうのだった。


「じゃあ、リアナさんは私のおねーちゃんなのかも! 生き別れの!」


「ふふっ、そうだといいわね」


「ねー」


 サマリお姉ちゃん。終了の巻かな?

 でもまあ、アリーが孤児だったとして、生き別れの姉がいないとも限らないのか。

 こりゃあ、早くサマリにジャネストーンを渡してあげないとな。


 それにしても、馬車での移動も結構な回数となったな。最初は新鮮だったけど、こう何度も乗ると慣れてしまう。

 ただ、慣れていてもモンスターなどの脅威に対する警戒は怠ってはいけない。

 出会わない時もあるけど、それは運が良かっただけ。いつ馬車を襲ってくるか、それは俺たちには分からないんだ。


 馬車を襲うといえば、アリーの知り合いであるウィゴ率いる集団は、今は何をしているだろうか。きっと、捉われている奴隷を救う旅を続けているのだろう。

 俺も何かの形で手伝いたいとは思うけど、俺の中で一つの疑問が頭をもたげた。

 奴隷全てが、自分自身の人生を悲観していないんじゃないか?

 確かに、ウィゴのように奴隷であることを否定する集団はある。しかし、その逆で奴隷のままの方が幸せである人たちも少なからずいるのでは……。

 こうした疑問を持ってしまうと、アリーを救ったことの是非が問われるかもしれない。でも……ヴィクターに言った通り、目の前で『人間なのに人間として扱われていない』彼女を見て、俺は黙っていられなかった。

 それを余計なお世話だと言うなら、また奴隷に戻ればいい。少なくとも、アリーについては救って良かったと俺は思っている。


 ……しかし、今回は運が良かったようだ。馬車は脅威に曝されることなくステル国へとたどり着くことができた。

 高い城壁が見え、侵入者を完全に防止している形状。そして、重く巨大な扉。威圧感たっぷりだけど、これくらいでないと、モンスターや侵入者を拒むことはできないだろう。

 徐々に近づいていく扉。そこには扉を守る兵士たちがいる……はずだった。

 しかし、遠目で見る限り、兵士が立っている様子は見られない。


「……どうしたのケイくん?」


「ユニ……」


 俺の異変にいち早く気がついたユニが話しかけてくる。

 俺はただ窓の向こうに見える無機質な扉を指差していた。言葉を交わさなくても、彼女は理解できていた。


「……兵士さんがいないの」


「うーん、きっと交代の時間なんじゃないかな?」


「そーかなー?」


「きっとそうだよ。兵士さんだってお仕事大変なんだから」


「うーん……なの」


 俺とユニの話題に、アリーも乗ってくる。確かにアリーの言うとおり、交代の時間でたまたま居ない場合だってあるだろう。

 しかし、俺の心の中はどこか焦燥感に満ちていた。城壁の奥で何かが起こっている。そんな気がしてならない。

 そして、そういう時に限って、予感というのは当たるものだ。

 馬車が近づくにつれ、扉の前で倒れている兵士が見えてきたのだ。


「け……けーくん! 人が、人が倒れてるよ!」


「ああ!」


 あれは明らかに交代の時間なんかじゃない!

 俺は馬車から出て扉の方へ走っていく。まだ息があると良いんだが……。

 体を抱き起こし、意識が飛ばないように懸命に呼びかける。


「大丈夫か!? おい!!」


「グッ……ぅ……」


 獣にやられたのだろうか。兵士の装甲は引っかき傷によって見るも無残な状態となっていた。

 いくら兵士の鎧だからといって素材は悪くないはずだ。それなのに、引っかき傷は兵士が着ている鎧をえぐり、中の体をも貫いている。

 モンスターがここまでするのか? ここまで痛めつけたら、後は食すくらいはしそうだが……。

 幸いにも息があった兵士。しかし、それも虫の息だ。あと数分の命かもしれない。……そうだ。サマリに見せればいい。彼女の魔法ならこの傷くらい治してくれるはずだ。

 なら一刻も早く持ってきた石を届けないと……!

 焦る俺の肩に、兵士が掴みかかる。顔は苦痛に歪みながらも、何かを俺に伝えようと口を動かしていた。


「喋らないで! すぐに治してくれる人のところに連れて行く!」


「……オレは……ダメ……だ。それ……気をつけ……ろ。モン……と人間……合……」


 それが、彼の最後の言葉だった。全ての力を失った彼は重力に倣って地面へと倒れていく。


「……くそっ。何が起こってるんだ……!」


 ……兵士には悪いが、ここに置いていくことにする。けど、後で手厚く葬らないとな。

 ようやく、馬車から降りたユニとアリーが合流する。


「けーくん……その人……もう」


「……ああ。遅かった。悪いことしちまったな」


「ケイくんが気に病む必要はないの。怪我人を放っておくくらい……中では何かが起こっているの」


「そうだな……兵士を酷い扱いにはしないよな……」


「……ケイくん。サマリさんのところに行くの。ここから一番近いし……」


「そうだな。この石を届けてやらないと……。サマリなら事情を知ってるかもしれないしな」


 ユニの提案に俺は乗る。それはアリーも同じだった。

 馬車の御者さんとリアナはどうしよう。外は危険。中もどうなっているか分からない。とりあえず、俺たちと一緒に来てもらうことにするか。

 御者さんたちに事情を話す。彼と彼女の返答はもちろん肯定だった。

 戦えるのは俺とユニ。二人だけか……。果たしてこの戦力で三人を守れるか不安だが、やるしかない。


「よし。じゃ、行くぞ……ってユニ? 何やってんだ?」


 いよいよ踏み込もうとしたその時、ユニの行動に俺は疑問を抱いた。

 彼女は兵士の死体の近くで、何かの匂いを嗅いでいたのだ。その表情はどうにも複雑な感情が見え隠れしている。


「……この匂い……。仲間……? でも、人間の匂いもするの……」


「そりゃ兵士は人間だからだろ?」


「ううん、違うの。兵士さんの匂いとは別の人間の匂いもするの。そして、それは何故かモンスターと合わさっているの」


「私たちには分からないけど、ユニちゃんは人とモンスターの香りを分別できるの?」


 アリーの質問にユニはコクリと頷く。


「なの。こんなこと……一度もなかったの……」


「実際に中に入ってみないと分からないってことだな。サマリのことも気になる。行くぞ、みんな」


 重々しい扉を開け放ち、俺たちは注意深く第一歩を踏み出した。

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