※ユニと村のモンスター
ケイくんと別れて、私は一人、モンスターが集まっている場所を目指していた。
ここのは何故か、気性の荒いモンスターは少ない。この村の人々と同じタイミングで村の外に出たけど、遭遇するのは出来るだけ避けたい。間違われて殺されたりしたら敵わないし。
ケイくんの力を見る通り、ここの村人の戦闘力はかなりのものだと思っていてもいいと思う。それだけに、私は周囲を警戒しながら慎重に森の中を進んでいく。
モンスターの気配の多い場所を目的地に、私は足を進めている。そこがモンスターのたまり場になっていて、話が通じるモンスターと出会えるかもしれない。でも、大抵は私の肩書のせいで話し合うことが出来ないことが多いんだけど……。
そこは私の話の見せ所ってところね。
「……いるの」
耳を済ませていた甲斐があり、人間の足音がこちらに近づいてきているのが分かる。
私は出会わないように茂みの中へと隠れる。こうすれば、後は過ぎ去っていくのを待つだけだ。
「……ふぅ。行ったのー」
特にアクシデントもなく、私と人間が出会うことはなかった。
モンスターのたまり場まではもう少しだ。私ははやる気持ちを抑えつつ、慎重に距離を近づけていく。
そして、ようやく着いたのだった。
そこは透明な結界が張られていた。並の人間では気づくことは出来ないだろう。いや、ケイくんなら気づくかもしれない。
まあ、それなりに鍛錬を積んだ人間じゃないと、気づかないというのは間違いない。
一応手を伸ばして、結界を通り抜けられるかを確認する私。
……うん。このちっちゃい状態でも大丈夫みたい。
意を決して、私は結界の中へと入っていったのだった。
「……見かけない顔だな。誰だ貴様は」
結界に入って早々、私は大勢のモンスターたちに歓迎されていた。いや、各々の武器を私に向けているのは歓迎とは言わないか。
様々なモンスターの様子を眺めながら、私は自分の名前を口にしようとする。しかし、『今の名前』では通用しないか。じゃあ、こっちの名前にしなくちゃね。
「私の名前はパルラリナ。ユニコーンのモンスターなの」
「……ああ。あの『調整』の娘か。何のようだ?」
私の名前を聞いた途端、慌てだす者や激昂を示す者。無言で睨みつける者など様々な動きに分かれていく。
そう、私はあの『調整』の娘なんだ……。
「話をしに来たの。私はあの『調整』とは違う」
「……どうだかな。俺たちを催眠で操ろうというのか? それがお前たちが仕える『魔王』の計画なのか?」
「……私だって、魔王の計画には反対しているの。あんなのとは違う」
「とにかく、俺たちは魔王から離反した身だ。だからこんな僻地に飛ばされちまってる」
「それは分かっているの。だから、こうして話を――」
「お前と話す舌は持ってねぇ!」
その時、モンスターの群衆の一部が私に向かって爪を立てて攻撃を仕掛けてきた。
難なく回避する私だったが、ここで状況が変わってきてしまったようだ。
「……どうしても、話したくないの?」
「ああ! 貴様ら魔王側のせいで俺たちはこんな場所にいるんだ! もう……たくさんなんだよ!」
「出来れば、平和的に解決していきたいと思っているの。けど……」
「それに、今の貴様なら俺たちでも簡単に殺せそうだしな! 俺たちの積年の恨みをお前で晴らしてもらう!」
「……仕方ないの。こうなっては……」
戦う覚悟を決める。しかし、一部はまだ戦わず傍観しているようにも思える。
これは血気盛んなモンスターが勝手に暴走していると見て間違いないようなの。
それなら、ちょっとだけ黙らせてあげれば話し合いができるかも……。
「さあ、どっからでもかかってこいなの」
「行くぜぇ!!」
モンスターの鋭い爪が私を切り裂こうと上から降ってくる。だけど、私はこの小さな体を活かして回避する。
軽い身のこなしが、この体の取り柄だ。攻撃は心もとないけど……。もしかしたら、アリーから貰った力を使うしかないかもしれないの。
前転して回避する瞬間、私は小さな枝を拾った。それを剣に見立てて、まるでケイくんがしてるように構えてみせる。
これにはさすがのモンスターも笑いをこらえきれていないようだ。
「フハハ……馬鹿か貴様は? その枝っ切れで何が出来る?」
「同じモンスター同士だから……。殺したくないの」
「俺はお前を殺す気満々なんだがなあ!!」
爪を突き立てて、自分自身の力を表現するモンスター。
そんな力……たかが木の枝でねじ伏せてみせるの。
「ハァ!」
モンスターが再び私に向けて爪を薙ぎ払う。
爪の軌跡を目で追いながら、私は跳躍してモンスターの腕に乗った。そう、今まさに私に向けて攻撃してきたその腕に。
「なっ! このっ!!」
そうなれば、次に来るのは私という重りを退けようとする動き。
その動きを予測していたから、私はすぐに地面に降りることができた。
モンスターの巨体なら、次の行動の前に私が先行できる。すかさず、私は木の枝の両端を持って、モンスターの喉元へと飛び上がっていく。
「グェッ!!」
喉を締め上げる小枝。息が出来なくなったことに驚いたモンスターはそのまま後ろへと倒れていく。
地面に全ての体重を任せたモンスターを見ながら、私はジャンプ後に一回転して安全に着地することができた。
「どう? 小さな力でも侮ったらいけないの」
「……ふざけるな……!! ユニコーンの分際でぇ!!」
「これは力の差というものなの。そんなんじゃ、魔王の支配から逃れることはできないの」
「殺す……!! お前ら! 見てないで手伝いやがれ!!」
モンスターの声に反応して、他のモンスターもおずおずと前に出てくる。
そのどれもが、先程、私に向かって冷たい眼差しを送っていたモンスターだ。
……さすがに多くを相手にするにはこの体は不利なの。ならば……アリーから貰ったこの力を開放するしかない……。
これを使ったら、私に喧嘩を売ってきているモンスターは無事じゃすまない。
それだけの覚悟があるのだろうか。私の瞳に映るモンスターには。
私は角を取り出し、モンスターに見せつける。これは警告だ。最終通達とも言う。
「……これを使ったら、あなたたちは死んでしまうかもしれないの。その覚悟があって?」
「ふん。ただの折れた角じゃねえか。それで脅しになるかよ?」
「……なるから見せているのに」
警告はした。後悔するのはモンスターたちなの。
私は意を決して角を頭に取りつける。すると、私の体は光を帯びて成長を始めた。
もう……精神まで変わっていってしまう。……今の私を止めることは……不可能ね。
頭が急にクリアーになる。そう、私は今生まれ変わったのだ。
余計な迷いやてかげんはもうゴミ箱に捨て去った。私は戦う。そう! アリーと夜の遊びを行うためにっ!!
そう考えたら俄然やる気が出てきたわ。あーこいつらなんて一撃でお・し・ま・いよ。
「ふっふーん。準備の方はよろしいかしら? 坊やたち♪」
「あ……あ……」
私の超絶プロポーショナルがモンスターのハートを鷲掴み。
そりゃそうよね。だって私の体だし。
一応からかっておくか。その反応を見るのも楽しみの一つだ。特にケイくんは面白い反応を示してくれるからなおさらからかいたくなっちゃう。
「どうしたの~? 大丈夫? 天国逝く?」
「ふ……ふざけるな! 貴様なんぞに!」
「やられるわけがない――って思いたいんだろうけど、無駄なのよねえー」
ほら。パンチラの一発でモンスターたちは血を吹き出して倒れていく。
他にもアッパーパンチラ、フックパンチラとかもあるけど、今日は見せ場がないようねえ。残念。
「ぐ……ぐぞぉ……!!」
「あらら? もう終わり? つまらないわねぇ」
「…………」
ん? 私の美貌に負けないモンスターがいたみたい。
翼の生えた恐竜。その名もワイバーンだ。彼は女の子を見る目がないようね。かわいそうに……。
でも、ちゃんと戦える相手なら、面白そう。手を閉じたり開いたりして本日のコンディションを確かめる。
よし、バッチリね。
「ユニコーン。貴様があの『調整』と違うと説いても信じない。結局、魔王はお前たちを残し、反発した俺たちをこんな世界へと追いやったんだからな」
「なら、魔王の従属になれば良かったんじゃない? 気持ち良いものかもよ? 漆黒に染まっていく感覚ってのも」
「それはできないな。領土を増やす。たったそれだけのためにこの世界の人間を殺すわけにはいかない」
「じゃあ聞くけど。どーしてあなた達のお仲間は人々を食い漁っているのかなあー? 私ぃー分かんなーい」
「……同胞たちの暴走だ。……だが!」
「やる気スイッチが入ったようね。いいわ。来て。お姉さんが楽しませてあげる♪」
「行くぞ……!」
「もう行くの? そんな早すぎ――!」
ワイバーンが翼を広げて飛行する。
ノリで早いとか言ってしまったけど、今の私には遅すぎるくらい。
頭を少しだけずらして、滑空してきたワイバーンを避ける。その瞬間に私はクルッと一回転しながら自身の角をワイバーンの腹部に突き刺した。
「グッ……!」
「はい。これでお終い」
ダラーンと力なく私の角にもたれかかっちゃって。何様のつもりなのかしら。そういうことをしていいのはアリーみたいな可愛い女の子だけなのよ?
私は頭を振り回して角に貫通しているワイバーンを吹き飛ばす。
地面に落ちたワイバーンは腹部を押さえながら私を睨みつけていた。
「くそっ……やはりユニコーンか……」
「んー。どうかしら? 話し合う気にはなったかしら?」
「……ふっ。好きにしろ……」
そのセリフは可愛くないのであまり嬉しくないわね。とにかく、ワイバーンが負けたことでこの地域のモンスターは完全敗北ということになったようだ。
あーあ。それにしてもモンスター弱いわね。こうなっちゃったら、ケイくんともう一度死闘したくなっちゃうわー。あっ……変身が……・
「ふしゅー……戻っちゃったのー……」
元に戻った瞬間に思い返される黒歴史の数々。ああ……私は話し合うモンスターたちになんてことを……。
小さないざこざはあったけど、モンスターたちはようやく私と話し合ってくれるようだった。
未だに腹部を押さえているワイバーンだけど、応急処置をしたから死にはしないはず……だよね?
大木にもたれかかっているワイバーンに対して、私は言葉を口にした。
「……状況は、あまり良くないみたい……なの」
「そうだな。人を襲う俺たちの仲間を見てみろ。年々数が増してきている。最初は気高い感情を持って魔王から離反したはずの俺たちが……ストレスに耐えきれず次第に魔王以下のクズに成り下がっていく。それが魔王の計画だったのかもしれんがな」
「……魔王については、私の父が良く知っていたの。でも、もう倒しちゃったから……」
「倒した? 誰だ。その強者は」
「この村の出身、ケイって名前の人なの」
「ケイ? ……ああ。あいつか……。確かに、奴なら『調整』を殺すほどの力を持っているだろうな」
私の父を倒したケイくん。でも、気になっていることが一つあった。
それは、どうやって父を攻略したのかということ。確か、ケイくんは魔法が使えなかったはず。父は魔法でしか傷つけることができないスキルを持っている。
だから、催眠に対してはケイくんが。魔法に対してはサマリさんを父へのカウンターとして計画していたのだ。
それがケイくん一人で何とかなったという事実。最初はアリーの力で倒したのかと思ったけど、アリーはまだ人を傷つける覚悟はないはず……。
ケイくんにこの疑問を聞いてみても、彼は笑ってはぐらかしているだけだった。いや、ケイくんのことを信頼していないわけじゃない。
ケイくんは……私に何か秘密を隠しているような気がするの。
だから、私はその秘密の一端に触れられるかもしれない期待を抱いたのだった。
「……その根拠はあるの?」
「奴はある日、突然に頭角を現した。努力もせず、急に強くなったんだよ、奴は」
「どういうことなの?」
「奴はもしかすると、何かのスキルに覚醒しているかもしれんな」
「スキル……なの。力が五倍になったりするスキル……?」
「さあな。そこまでは分からん。ただ、奴は周りの能力を学び、常に力にしているようには感じられた」
「そう……なの」
「さて、俺たちを訪ねてきた理由はそれだけか?」
「ううん、違うの。……ねえ、魔王を倒すために協力できない?」
「……魔王を倒す? 今更な話だな。あの力は俺たちでは倒せない。例え、ケイであってもな」
「そんなことないの! ケイくんならきっと魔王を――」
「その考えは甘い。第一、人間側が俺たちモンスターを信用するのか? 両方ともお互いを傷つけ合いすぎた。もう戻れんと思うが」
「……でも……でも!」
「それに、だ。村の周りのモンスターを抑えるのでこっちは精一杯なんだ。悪いが手は貸せない」
「……分かったの」
「だけどな、ユニコーン。魔王側にもお前のようなモンスターがいると分かって、こっちは少し気が楽になった」
「え?」
「この事実を他のモンスターにも知らせたい。そうすれば当てつけに村を襲うモンスターだっていなくなるはずだ。その時になったら……必ず力になる。必ずだ」
「……ありがとうなの。その言葉だけでも、嬉しいの」




