洞窟に潜む調査員
先輩のホッとしたような息遣いが後ろから聞こえてくる。
これで少しでも先輩の心が軽くなればいいんだけど。
それにしても、先輩の気持ちを理解したから強くなれた……か。あの『調整』を語っていた奴との戦いでも似たようなことが起こった。
……先輩に話して何かが変わることは期待しない。ただ、今の気持ちを誰かに話したかった。
「強くなれたような気がした……それと同じことが、つい最近ありました。命を落としても……絶対守らなきゃって思ったら、俺に新しい力が生まれたんです」
「新しい力?」
「これ、他の人に話すのは恥ずかしいんです。先輩だけですよ? こういうこと言えるの。……少し怖いんです。自分が強くなっていくのが」
「強くなるのはみんなの憧れだろう? 怖くなる要素がどこにあるんだ?」
「俺の力……それに気づいたら、後戻りできないような不幸が訪れるんじゃないかって。だから、気づかないように自分を騙してるんです」
「ケイの言う、他人を理解したことで生まれる力のことがか?」
「……はい。きっと、その力に完全に気づいてしまうと制御できない力に飲み込まれる。俺はそう確信してます」
「…………」
「すいません。こんな答えづらいこと話してしまって」
「――いや、答えなら出せるぞ」
「え?」
「ケイ。その力は君を不幸にしてきたのか?」
「いいえ、そんなことは」
「なら、答えは決まってる。その力は決して君を不幸にはしない」
「……先輩」
「でも、その力を過信すればきっと足元を掬われるだろう。まあ、ケイなら大丈夫だと私は信じているがね」
先輩の出した答えは至って単純な物だった。簡単に考えれば、この力で不幸になったことは一度もない。
先輩のおかげで強くなったから、モンスターを退治できていた。モンスターを退治して強くなったから、ステル国へ行くことが出来て、アリーを助けることができた。
アリーを助けたから、サマリとも共通の話題で仲良くなれた。そのサマリが悩んでいる時に助けられたから、魔法が使えるようになった。
その魔法はユニの父を倒すことができた。そう、俺はこの力に助けられてばかりだった。
やっぱり、俺はまだまだだな。先輩からこんな大事なことを教えてもらうなんて。
「……ありがとうございます、先輩」
「気にするな。逆にこれくらいしかしてやれることがないんだ」
「そんなことないですよ」
「そうか? さあ、それよりも早く石を取ってこようじゃないか。こんな暗い洞窟の中にいたら気も滅入ってしまう」
「そうですね。行きましょう」
俺と先輩は再び暗闇が支配する洞窟を進む。
松明のぼんやりとした明かりは、足元くらいしか照らしてくれず、奥の方は見えることがない。
常人なら、こんなところで不意打ちを喰らったらひとたまりもないだろう。まあ、俺と先輩なら、たぶん大丈夫だ。
なんて、そんなことを考えていたら、横から手がにゅっと出てきた。
「――っ!?」
青白い手。まるで、この世の物とは思えない。
ま、まさか幽霊が出てきたのか!? しかし、その手の先には胴体があって、足もちゃんとついていた。
反射的に松明の明かりを向けた先輩のおかげで、どんな風貌の人物なのかが露わになる。
「……女の子?」
こんな暗い洞窟の中に女の子? いや、違和感はそれだけじゃない。
幸の薄そうな貧相な顔立ち。そして、くすんだ茶色の髪の毛。どう見ても洞窟を探検するような人間じゃない。
衣服だってそうだ。鎧もない普段着――体に対して服が大きいのか、衣服はダボダボだ――で、洞窟の中に入っていくなんて信じられない。彼女の周りには武器もない。なら、どうやって道中のモンスターを退けてきたのだろうか。
そう、彼女はここにいることが怪しすぎる人物だったのだ。
久しぶりに光を見たのだろうか。彼女は松明の炎に対して目を細めるようにしつつ、腕で目元を隠そうとしている。
「……先輩。この子、村の人間でしょうか?」
「いや、私も知らない。だが……」
先輩が身を乗り出して女の子に近づく。
俺は先輩の邪魔にならないように一度後ずさる。
「……言葉は喋れるな?」
「……はい」
同性だと話しやすいのか、女の子はコクリと頷きながら言葉を口にする。
先輩が次に質問したのは、誰もが聞きたがる質問だった。
「君は誰だ? 何故ここにいる?」
「私……は……リアナと言います。ある特命を受けて洞窟の中を調査していたところ行き倒れてしまいまして……」
「待ってくれ。その格好で調査? 何も持っていないし、その格好は……」
「……え? あっ……」
ようやく自分自身の格好を認識したのか、彼女は体をまさぐりながら悲しそうな表情をしていく。
この彼女の意味するところは……。
「あ、あれ? 色々無くなってる……? そんな……」
「無くなった? ってことは、行き倒れる前はちゃんとした格好だったってことかしら?」
「そうなんです! 荷物もないよ……」
俺の中で怪しさは抜けないが、先輩は彼女のことを信用したようだ。
先輩は俺に目配せして、彼女を連れて行くことを提案していた。まあ、危険性はなさそうだ。俺は同じく目配せして肯定を伝える。
「さ、とりあえず立って」
「ありがとうございます……」
「先輩、先に進みましょう。さすがに時間が経ってきた」
「そうだな。この子の保護もしたいし、早く見つけよう」
「あ、あの……何かお探しでしょうか?」
「え? あ、いや……」
先輩との会話を止めようとした俺だったが、ふと気づいたことがある。
彼女は洞窟の調査で行き倒れたと言っていた。つまり、洞窟の中に詳しい人間ということだ。
なら……石の場所がある程度分かるんじゃないか? どうせ彼女も連れて行くんだ。遅かれ早かれ俺と先輩が探しているものはバレてしまうんだ。それなら今言った方がいい。
「実はスキルの暴走を防ぐ石がこの洞窟の中にあるらしいんだが、まだ見つけられていないんだ」
「暴走を抑える……それって『ジャネストーン』のことでしょうか?」
「知ってるのか?」
「はい。確かにこの洞窟にありました。案内します。付いてきて下さい!」
「やったなケイ。これですぐに石を入手できるぞ」
「……そうですね」
この偶然は喜んでいいのだろうか。
確かに、少し期待したところはある。しかし、こうまで簡単に場所まで分かるのか?
そんな俺の疑問が顔に出ていたのだろうか。彼女は少し控えめながらもおずおずその理由を口にした。
「実は、帰りがけに行き倒れてしまったんです。だからジャネストーンの場所が分かるんです」
「なるほど。やはり、ここはリアナに任せておこうじゃないか。ケイ」
「……分かりました。じゃあ、よろしくな。リアナ」
「は……はい!」
俺に信頼されたことが嬉しいのか、彼女は弾けて笑顔になった。
先輩が掲げる松明を唯一の明かりにし、俺たちは進んでいく。
リアナの足取りは軽く、迷いがない。どうやら本当に調査をしていたようだな。
それからしばらくし、開けた場所へと俺たちは踏み込んだ。それと同時にリアナが立ち止まる。
「ここがジャネストーンのある場所です」
「どこにあるんだ?」
「ほら、ここにあるじゃないですか!」
「……? 先輩、分かりますか?」
「いや、私にも分からん」
「えぇー? だってこんなに違いますよ? 見て下さい。右に持っているのが普通の石で、左に持ってるジャネストーンです。こんなに光沢が違うんですよ」
目を光らせながら、リアナが石についての説明を続ける。
しかし、俺と先輩では一向に彼女の熱意は伝わることがないだろう。……良かった。彼女を連れてきて。
もし連れてこなかったら、まったく関係のない石を持っていくことになってたかもしれない。
「……で、こっちがジャネストーンなんだな?」
「ええ。そうですよ」
リアナから受け取ったジャネストーン。俺には普通の石と違いが分からないが、これがあればサマリのスキルを抑えることができるんだろう。
「なあリアナ」
「何ですか? あ、やっと違いが分かりましたか!? そうですよね! こっちの煌めきがジャネストーンで黒緑色なのが黒曜石で……」
「いや、他にジャネストーンはないのか?」
そう、これがあればスキルとかいうやつを制御できるんだ。なら、貰わない手はない。
サマリの他にも、もしかしたらアリーが覚醒するかもしれない。その時になったらサマリだけじゃ足りないからね。
しかし、俺の予想とは裏腹に、リアナの表情は暗くなる一方だった。
「……すいません。ここのジャネストーンはこの一つしかないようです……」
「そうなのか……」
「はい。元々、この洞窟はたくさんのジャネストーンがあったはずなんですが、ここ最近は数を減らしていたようなんです。そういうことを調査するために、私はここに来ていたのですが……はぁ……」
自分の不甲斐なさを思い出したのか、リアナが大きなため息をつく。
まあ……ないならしょうがないか。あまり彼女を信用することはできないが、石についてはこの子は真実を言っているような気がする。
そうとなれば、長居は無用だ。ここから帰ろう。
そう思った時、リアナの背後に何者かが忍び寄っていることに気がついた。
俺はすかさず剣を引き抜き、リアナの肩に手をかけて背後の何者かから距離を離す。
「下がれ!」
「え――えぇ!?」
「……お前、もしかしてリアナを襲ったやつなのか?」
先輩が松明を向ける。そして、その背後の何者かの全貌が明らかになる。
光に照らされたその存在。それは骸骨だった。カタカタと揺れる骸骨の歯。
なんてことない。ただのアンデッドだ。俺は剣を構え、即座に横に薙ぎ払った。
すると、骸骨はあっけなく崩れ落ち、バラバラに砕け散ってしまったのだった。
「……単なるアンデッドだったか」
「はぇ……凄いんですね。ケイさんって」
「ん? いや、これくらい大したことないけど」
「いいえ。ちゃんと私を守って戦ってくれました。戦えない私にしてみれば、それだけで尊敬できます」
「さて、これ以上変なモンスターに遭遇するのも嫌だし、さっさと洞窟を抜けようか」
先輩の言葉に同意し、俺たちはロープを伝って洞窟の外へと目指していったのだった。




