村長との再会!
ユニがいなくなったことで、俺はアリーと二人きりになった。そう言えば、彼女がいた旅団の話……悲惨だったな。
表では孤児を引き取って育てるが、裏ではその孤児を人身売買して奴隷の斡旋を行っていたんだから。
彼女はその話をウィゴから聞かされているはずだ。それは俺も隠れて見ていた。しかし、今の彼女はどうだろう。そんな話を聞かされたとは微塵にも思えない。まあ、何も知らないはずの俺とユニの前だから、俺たちを心配させまいとしている彼女なりの強がりなのかもしれない。
アリーが悲しそうな表情をしてたら、俺とユニは根掘り葉掘り聞き出そうとするからな。そういう展開になるだろうなとは、俺も何となく自覚できる。
ボーッとアリーを見ていたからだろうか。目が合ってしまい、彼女は小さく首をかしげて微笑んだ。
「どうしたの? けーくん」
「いや、何でもないよ」
「そうかな? 何か、私に伝えたいこと、あったりしないかな?」
「……強いな、アリーは」
「え?」
きょとんとしている彼女。ここであの話を持ち出すのはおかしい。
だから、俺は別の話題で似たような話に持ち込むことにした。
「……ユニの父の催眠にかかって、俺を殺そうとした時あっただろう?」
「うん。あの時は本当にごめんなさい」
「謝らなくてもいい。けど、アリーはそんなことがあっても、すぐに気持ちを切り替えることができるんだなってな」
「……きっと、サマリお姉ちゃんのおかげかな」
「どうして?」
「サマリお姉ちゃんも妹さんのこと……故郷のこと、色々思い出したけどいつも通り元気に振る舞ってるよね? ある日、聞いてみたんだ。どうしてそんなに明るく出来るのって」
「そしたら、どんな答えが返ってきたんだ?」
「悲しい出来事が続くのは自分の気持ちが切り替えられないからだって、サマリお姉ちゃんは言ってた。その気持ちを引きずっている限り、幸せはやって来ないんだぞって。私、へーって感心しちゃった」
「そういう考え方もあるか……」
あいつも色々考えているんだ。俺は案外引きずってしまうことの方が多いかもしれない。
現に、ユリナ隊長のことだってそうだ。彼女の死を目の前で目撃してしまったからこそ、ああやって仇討ちに躍起になっていたのかもしれない。
アリーとサマリの方が、俺よりちょっぴり大人ってことか。
「あ……」
「ん? どうしたんだアリー」
「ねえけーくん。あの人って誰かな?」
「え?」
アリーが指差す方向。それは俺の後ろの方向だ。
その人物を見るために、俺は後ろを振り向く。すると、そこにいたのは懐かしの顔だった。
「……村長」
「ケイくん……」
彼女のセミロングの髪型が風になびいて揺れる。父親譲りの赤髪はまだ健在だ。
俺は思わず、息を呑んでしまっていた。彼女との再会が、今までで一番嬉しかったのかもしれない。
「ケイくん……!!」
もう一度俺の名前を呼んだ村長は、涙を堪えながら俺に駆け寄ってくる。
俺も彼女を受け止めるべく両手を広げた。
「おっと!」
ジャンプしてきた村長をそっと受け止め、抱きしめる。
もう、村長の目からは滝のように涙が溢れ出ていた。
「おいおい。今の君は村長だろ? そんなに泣いてていいのか?」
「だって……だって! ケイくんが帰ってきてくれたんだもん!!」
「……そうだよな。ごめん」
「寂しかった……! 心細かったよ……!!」
「……心配させて悪かった」
「いいの! こうしてケイくんが帰ってきてくれたなら!」
彼女の頭を撫でてなだめていく。彼女の幼い頃から遊び相手になっていたんだ。この村で親以外で一番親しいのは俺だ。
その俺が村から消えて、親もいない。そして、村長としての立場もある。それがどれほど彼女を追い詰めていただろう。それを体験していない俺が想像するのも失礼なくらいだと思う。
「あの、けーくん。その人は……」
「ああ。悪いアリー。彼女はこの村の村長だ」
「へー、すごーい」
「元々は彼女の親が村長だったんだが、モンスターとの戦いで命を落としてな」
「あっ……そうだったんだ」
「他の人も中々決まらなかったから、その子どもを村長として決めたんだ。まあ、足りないところは他の人がカバーしていったけどな」
「それでも凄いよ。私には無理だなー」
アリーと話している間に、村長の気持ちも整理がついてきたようだ。
嗚咽がなくなり、鼻水をすする音だけが彼女から聞こえている。
「村長、少し落ち着いたか?」
「グスッ……うん。ありがとう、ケイくん」
抱きしめていた彼女を床に下ろし、立たせる。
涙を拭いながら、彼女は改めて村長としての役割を全うしようとする。
「こんにちは。あなたは確か……アリーさん。でしたっけ?」
「え? 私の名前、知ってるの?」
「ケイく……ケイがあなたと話しているのを見て、名前だけは」
「ああ……なるほど……」
「あの短時間の会話でもちゃんと名前を把握してるなんてな。しっかりと村長してるぞ」
「ケイく……ケイ。褒めるのであれば、二人きりの時にしてもらえませんか?」
「ああ、分かったよ」
軽く咳払いし、村長はアリーに顔を向ける。
その表情は何だか緊張しているようにも見える。
「時にアリーさん。ケイとはどのような関係で?」
「うーんと……ある時けーくんに助けられて、それから一緒に暮らしてるの」
「……え?」
「嘘じゃないよ。本当なんだよ」
「う……嘘です!」
「えぇ!? だって、今本当って言ったよ!」
「いいえ!! わ、私は聞いてないもん!! 私を差し置いて……ケイくんと一緒に暮らすなんて!!」
「えぇぇ!? 私はただけーくんに助けられたから、その流れで一緒に暮らしてるだけで、特に変なことしてないよ!!」
「き、聞こえませーん!! 全然聞こえないよーっだ!!」
もう村長としての皮は剥がれきってしまい、そこにはただの少女がいた。
彼女は両手で耳を塞ぎ、目を閉じながら「あー」という声を出していた。
その変わりように、さすがのアリーも困惑せざるを得ない。目を点にさせながら口をパクパクさせていた。
「あ……あの、けーくん。私、何か悪いことしちゃったかな……」
「いや、アリーは何も悪くないと思うぞ」
「う……うん」
「さて……そろそろ目覚めさせるか」
俺は未だに見ざる聞かざる状態の村長の頭にそっと手を乗せた。
「寂しい思いさせたんだよな。ごめん」
「……んぅ。ホントに寂しかったんだから」
「先輩が帰ってくるまで、久しぶりに遊ぶか?」
「……うん」
やれやれ。村長の姿は鳴りを潜めてすっかり年相応の女の子になっちゃったな。
でも、普通はこんな感じで誰かに甘えたい年頃なんだから仕方ないだろう。甘えるべき対象である両親はもういなくなったし……。
日頃のストレスを解消してあげようと思い、俺も気合を入れて彼女と遊ぶことにする。
「アリーはどうする? 一緒に遊んでみるか?」
「え!? ……ん」
「どうした?」
「けーくんと遊んだことって、そう言えばなかったよね」
「だから、恥ずかしいってか?」
「……まあ、うん」
正気を取り戻している村長が、アリーに手を伸ばす。
「アリーさん……ううん、アリーちゃん。一緒に遊ぼ? 二人より、三人の方がきっと楽しいよ」
「そ……そうかな?」
「絶対にそうだよ」
「村長もこう言ってる。どうする? アリー」
「じゃ、じゃあ……お言葉に甘えちゃおうかな」
先輩に置き手紙をし、俺たちは『いつもの遊び場』へと行くことになったのだった。




