出発!
護衛隊の権限は凄まじいらしい。リーダーの鶴の一声で、馬車はあっという間に用意された。
きちんと整備された、新品同様の馬車だ。あ、これってリーダーのために用意したって感じが見え見えだな。俺一人やイリヤと一緒の時なんて、こんなにきれいじゃなかったぞ。
馬車に乗り込むため、ステル国を守る大きな扉の前に俺たち四人は立っていた。
残念ながら、サマリはお留守番というわけで、家から出ていない。
馬を撫でてなだめながら、リーダーは言った。
「では、サマリさんのためにお願いしますね」
「ええ。絶対に石を持ってきて、サマリを治してみせます」
「ケイさんが戻ってくるまで、サマリさんのことは私に任せておいてください。とりあえず、私の権限で、サマリさんの家に近づかないように各方面に働きかけておきます」
「ありがとうございます。……じゃ、準備はいいか? 二人とも」
馬車の扉を開けて、先に二人を乗り込ませようとする。
ユニとアリーは嬉しそうに、馬車へと乗り込んだ。
……あ、アリーって明日学校があったような気がするんだが。出席は大丈夫だろうか。リーダーもいることだし、相談しておくか。
「あのう、リーダー。アリーのことなんですけど」
「はい? どうしました?」
「アリー、実は学校に通ってまして。出席の方はどうなるのかと思って……」
「あ……もしかして! アリーちゃんって、あの『アリー』ですか!?」
「な、なんか問題でもあるんですか!?」
「問題なんてとんでもない! アリーちゃんは最近入学したにも関わらずよく頑張ってくれていますよ! この調子なら、いずれ護衛隊の方にも配属される逸材だろうと私の耳によく入って来るんです。大丈夫です。私に任せて下さい!」
「すいません。よろしくお願いいたします」
リーダーが張り切るとよくないことが起こりそうなんだが、今は彼女を頼るしかない。
俺はリーダーに頭を下げて、馬車へと乗り込んだ。
「アリーちゃんの件は野外学習ってことにしておきますからねー!」
「なるほど……。それなら大丈夫そうだ」
最後に、アリーに対してレポートの提出をするように言い渡し、リーダーとは別れた。
向かう先は俺の故郷。久しぶりの故郷だ。イリヤから少しだけ状況を聞いてはいるけど、実際にこの目で確かめてみたい気持ちはあった。
今まで、色々と忙しかったからな。みんなは元気で暮らしているだろうか。
馬車はゆっくりと、しかし確実に村の方角へと進む。
その間、アリーはニコニコと幸せそうな笑顔を絶やさずにいた。
「何か凄く嬉しそうだな。何かあったのかい?」
「えへへ、けーくんとこうして馬車に乗れるのが嬉しくて。最初の時はけーくんを無視してばっかりだったし……」
「そういえばそうだったな。あの時は仲良くなれるのか心配だったぞ」
「でも、けーくんのおかげで私、自分を取り戻せたと思う。ありがと、けーくん」
「ああ。どういたしまして」
ユニがアリーの袖を引っ張る。とっても愛らしい動作からは、あの角を使った際に変貌する姿は考えつかない。なんでこのままで成長してくれなかったのだろう。
「アリー、そういえば、奴隷になる前ってどこにいたのー?」
「うん? 言ってなかったっけ? 私ね、ある旅団でみんなと一緒に暮らしてたんだよ」
「旅団……なの」
「うん。その旅団は孤児を引き取って、一人前になるまで育てていくの。孤児はいっぱいいたけど、みんな明るかった。育ててくれる大人たちのおかげで、暗かった心を照らすことができてたんだ。一人前になった孤児は養子になったり、旅団から離れて別の地域で働き始めたり、色々いたなあ……」
「じゃあ、アリーは孤児だったの?」
「うーん……詳しいことは覚えてないんだけど、そうだったみたい。物心ついた時から旅団で暮らしてたから、あまり孤児って感じはなかったんだよね」
「へー……。孤児を育てる旅団か。そんなのもあるんだな」
「うん。楽しいことだけじゃ、なかったけどね」
「……どういうことだ?」
「旅団はね、定期的に盗賊に襲われていたの。まあ、戦力を持っているわけじゃないから、狙われやすかったのかも。それでも、大人たちは一生懸命私たち孤児のために戦ってくれた。でも、何名かは盗賊に囚われちゃったりして。そうなるともう手が出せないの」
「そうなの……。それでアリーも盗賊に……」
「うーん……。まあ、私の場合はちょっと違うんだけど。私はね、捉われた孤児の身代わりになったんだ」
「身代わり……じゃあ、本当は別の人が?」
「私とよく遊んでた男の子だったから、どうしても助けたくなっちゃって……。頼りない男の子だったけど、今は元気でやってるかなー……」
遠い目で、かつて旅団で暮らしていた時のことを回想しているであろうアリー。
彼女は親に会ったことがないのか。旅団で暮らし、ようやく親不在の寂しさから乗り越えようとした時に……盗賊に襲われた。
改めて、俺はアリーに優しくしていこうと決意する。彼女の幸せを、今度こそ壊しちゃならない。だから……この先何があっても、俺は死ぬわけにはいかない。
モンスターの襲撃がない限り、俺たちの旅は楽しく進んでいくはずだ。そのモンスターだって、人間が暮らしている土地の周辺にしかいない。馬車で移動する時に気をつけなければならないのは、同じ人間だ。
前にアリーを救った時みたいな盗賊が馬車を襲うとも限らないのだ。まあ、そうなれば俺とユニがいるから問題はないだろう。一応、今のは変身前のユニを戦力として数えた。いやあ、どうにも変身後は扱いづらくてな……。
「ん? 私の顔を見て……どうしたのかなケイくん?」
「いや……ユニは今のまんまでいいと思うぞ」
「この姿の方が萌えるの? ロリコンなのー?」
「違う。変身後のお前が変態すぎるんだ」
「んー、自分では自制しているつもりなんだけど、難しいのー」
「そもそも、恥ずかしくならないのか? 変身後の自分に対して」
「どっちも私だからー。でも、どっちかというと、こっちの姿の方が恥ずかしいの」
「え? 逆じゃないのか?」
「角が折れる前はこの形態になることはなかったの」
「……じゃあ何か? 俺が角を折ったのが悪いと言いたいのかい? 君は」
「そーなのー。全てはケイくんのせいなのー」
「ユニ。貴様は明日から犬小屋行きだ」
「えー……! ねえねえアリー。ケイくんが酷いことするのー」
わざとらしく、ユニはアリーにもたれかかって泣き真似を始める。こいつ、アリーを味方につけようとしてんな……!
アリーは彼女をなだめるように頭を優しく撫でている。その顔を見るとまんざらでもなさそうだ。でも、俺に対しては何とも微妙な顔つきをしている。ユニの言ってることはおかしいと、分かっている顔だ。
「アリーは私に酷いことしないの?」
「う、うん。しないよ。私は……アハハ……」
「じゃあ、変身してもいじわるしない?」
「え!? そ、それは……ちゃんとユニちゃんが自制してくれればいいかな」
「……これからは頑張るの。アリーに嫌われないように……自分を制御するの」
「その粋だよユニちゃん! ユニちゃんならきっと上手くいくよ!」
上手くユニを乗せたアリー。よし、いいぞ。
俺がアリーを褒めようと声をかけようとした。その瞬間、馬車がぐらりと揺れた。いや、これは急停止したのか。
状況を把握するために、俺は一目散に外へと出る。そのタイミングを見計らったのか、俺の眼にボーガンの矢が飛んできた。




