リーダー参上‼︎
……問題はその戻し方だが、果たしていい方法はないだろうか。気合で何とかならないだろうか?
まあ、今はユニも元に戻っているし――大人の方がユニにとっては元に戻った姿と言えるが――俺の考えにも賛同してくれるだろう。話も進めやすいし……。
とりあえず、俺はサマリの家の周りで無意味に待機しているギルドの方々を帰らせるところから始めるのだった。
玄関を出て、俺は一気に注目を集めることになる。ギルド兵の多くの瞳が、全て俺の方向を向いているのだ。ここまで注目されると、ちょっといやかなり恥ずかしいものがある。
だが、ちゃんと説明をしなければ……。あ、でも下手に説明しない方がいいか。モンスターに変身するってことが分かったらサマリの今後の立ち回りが大変になるだろう。ここは穏便に解決してやらんとな。
「……で、中の様子はどうだったんでしょうか!?」
「猛獣は狼でした。特に何の変哲もない狼です」
「お……狼!? やせいの おおかみが 現れたのですか!?」
「ええ。それ以外は何ともないです。モンスターのような脅威も見られなかったんで俺が保護して森に帰そうと思います」
「しかし! この国に侵入してくる狼ですよ? もしかしたら、徒党を組んで襲ってくる可能性は――」
「ないです。きっぱりと言えます。絶対にないです」
「サマリさんはどうなったのですか?」
「サマリは狼を家から出ないように必死に引き止めてました。そのかいがあった。ということですね」
「なるほど……。では、撤収ということでよろしいんですね!?」
「はい。こんなに集まっていただいてありがとうございました。後始末は護衛隊がしますのでお引き取りいただいて結構です」
「……分かりました。ご武運をお祈りします! ……では、全員撤収!!」
その合図と共にギルドの兵士たちは家の周りから立ち去っていく。こんなに集結させて、リーダーは一体何を考えていたんだか。理解に苦しむなあ……。
あ、リーダーなら何か分かるかもしれない。もしかすると、何かを知っていてこんな大掛かりな事態にさせたのかもしれない。そうだとしたら、流石はリーダーだ。護衛隊はまだ俺一人しかいないけど、立派なリーダーじゃないか。……だから早く俺以外の戦力も引っ張ってきてほしい。寂しい。
……っと、そんなことを回想してる暇がなかったんだ。
俺は最後の一人となったギルドの兵士に頼み事するために話しかけた。
「あ、すいません。ちょっといいですか?」
「え? 何か?」
「護衛隊のリーダーを呼んできてほしいんです。ちょっと相談したいことがあって……」
「でも、来てくれますかね?」
「ケイが呼んでいた。そう一言付け加えてくれれば大丈夫かと」
「分かりました。任せて下さい」
よし。リーダーが来るまで頑張ってみるとするか。
彼がいなくなって、ようやくサマリの家は元の静けさを取り戻した。辺りに散らばっているリーダーお手製のテープを除けば。
色が派手なので、もう存在自体がうるさい。いや、確かに後始末はこっちでするって言ったけど……ねえ?
「……テープくらいは片付けてほしかったなあ」
テープのことは後でリーダーに問い詰めるとして、サマリを人間に戻す方法を考えないと。
俺は再びサマリの家に入り、居間へと向かった。
「サマリお姉ちゃん! お手!」
「頑張ってサマリさん。きっと、こうすれば元に戻れるはずなの!」
「うん! 私、頑張るよ!! 絶対にサマリお姉ちゃんを元に戻してみせるっ!!」
「……何をやってるんだい君たちは」
「あ、けーくん! ユニちゃんがね、サマリお姉ちゃんを元に戻す方法を思いついたって言ってて! それで実践してるんだ! お姉ちゃん! お座り!!」
「それが……それなのか?」
俺の目の前に広がる光景。それはまるでペットのしつけのようだ。
銀のお皿に水を注ぎ込み、床に置いている。俺たち人間はちゃんとテーブルで食事をするんだが、これでは犬じゃないか。
そして、質の悪いことにアリーが目をきらきらさせてサマリにペットとしてのしつけをしているのだ。これは……うん。きっとユニのせいだな。
サマリは何と言葉をかけていいものか――そもそも言葉を喋れないのだが――といったような複雑な表情をしている。ああ。ちょっと待ってろ。俺が止めるから。
「ユニ……これのどこが元に戻す方法なんだ?」
「えー? だって、狼としての自覚が出来れば、スキルも上達するかなーって思ったのー。……ダメだったー?」
「万に一つ、本当に野生に還ったらどうするんだよ。それに、これじゃまるで犬だぞ?」
「狼と犬。どっちも同じ種族なのー」
「種族の話はいい! サマリはちゃんとした人間だ! 別の方法を考えるぞ!」
「けーくん……これって間違ってたの?」
不安げに俺を見上げるアリー。やっぱり、彼女は知らなかったんだ。
無理もない。彼女の境遇を考えれば、ペットの育て方なんて知識を持っていないことも十分に考えられる。
俺は出来るだけオブラートに包みながら、彼女に今サマリがされている状況を説明した。
「……そ、そんな! 私、サマリお姉ちゃんになんてことを!! ユ、ユニちゃーん!! 酷いよー!」
「冗談だったのに、アリーが真剣にやり始めるからつい……なの」
「あ? ユニ……今『冗談だった』って言ったか?」
「あ、今のは嘘なの。ホント、ホントなの」
「ったく……ちゃんと考えるぞ」
ユニの冗談もほどほどに、俺たちはサマリが元に戻る方法を考える。
しかし、案のかけらすらも今の俺たちには見つけられない。モンスターの退治方法ならいくらでも考えつくんだが、こんな事例は見たこともないし対処のしようがない。
やっぱり、リーダーを待つしかないか……。
それでもリーダーが来る前までに一つでもいい考えが浮かぶはずだと三人は頭を回転させていたが、結局玄関のドアから叩く音が聞こえてくるまで何にも考えつかなかったのだった。
「ん? 誰か来たのー?」
「ああ。ちょっと待っててくれ。頼りになるはずの人だ」
俺は席を立って、玄関へと向かいドアを開けた。
「どうも、こんにちわ。ケイさん」
「ああ。どうも……。で……その手に持っているものは?」
「おみやげです。一応、必要かなって思いまして。有名なお菓子店なんで、結構並んだんですよー?」
「……とりあえず、中に入って下さい」
「はい。お邪魔します」
手提げのバスケットの中に入っているお菓子については何も語るまい。やはり、彼女はどこかズレている。
アリーやユニが集まっている居間へと着くと、彼女は二人の様子を観察していた。そして、自己紹介を始めたのだった。
「お久しぶりな人もいるかな? 護衛隊のリーダーです。仮の姿はギルドのヒーラーなんですよ」
「あ。サマリお姉ちゃんを治してくれた人?」
「そうよ。あなたは確か……アリーちゃんだったかな?」
「はい! あの時はお世話になりました!」
「偉い子だねー。ちゃんとお辞儀ができるなんて」
「えへへ……いつもけーくんを見ていますから」
「これ、お土産。みんなで食べてね」
「わー! ありがとうございます! でも、これサマリお姉ちゃん食べれるかな?」
「多分、大丈夫だと思うの。だから食べさせてみるのー」
「ユニちゃん。でたらめだよね? 今のは私でも分かるよ」
「……バレたの」
「もう! ユニちゃん!」
こんなほのぼのしていいはずがない。目の前でサマリが猛獣になってるんだぞ。
まったく……。俺は仕切り直しの意味を含めて一つ咳をした。
「……コホン!」
「……話を変えるのー」
「すいません。……さて、ケイさん。私を呼んだ理由は何ですか?」
「色々とツッコみたいことが多いが、全てリーダーの作戦だと思って今は黙ってます。リーダー。あなたならサマリを元に戻す方法をご存じなんでしょう?」
「……あ。この狼さんがサマリさんなんですね」
「ええ。……あなたはそれを見越して、あんなに大規模な茶番を仕掛けたんでしょう。違いますか?」
「……というと?」
「あの大がかりな騒ぎ。サマリの家を取り囲んだのは、彼女が人質にされているという印象を作り出して彼女が猛獣になっていないことのカモフラージュ。そして、あのヘンなテープはきっと結界か何かを作り出すものだったんでしょう?」
「いえ? そんなことは全然考えていませんよ?」
「……何だって!?」
「それとケイさん! すっごく失礼じゃありません!? あのテープは私の自作でして、ああいった人質を解放する時では必須のアイテムなんですよ!? 決して変なテープじゃありません!!」
「怒るところってそこなのー?」
「とにかく! 私はサマリさんが猛獣になっていたとは知りませんでした! ……それが何か?」
「……すまないサマリ! 俺たちは……お前を元に戻してやることはできないっっっ!!」
もう駄目だ! リーダーが知らないのなら、手はもうない。
サマリは一生あの姿のまま生きていくことになってしまうのだ……!
……って納得できるかぁー!!
「リーダー!!」
「え? 何ですか?」
「あの、本をペラペラめくる魔法で何とかサマリを元に戻す方法を探せれませんか!?」
「本をペラペラめくるって……あ、あのインデックスですか。いいですよ? ちょっと待ってて下さいね」
快く承諾してくれたリーダーは、懐から本を取り出して呪文を唱え始めた。
すると、あの時みたいにぼうっと光った本が手を介さないでめくれていく。
あるページを示して、本のめくりは止まった。リーダーはその項に記されたことを黙読していく。
「……なるほど」
「何か分かりましたか?」
全然分かりませんでしたって、今までのノリならあり得る。
そんな緊張感を抱いて、俺はリーダーに確認するが、どうやら杞憂のようだった。
「方法……あるにはありますね」
「どんな方法なんですか? ヒーラーさん」
「……ある村の洞窟にスキルの暴走を制御できる石が存在しているようです。それがあれば、例えスキルの暴走が起こってもある程度の制御は利くと書いてあります。ただ、効力は徐々に弱まっていくみたいですから、やはり制御できている間にスキルをマスターする必要はあるみたいですね」
「なるほど。で、その『ある村』とは?」
「名前は書いてありませんが、地図なら記載されています。ここですが……分かりますか?」
リーダーは俺に本を手渡してくれた。
丁重に扱いながら、俺は本に描かれてあった地図を見る。ん? この地形どっかで見た覚えが……。
あ……。これ、俺の村じゃないか。毎日あの村で歩いてモンスターの襲撃を監視していたから間違いない。そして、村で作っていた地図と同じだ。
好都合だ。一旦村に帰って様子を見てもいい。懐かしい顔にも会いたいしな。
「ここは俺の村だと思います。だから大丈夫です」
「これは偶然ですね。これならすぐにでもサマリさんを元に戻してあげられますね!」
俺から手渡された本を、リーダーはパタンと閉じる。そして、俺に微笑んでくれた。
サマリの様子も心なしかホッとしているようだ。まあ、故郷にあるって言ったら、間違いなくたどり着けるし、すぐに持って帰れるだろうからな。
「じゃあ、出発は早い方がいい。俺はすぐに行きます」
「分かりました。馬車は護衛隊権限ですぐに手配させます」
「ありがとうございます、リーダー」
「いいえ、これくらいしかできませんから」
リーダーに手配してもらえば、準備は整う。
よし、待っててくれよサマリ。すぐにでも持ってきてやるからな。
「ねえ、けーくん。私も行っていいかな?」
「ん? どうしたアリー」
「私、見てみたいなって。けーくんが生まれ育った村」
「ああ。いいぜ。ただし、危険なところにはついていかないように。これだけ守ってくれるか?」
「うん!」
「じゃあじゃあ、私も行くのー」
「ユニもか?」
「家に一人は寂しいのー」
「いいけど……何だか大所帯になってきたな。ついでにサマリも来るか?」
そう俺はサマリに話しかけた。彼女は頷いていたが、それをリーダーが止める。
「それは待った方がいいでしょう。サマリさんは狼の姿になっています。このまま家を出て誰かに見つかればギルドの人が処刑に動くでしょう」
「でも、リーダーの権限でどうにかなるんじゃ?」
「残念ながら、千里眼のスキルは持っていません。国から降りてきた事項をせき止めることはできますが、ギルドの兵士を一人一人観察することは……力不足で申し訳ありませんが不可能です。さらに、今のサマリさんでは、道中のモンスターに対処できるかどうか……。足手まといになる可能性だってあります」
「……分かりました。そういうことだサマリ。悪いが待っててくれ」
寂しそうな顔をしながらも、サマリは頷いてくれた。ごめんな。その代り、絶対にお前を元に戻してみせるから。




