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扉を開けるとそこには……!?

 俺は特に警戒せずに開けたドアから中に入っていく。


 そこには猛獣の爪によって切り裂かれた壁紙が剥がれ落ちている。

 そして、サマリのものと思われる血の跡が、三つの直線になって引かれている。

 居間へと入っていくと、女の子らしい家具がことごとく破壊し尽くされている。原型を留めていない机。真っ二つに割られて、木の破片がむき出しになっており危険だ。

 猛獣が暴れまわった影響だろう。床には数々の猛獣のものと思われる体毛が落ちていた。

 ……なんて描写は一つもなかった。本当に、何一つついちゃいない。壊れちゃいない。傷跡すらない。

 そんな大人しい猛獣がいるだろうか。知能を持っているなら、サマリを屈服させるために少しは自分の力を誇示するんじゃないだろうか。

 逆に大人しい猛獣なら、サマリがすぐに家から出てきてこの状況を収めるはずだろう。いつも人を楽しませようと頑張っている彼女でも、いくらなんでもこんな大事は望まないはずだ。

 人が笑ってくれるなら自分さえも卑下にする彼女だが、彼女なりの『線引き』は持っている。他人を巻き込むのは、彼女らしくもない。

 部屋の様子を見て色々考えたが、結論は一つしか思い浮かばない。俺の想像がいよいよ現実味を帯びてきているってことだ。


 アリーはもちろん、ユニもこの部屋の様子に戸惑いを隠せないようだ。

 痕跡を探そうと躍起になっている。


「おかしいね? どうして何も跡がないんだろう……」


「アリーの言う通りなの。まさか、これが奴らの『作戦』? 一体何の意味があってこんなことを……」


「ユニ。ちょっと緊張しすぎじゃないか? 深呼吸してみな」


「すぅー……はぁー……。これでいいの?」


「ああ。落ち着いただろ?」


「うーん……。ケイくん。私、結構ナーバスになってるの?」


「まあ、俺から見たらな。事件に自分の任務を関連付けるのは悪くないが、今回のは間違いなく違う。俺が断言できる」


「……ケイくんを信じるの」


 しかし、居間にいないとなれば寝室にいるのか?

 俺は臆することなく、寝室のドアを開けた。

 すると、そこは一体の猛獣が潜んでいた。

 その猛獣は耳が尖っており、もふもふしてそうな体毛をお持ちの可愛らしい狼だった。ああ、狼だ。俺も今回の事件がある前まではすっかり忘れていたが、狼なんだ。あいつは。

 狼は俺の姿を見ると、口をパクパクと開けて何かを喋ろうとしている。だが、喋れないのか彼女の口から音が出ることはない。


「で、出た! けーくん! あれが私とユニちゃんが見た猛獣なんだよ!」


「……そうみたいだな」


「襲ってくるのかな……!? で、でもこっちにはけーくんがいるんだからっ!」


 狼の姿が恐いのだろう。アリーは俺の背後に隠れて抱きついている。

 俺が居てよかった。もし、気づかなかったらと思うとゾッとするぜ。サマリの正体を知ることなく殺されてしまう。そうなれば、狼が一匹死んだって事実だけがひとり歩きして、サマリは永遠に行方不明のまま。

 だが、俺は彼女の正体は分かっている。だから、俺は剣を持たずに近づいた。


「けーくん! 大丈夫なの?」


「ああ。……大丈夫か、サマリ?」


「……へっ? けーくん、今なんて」


「アリー。この狼はサマリなんだよ。君の大好きなサマリお姉ちゃんさ」


 頭にハテナを浮かべっぱなしのアリーに対して、ユニはちゃんと状況を把握できていた。

 だからこそ、俺に対してこんな質問を投げかけてきたのだ。


「でも、どうしてサマリさんがこんな姿を?」


「ヒントはユニ。お前と同じってことだ」


「……つまり、サマリさんが『スキル』でこんなことになった。ということなの?」


「恐らくそうなんだろう。そして、サマリはちゃんと人間の時の意識がある。だから家で暴れなかったんだ。そうだろ? サマリ」


 唯一の意思疎通は頭の頷きのみ。それを悟ったのか、狼はうんうんと必死に頭を縦に振ってくれていた。

 よし。これでサマリだってことが証明できた。とりあえず、大丈夫だろう。


 うーんと唸っているのはアリーだった。彼女はまだ目の前の狼がサマリだと信じられないらしい。


「そんな……サマリお姉ちゃんが狼になっちゃったなんて……」


「いや、一応彼女は獣人族だからなあ。ユニっていうのもいるんだし、獣の姿になってもおかしくはないだろうさ」


「そうだったんだ……お姉ちゃんって獣人族なんだよね。私、そんなことすっかり忘れてたよー……」


「これで、一応俺たちの認識は一致した。問題はこれからだ」


「……どうやってサマリさんを元に戻すか、ってことなの」


「その通り。その問題が一番厄介だよな……。ユニは何か知らないのか?」


「人と獣の行き来なんてあんまり考えたことないから分かんないのー。何となく、出来るから」


「そっか。なんか呪文でもあればなと思ったんだが」


「でもでもけーくん。サマリお姉ちゃんは今喋れないみたいだよ?」


 狼なのに、まるで子犬のように縮こまっているサマリウルフ。

 狼の自分がサマリだと分かってくれる人間がいたことに喜んでいたが、元に戻らなければ意味がないのだ。

 うーむ、どうしたらいいものか……。


「……あ! 私、良いこと思いついた!」


「何だアリー?」


「ユニちゃんの催眠術で言葉が喋れるようにすればいいんだよ!」


「……上手くいくか?」


「ナイスアイデアだよアリー! やってみるの!」


 目を光らせながら、ユニはサマリの元に駆け寄る。そして、彼女はサマリと目を合わせた。

 その瞬間、ユニの瞳が怪しく光る。彼女の催眠が始まったのだ。


「あなたは言葉が喋れる。ちゃんとした言葉が、喋れることが出来るの」


「…………」


「……どうなの?」


 ユニの様子だと、あまり手応えがなさそうに見える。

 失敗してしまったか?


「……誠に残念ですが、失敗したみたいですね、ケイ様。これからいかが致しましょうか。やはり、お姉さまが獣の姿に変身された理由を捜索した方がよろしいのでは?」


「ああ。そうだなアリー」


 アリー。お前がかかってどうする。

 新聞紙を丸めて、アリーの催眠術を解く間に、俺はユニが失敗した原因を思いついた。


「ユニ。その姿だから失敗したんじゃないか?」


「なるほどなの! じゃあじゃあ、これで元に戻るの!」


 使いたくてウズウズしているみたいだ。ユニは待ってましたと言わんばかりにクリスタルで作られた角を取り出した。

 それを自分の頭のてっぺんに装着することで、彼女は元の姿へと戻ることが可能なのだ。


「へんし~ん! どうかしらケイくん? この美しいプロポーションは。今ならサービスしてあげるわよ?」


「ああすばらしーからさっさとサマリに言葉を喋らせてくれー」


「もぅ……ケイくんったら相変わらず初心なんだから。アリーの可愛さには負けるけどね」


「が、頑張ってねユニちゃん」


「アリーに言われたら私も頑張っちゃうわ。それよりアリー。これが終わったら一緒に楽しまない? 私、アリーと一緒なら……いいわよ」


「さっさと始めんか!!」


「可愛い女の子を落とす時間も貰えないなんて、ケイくんのい・じ・わ・る♪」


「ユニちゃん……早くサマリお姉ちゃんを戻してあげて?」


「分かったわ。アリーの頼みなら断れないもの!」


 ……まあいい。成長したユニは本当に扱いづらい。今後はあまり変身してもらわないようにしないとな。

 茶番が終わり、ユニは改めてサマリの元へ近づいていく。そして、彼女をジッと見つめ始めた。

 またしても怪しく光るユニの瞳。

 もちろん、俺は今アリーの目を手で隠している。


「けーくん? どうして目を隠すのかな?」


「見てはいけないからだ。特にお前は」


「……わ、分かったよ……」


「さーてと。サマリさぁ~ん。お姉さまが、ちゃーんと言葉が喋れるように操ってあげるからねぇ~?」


 何故にねっとりとした口調で話すのか。それが催眠術の基本なのか? ユニよ。

 その後は何も言わず、ただサマリを見ているだけのユニ。

 数十秒後、ユニの瞳から光が消え去った。催眠術が終了したのだろう。


「ふぅ……。やったわ。さて、一仕事終わったし、気持ちいいことしましょう?」


「まだ終わってないぞ」


「もう。ケイくんったらそんなにおっぱいに触りたいの?」


「アリー、悪いけどユニと遊んでてくれないか? 今のユニがいたら話が進まん」


「う、うん。健全に……ね!!」


 冷や汗をかきながら、アリーはユニを連れて奥の部屋へと向かった。

 本当は角を圧し折って元に戻したいところなんだが、そうすると今の状態で催眠が解けてしまう。悔しいが、ここはアリーに任せるしかない。

 さて、サマリはどうなったのか……。ちゃんと言葉、喋れるんだろうなあ?


「……大丈夫か? サマリ」


「……がう」


「へ?」


「がうがう! がう! がうがうがう!!」


「……なるほど。それで?」


「がうがう! がう! がう!!」


「……はっはっは!! ぜんっぜん分からん!! …………ユニィィィ!!」


「どうしたのケイくん。大丈夫? 一発やってく?」


「サマリが全然喋られてないじゃねーか!! ちゃんとやったのかお前は!!」


「どういうこと?」


「言葉は発したさ。けどな! がうがうばっかり言って全然言葉になってないんだよ!!」


「……それはおかしいわね」


 今までの表情から一変、ユニは真剣な眼差しに変わった。最初からそのテンションで頼む。


「私はちゃんとサマリさんに言葉が話せるよう催眠をかけたわ。それができてないってことは……やっぱり、スキルを使いこなせてないってことなのかもしれない」


「使いこなせてない?」


「ええ。ケイくんも知ってると思うけど、私はユニコーンの姿になっても言葉は話せる。これはスキルを使いこなせてるからなのよ。本来スキルってのは自分で存在に気づくことが成長になるんだけど。どうやら、サマリさんは自分のスキルに気づかずに狼の姿になってしまったようね」


「じゃあ、どうやってスキルを使えるようにするんだ?」


「本当はね、スキルって、元の姿……つまり、サマリさんは獣人族の姿ってことね。で特訓しなきゃダメなのよ。サマリさんのスキルは変身だから、精神の集中・感覚・気力。スピリットコントロールが必要なの」


「なんてこった。じゃあサマリは、それらをすっ飛ばしてスキルを会得してしまったってことなのか?」


「この状況は……そういうことになるわね。ケイくん。これは大変よ。はぁ……」


「ちなみに、原因とかは分からないのか?」


「悪いけど、まったく分からないわ。一体どうしてかしら……?」


「おいおい。ユニでも分からないんだったら俺じゃ尚更意味不明になるじゃないか」


「うーん……うーん……」


 必死に考えてくれるユニ。この姿になっても、根っこの部分は一応変わってないんだな。ちょっと安心したぜ……。

 ずっと唸っていたユニ。俺はこれをサマリがこうなってしまった原因をずっと考えているものだと思っていた。しかし、その想像は次の言葉で無残にも砕かれてしまうのだった。


「……一体……どうすれば……アリーが可愛く衣装を着こなせるのかしら……」


「おい」


「……ん? なあに? ケイくん。とうとう決心がついた? 行きたいのね」


「違う。お前、さっきまでサマリが獣人族に戻った原因を考えてるんじゃなかったのか?」


「え? ……そういえば、そんなことを考えていたような」


「いつからアリーのことになったんだよ!!」


「そんなに嫉妬しなくてもいいのに♪ たしか、二回目の『うーん』くらいからアリーのことを考え始めていたわ」


「……まったく、お前というやつは。さっさと元に戻れ。その方が会話が弾む」


「えぇ……そんなこと言われると、私も凹んじゃうわ……」


 彼女のため息と同時に――これは嬉しいことなんだが――ユニの姿が縮んでいく。彼女が元の幼女に戻った証拠だった。

 露出が多く、ふとももが全て見えるくらいに短いワンピースは元通りになったことで、すねまで隠せる健全なワンピースへと戻った。


「ふにゃ~……。元に戻っちゃったのー……」


「良かった……ユニちゃんが元に戻って」


「ん? アリー、何か言ったの?」


「ううん! なんにも言ってないよ!!」


 元の姿に戻ったから催眠はなくなったはずだ。だが、言葉が喋れないのなら催眠をかけてても意味がない。

 それよりも、サマリを元の姿に戻す手段がようやくだが見つかった。ユニが言うには大変なことらしいが、そんなのやってみないと分からない。

 俺は絶対にサマリを元の姿に戻してみせるぜ。

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