※へんしーん……って冗談でしょう!?
チュンチュンと小鳥が鳴いている。ということは、朝が来たんだ。
くわぁー……よく寝たなあ。ベッドの中で大きく伸びをする。布団の中の温度がちょうど良く、まだまだまどろんでいたいけどちゃんと起きなきゃ。
アリーちゃんに付き合っていた時は寝坊が多かったけど、本来のサマリちゃんは朝が早いのだ。
くぅー、今日はどんなことして遊ぼ……いや、まずはギルドの仕事をこなさないと食いっぱぐれてしまう。
前より魔法が使えるようになったからといって、後輩くんのようにトロール八体を倒せる自信はない。あーあ、私もそれくらい出来る女の子になれれば一週間のうち五日はニートになれるのになー。
……ま、考えててもしょうがないっか!
私は日光を浴びるためにベッドから起き上がろうとした。……したんだけど、何故か体が思うように動かない。
いや、寝てたいから嘘をついているってんじゃないよ。本当に体が変な感じになっているのだ。
いつもの体じゃない、そんな気がする。
ね……寝ぼけているのかな? アハハ……私ってお馬鹿さんなんだから! テヘペロッ!
よいしょ……っと。
ん? そこで私は新たな違和感に気がついた。声に出したはずなのに、私の口から思うように言葉も出なくなってしまっていたのだ。
こ、声まで出なくなるなんて……一体私の体はどうしたというのだろう。
とりあえず深呼吸して落ち着く。そっか。体が思うように動かないのは、足と手が同じ方向を向いているからなんだ。
こりゃ、まるで四足歩行の動物だよ。変な寝相だなあ。
しかし、私の体はその四足歩行の動物になってしまったかのように、腕すら広げられなくなっているのだ。
……とりあえず、今はベッドから起き上がるのを優先しよう。
私は布団をめくって、よつん這いの状態で床に立った。何故だが、この状態がとても具合が良い。最初からこんな体をしてたんじゃないかってくらいに、締りが良いのだ。
私の中で嫌な予感が渦巻く。
あ……あのー、もしかして、今までのは夢でこれが現実だったりして……。
な、なーんて……。
誰にもツッコまれないのがこんなに苦しいとは思わなかった。
おどけてみせても、誰も笑ってくれない。
よつん這いで家の中を散策する。確か、洗面台に行けば鏡があるはず。
なんでこんな状態になっているのか、確かめてやるわ!
う……。洗面台がとても高い。首を動かして洗面台を見上げても、鏡に私の姿が映るわけじゃない。というか、映っても見えない。
くううう! こうなったら一か八かだよ!
私は跳躍した。するとどうだろう。昨日までの私には考えられないほどの高くジャンプできたのだ!
洗面台に簡単に着地できた私。そこで鏡を見たら、信じられないものが映っていた。
こ……これって……狼!?
い、いや! 私は確かに獣人族だけど、狼って……元に戻ってない!?
全身が毛に覆われて、耳も前より尖っている。そして、サマリだった面影はない。女の子だからか、ちょっと顔が可愛い感じになっていること以外は。ってこれはちょっと自信過剰か。
もー! そんなこと言ってる場合じゃないよ! 人に進化した獣人が元に戻るなんて聞いてないよ! どうやったら元に戻るわけ!?
その時、ドアを叩く音が聞こえてきた。
こんな時にタイミングの悪い……! 一体誰だろう。
というか、この姿で人に会ったらどうなるのかな。私って分かるのかな。
ちょっと不安になりながら、とりあえず洗面台から降りて様子をうかがうしかない。
床への着地もふわっと簡単に出来てしまったのが悲しい。これってもう人じゃないよね? うぅ……。
「サマリお姉ちゃん! 私だよ、アリーだよー!」
「アリー、こんな朝早くから訪ねたのはやっぱり迷惑だったの」
「うーん、そうかなあ。お姉ちゃんなら大丈夫だって思ったんだけど……」
「午後からにした方がいいと思うの」
「むー……しょうがないなー……あれ?」
「どうしたの? アリー」
「鍵かかってないよ?」
「まったく、サマリさんは不用心なのー」
「……入ってみよっか?」
「アリー……迷惑にはならないの?」
「たぶん、問題ないよ。早いモーニングコールにしようよ」
あの声はアリーちゃんとユニちゃんだ!
もしかしたら、あの二人なら私の姿に気づいてくれるかも!
意気揚々と、私は玄関へと走っていった。
「おっはよーサマリお姉ちゃん!! もう……朝……だ……よ?」
勢い良く開かれるドア。そこから覗かせたいつも通りのアリーちゃん。
彼女と目が合った。しかし、その瞬間からアリーちゃんの声のトーンが減っていってる。あ、これヤバイやつだ。
「何かあったの?」
そうだよね。続きはこんな展開になるよね。
アリーちゃんの様子を不審に思ったユニちゃんが、アリーちゃんの肩越しからひょいっと中の様子を覗く。
そして、ユニちゃんとも私は目が合った。そのユニちゃんも何とも言えない表情を浮かばせていた。
「……モンスター? なの?」
「な……何でサマリお姉ちゃんの家にモンスターが……?」
「……ま、まさか」
「何か心当たりがあるの? ユニちゃん」
「私の父が殺されたことを知った敵がすでに刺客を……!? 展開が早過ぎるの……!!」
「そ、そんな!! じゃあサマリお姉ちゃんは!?」
「きっと人質にされている! アリー! 今はここから逃げるの! そしてギルドに報告しに行くの!」
「で、でも! けーくんに知らせた方が!」
「ケイくんは今は別の任務で不在! だからギルドに連絡した方が手っ取り早いの!」
「そ、そうだね! そうしよう!! 待っててねサマリお姉ちゃん!! 必ず救ってみせるから!!」
あああああああああああああああ違うのおおおおおお!!
あなた方の目の前にいるのがサマリお姉ちゃんなのよおおおおおおお!!
ドアを乱暴に閉めて遠ざかっていく二人の足音。
私はがっくりと項垂れて土下座してしまっていた……って今はよつん這いだから最初から土下座してんじゃん……。
……私じゃなかったら精神が崩壊しているところだよ……。
ここはもう後輩くんに全てを任せるしかないよね。
声も上手く出ないし、伝えられる手段がない。
爪を立てて壁に何か書くことはできるか。でも、壁を傷つけたくはないよぉ……。
そんなこんなで色々考えているうちに、外はガヤガヤと騒がしくなっていく。
ああ……なんか状況が悪い方向へと向かっているような気が……。




