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※お別れなんて寂しいよ……

 その日の夜。私はベッドから起き上がった。

 今日はアリーと一緒に遊んで、話して、触れ合って、楽しんだ。

 短い時間だったけど、思い出はいっぱい詰まっている。

 だから、未練はない。私は大丈夫。アリーも、きっと大丈夫。


「すー……」


 隣で眠りこけているアリーを見る。あれだけ動き回っていれば疲労で眠たくもなるだろう。

 これなら起こす心配もない。最後に私は彼女の髪の毛に触れて、手を握った。

 こんな可愛い女の子が奴隷だったとは、今でも信じられない。そんな私には考えの及ばない様々な不幸が、奴隷の時に起こったのだろう。彼女はケイくんのおかげで助かったと言っていた。その助けがどれだけの救いになっただろう。

 その証拠が今の完全に油断している可愛い寝顔だとすれば、ケイくんには感謝しかない。

 ……そう言えば、前は旅団で暮らしていたと彼女が言っていたけど、その旅団はどうなったのだろう。

 盗賊団が彼女を奴隷にした時と同じくして、盗賊団に壊滅させられたのだろうか。

 その調査もしてあげられたらなと思う。

 彼女が寝冷えしないように、布団をかぶせて私はベッドから離れる。

 時間は深夜のようで、完全に家の中は寝静まっている。そんな中、私は足音を立てずにゆっくりと玄関へと向かう。


 ケイくんには申し訳ないが、玄関が壊れているというのは私にとっては好都合だ。

 どんなに慎重に動いていても、やはりドアの開閉音は聞こえてしまうというもの。

 その大きな障害がないのはありがたい。

 玄関まであと少し、私は耳を済ませて様子を伺う。けど、私の呼吸音くらいしか辺りで響く音は聞こえない。日常だったら気にも留めないはずの呼吸音が聞こえるくらい、静まり返っているということだ。


「……アリー、ケイくん、さよならなの」


 そう。私はまだ使命がある。モンスターが人を襲う理由。父が『調整』していた理由。人間が余計だということ意外何も分かっていない。

 父のやり方を否定したということは自分がそれを示さなければならない。だから、ここで立ち止まるわけにはいかないの。

 そして、それは二人を巻き込んではいけない。二人にはこれから幸せに暮らしていってほしい。


 玄関の目の前に来る。ここを抜ければ、もうこの家の温もりに触れることは許されない。自分が許さない。

 ……目を閉じて、楽しかった日のことを思い返す。短い時間だったけど、貰った思い出は数え切れない。

 催眠にかかっていたとしても、私のことを大好きと、大事な友だちだって言ってくれたアリーに嬉しかった。でも、これ以上の迷惑はかけられない。

 一歩を踏み出す。これで、私はまた一人になる。


「――ユニちゃん」


 一歩を踏み出した瞬間、後ろから声が聞こえてきた。聞きたいのに、聞いちゃいけない誘惑の声色。催眠術にかかる人もこんな気持ちなのだろうか。

 ああ……回想が長かったの……。だから、私の決意を試すような試練を神様は与えたのだろう。

 私は振り向かないでただ歩く。


「ユニちゃん! どうしたの!?」


「…………」


 ダメ。アリーに話しかけたら、せっかく決心した私の心が揺らいでしまう。


「どこかに行っちゃうの!? そんなの……悲しいよ」


「……くっ」


「ねえユニちゃん。私に嘘をついてたの? だって、今日……ユニちゃんは言ったよ? 私に催眠術をかけたいからこれからもこの家にいるって」


「……そ、それは」


「……ユニちゃんのお父さんのせいで、私がけーくんを殺そうとしたことで負い目を感じてるの? そんなの、もう私の中で関係ないよ! だって、元凶はもうけーくんが殺したんだもん! あれは催眠術のせいで私の認識がおかしくなってただけ! それだけのことなんだから! それに、ユニちゃんのおかげなんだよ? 私が催眠から逃れられたのは」


「……違うの。別にそのことで悩んでいたわけじゃ――」


「じゃあ……話してよ。ユニちゃんが悩んでいること……協力させて? それとも、私じゃあ力不足?」


「……巻き込みたくない、の」


「ユニちゃんが思い詰めてて、何もできない自分が嫌。私、けーくんやサマリお姉ちゃんにだってまだ恩返しできてない。みんなのお世話になってて、私何にもできてない! だから、ユニちゃんにだけでも恩返ししたいの!」


「これは……私一人の問題なの」


「……ユニちゃん。親友って言うのはね、何でも打ち明けられるんだよ?」


「――え?」


「私、ユニちゃんのこと大好きだよ? あ、別に変な意味じゃなくて……」


「あ、あ、あの……アリー。だって、私はモンスターでユニコーンで……」


「今まで、モンスターは全部恐いものだって思ってたけど、ユニちゃんのおかげでモンスターにも色々いるんだって思えた。ううん、大事な友だちにそんな気持ち湧かないよ」


「…………」


「ユニちゃんはね……私の親友。大切な、親友」


 もう、振り向くしかない。

 神様ごめんなさい。私は試練を乗り越えることができませんでした。

 でも……その試練は違った形で乗り越えられると思います。

 アリーという親友と、ケイくんという信頼できる人間で……。


 私は振り返って、アリーに抱きついた。

 涙が堪えきれないのはもう知ってる。だから、無理に止めようとせずに私はわんわんと泣いていた。


「アリー! アリー……!」


「よしよし。えへへ、今日のユニちゃんは泣き虫さんだね」


「……本当は離れたくなかったの……! でも、みんなを巻き込みたくなくて……! 催眠術をかけてアリーにも酷いことをして……!」


「もう大丈夫だよ。私は。だから話して? ユニちゃんが悩んでること。きっと、けーくんも協力してくれる。あ! 私だけで解決できるなら私とユニちゃんで頑張ろうね!」


「……ん」


「そだ! ユニちゃんって角がないよね? それだとちょっと変じゃないかな?」


「私は別に違和感はないよ?」


「……本当はね、けーくんと一緒のタイミングで渡したかったんだけど、親友だからサービスするね?」


「え?」


 アリーはポケットからゴソゴソと何かを取り出した。

 それは、ユニコーンの角に似た装飾品だった。クリスタルを加工したものだろう。透明煌めきが暗闇の中でも光っている。

 長さは足りないけど、こういう角を付けているユニコーンだって少なからずいる。

 これをどうやって……。


「えへへ。下手くそかな? 頑張って作ってみたんだ。実はね、昨日完成したんだ。だから、今まで私とユニちゃんとサマリお姉ちゃんで行ってた素材の収穫は、全部これのために行ってたんだよ?」


「ケイくんのため……じゃ、なかったの?」


「けーくんのは今日からだったの。でも、結局行けてないけどね」


「……ど、どうして私なんかにプレゼントを」


「けーくんも、同じように私にプレゼントをくれたから。仲良しの印にユニちゃんにもって思って」


「ありがとう……本当に、ありがとうアリー……!」


「どういたしまして。……それでね、この角、ユニちゃんにくっつけられるのかな?」


「……それは大丈夫なの。アリーのおかげで、元の姿を取り戻せる」


「本当!? やった! ユニちゃんの角がないってずっと気になってたんだ! 可哀想だなって!」


「ねえ、アリー。これ、付けてみてもいいの?」


「うん! 是非!」


「じゃあ……付けてみるの」


 ドキドキしながら、私はアリーから渡された角を付けてみる。

 その瞬間、角からまばゆい光が放たれる。それは私の体を包み込んでいく。ああ、これは本当に元の姿に戻れる……。


 体が成長して、一気に目線が高くなったようね。出る所もちゃんと出るようになったし。

 この長い髪も久しぶりね。髪を掻き上げて、久しぶりの自慢の髪の長さを確かめる。

 ふふっ。アリーも驚いているようね。私の変化に。まあ、無理もないか。あんな幼女から大人の女になったのだから。

 それと、今までダブダブだった白いワンピースもちょうど良くなったわね。成長したおかげで、お尻が見えそうなくらいにまで短くなっちゃったけど、この健康的なふとももを晒すことができてとっても嬉しいわ。


「ユ……ユニちゃん……。すっごく成長したんだね」


「当たり前じゃない。それとも、ずっとあんな感じが良かったかしら?」


「う……うーん……どちらかと言えば、私は――」


「ともかく感謝するわ、アリー。うふふ……。こうして見ると、アリーって結構可愛いのね」


「え? ユニちゃん?」


 何、素っ頓狂な声で驚いているの? 私がこれからあなたに行う行為は、とっても気持ちいいんだから感謝しなさい。

 何故か後ずさっているわね。まったく、プレゼントを手渡しておいてお返しを拒否するつもり? そんなの、私が許さないわ。

 私はアリーをぎゅっと抱きしめた。むぎゅーっと私の大きな胸にうずませるアリーの頭。どうかしら? 未来のあなたはこれくらい成長してくれるのかしら?


「ふにゅ!? ヒュ、ヒュニひゃん!」


「ぬいぐるみみたいね……アリーの抱き心地……ケイくんが大事にする理由も納得がいくわ」


「ひゃふひぇひゃひゃ!!」


「何を言ってるか分からないわね? ああ、このプレゼントに感謝してるの? 私も成長したかいがあるわね」


「ふごふご……! ひぇいひゅん!!」


「ああー! 本当に可愛いわねー! これからはサマリさんじゃなくて、私がお姉ちゃんになってあげようか?」


 ずっとこの感触を堪能したかったが、邪魔者が入ったようね。

 私の視線に見えるのはケイくんだ。さすがにここまでの騒ぎになったらケイくんも起きるか。まあ、別にいいわ。結局、この家に厄介になることになったのだし、家主にも挨拶するというのが礼儀というものかしらね。


「……誰だ?」


「ケイくん。私が分からないの? ああ……そう言えば、この姿をあなたに見せるのは始めてかしらね?」


「角つき……? ま、まさか……」


「ええ。そのまさか。ユニよ。あ、私、これからもこの家に住むのよ。だから、今以上に仲良くさせてね? この体で喜ばせてあげてもいいわよ?」


「う、嘘だろ? その姿はなんだよ!」


「アリーのおかげで本当の姿を取り戻せたの。だからね、感謝の気持ちを体で表現してるのよ。これはアリーへのプレゼント」


「それのどこがプレゼントなんだよ? アリー、嫌がってないか?」


「あぁん。嫌がってるわけないじゃない。こんなに柔らかい感触に身を埋めることができるなんて、世の殿方の永遠の願いじゃないのかしら? ああ、そういうこと」


「勝手に俺の心を模造するな」


「嫌ねえ。嫉妬しなくてもいいのに――あ」


 その瞬間、再び角から光が溢れ出してきた。ちっ! もう限界のようね。

 でもいいわ。このクリスタルに光を溜めればまた元の姿に戻れるのだもの。本当にありがとうね、アリー。


「ふにゅー……なのー……」


 変な声で、私の姿は幼女になってしまった。

 あー。あと少しだけ、元の姿になってたかったのー。残念なの。

 アリーは言葉が出ないくらい感動しているようで、私の体にもたれかかってくる。

 アリー。私はもう幼女なんだから、おっぱいはないのー。


「そのアリー、気絶してるぞ」


「えー? そんなわけないのー……あっ」


 よく見ると、アリーは目を回して気絶していた。

 わ、私はなんてことを……! 元の姿になると、どうも挑戦的で官能的になってしまう。これはいつもの『悪い癖』が出てしまったのだろう。

 ああ……失敗。

 妙に顔が赤みがかっているアリーを見ながら、私は彼女に謝ることしかできない。

 本当にごめんなの、アリー。

 この次に戻った時は、ちゃんと自制心を保つようにするから……。


 そう思ってても、元の姿に戻ったら忘れちゃいそうな私がいる。

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