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※目が覚めるとそこは……

「――ケイくん!!」


 それが、ガバッと起き上がった私が最初に叫んだ言葉だった。

 いけない。唯一の切り札を彼に伝える前に気絶してしちゃうなんて……!

 というか、私はいつまで寝ていたというの……!? ま、まさかもうケイくんが……。

 その前に、状況を把握するために私は周りを見渡した。ここは誰かの部屋だろうか。少なくとも、ケイくんやアリーが住む家じゃないことは確か。

 だったら、ここはファーマ村?

 決して犯してはいけないミスをしてしまった私は無駄に頭を回転させて現状を見極めようとする。

 部屋の奥から見える光景には村らしいみすぼらしい衣服を着た人々が歩き回っている。薄れ行く意識の中で、あの服装は覚えていた。ここは確かにファーマ村なの。

 このファーマ村は父によって催眠術にかかっていたはず。しかも、父は私を始末しようとしていた。

 それがこんなところで寝ることができた。それは父が死んだってことなの?

 でも、父の情けで生かされている可能性も捨てきれないの。それなら、ここはまだ催眠術に縛られた村?


 そんな、混乱ばかりしていて前に進めない私を呼びかける声があった。


「お、お目覚めかなー?」


「え……? サマリさん……なの?」


 サマリさんが私を見下ろしていた。私の頭を優しく撫でてくれている彼女。

 ここで、私はようやくベッドで寝ていることを実感した。

 ふかふかのベッド。暖かい毛布に包まっていた私の体。これはきっと気絶したから気遣ってくれたんだろう。

 でも、ここがファーマ村だとしたら、何でサマリさんがここに……?

 先の戦闘なんて無かったかのように、彼女の衣装も傷や泥一つついていない。確か、サマリさんは父の攻撃を一番に受けていたはず。着替える暇が出来るくらい余裕があったということなのか、父の配下に下ってしまったのか……。

 その態度は顔に出てしまっていたようで、サマリさんは明らかに不満そうに頬を膨らませていた。


「何さー、その『何故生きている!?』みたいな声のトーンは。ひっどいなー」


「あ、ご、ごめんなの。でも、何で……。それに、ここは……」


「ここはファーマ村よ。暖かい心の持った人々が細々と暮らしているの。


「それは知ってるのー。サマリさんがどうしてファーマ村に来ているのかが知りたいの」


「えへへ、ごめんごめん。一度言ってみたくて。んじゃ、クイズしてみようか。後輩くんが勝ったか負けたか……さあどっち!?」


「え……!? えぇ……!?」


「ほれほれー。制限時間は五分! さあ、スタート!」


 サマリさんは挑戦的な目つきで私を見つめる。

 ケイくんが負けるわけない。即断した私は口を開こうとする。しかし、サマリさんはニヤリと意味深な笑みを浮かべたの。

 ……サマリさんは冗談が上手い人だ。もしかすると、サマリさんもすでに父の催眠にかかってしまっているのかもしれない……。

 これは難しい問題だと思うの。質問する人がアリーなら一発で分かるけど、サマリさんはまだ分からない。どこまでが冗談で、どこまでが本気なのか。慣れていない私にとってはサマリさん自体が難問だ。

 うーん……ケイくんは案外ドライなところがあるから、もしかしたらアリーを殺してしまったかもしれない。となると、怒りで父も殺せたかもしれない。

 ああ……でも、ケイくんはアリーには弱いところがあるし……うーん……どっちなのー……?

 ……決めたの! ケイくんは勝った!


「……サマリさん」


「決まったかね? ユニちゃん?」


「ケイくんは……勝った」


「二言はないね?」


「……うん、なの」


「……………………………………」


「……………………………………」


「……………………………………」


「……………………………………」


「……………………………………」


「……………………………………」


 長い沈黙が私とサマリさんを包み込む……ってこれはいつになったら終わるのー?

 ジーっと私の目を見るサマリさん。あの……答えを教えて欲しいの……。

 次第に私から目を逸し、そして憂いを帯びた顔をし始めるサマリさん。も、もしかしてケイくんが負け――。

 と思ったら私を見て含み笑いをし始めるの。もどかしいよー。

 ずっと心がドキドキしてて休まらないと思っていたその時、サマリさんの頭に雑誌が振り下ろされる。

 パーン! と気持ちのいい音が鳴り響いた。


「――おい!」


「ヘニャ!? こ、後輩くん!」


「いつまでユニを困らせる気だ? まったく……」


「ア、アハハ。ごめんねユニちゃん。まあ、本当に負けてたらシャレにならないけど、こうして生きてるんだから笑い話にもなるでしょって思って」


「ケイくん……なの?」


「ああ」


「い……生きてるの?」


「ああ。ちゃんと足もついてる」


 ベッドから起き上がって、ケイくんの手に触れる。

 暖かくて、優しい気持ちになれる体温。彼が生きている何よりの証だった。

 瞳から雫が滴っていく。その滴が頬を伝い、床に落ちていく時にはもう居ても立ってもいられなかった。

 ……私はケイくんを抱きしめていた。


「……生きててくれて……本当に良かったの……!」


「言っただろ? 俺は絶対に死なないってな」


「……うん!」


 でも、ケイくんが生きてても、アリーは……。ううん、高望みはいけない。切り札を伝えてなかった私が悪いから……。

 私の悲しみをかき消してくれるように、ケイくんは私の涙を指で拭ってくれた。その顔つきはとても慈しみに満ちていた。


「ユニ。悪かった。お前は最初から、俺とアリーを助けようと頑張っててくれてたんだな」


「……え?」


 うそ。ケイくんが……私の切り札に気づいててくれた?

 私の気持ちが逸る。アリーが……アリーも生きている?

 ケイくんはただ頷いてくれた。答えは、もう十分だった。


「ありがとう。ユニのおかげで、俺は大切な者を守ることができた」


「ううん……いいの! それより……ケイくんがちゃんと気づいてくれて……嬉しいの!」


「じゃ、アリーの元気な姿をその目で確かめてみな」


「――あ」


 ケイくんが横にずれる。すると、その後ろにはアリーが恥ずかしそうにしながら立っていた。


「あの、ユニちゃん……」


「アリー……!」


 私とアリー。二人とも、涙を堪えきれないみたい。

 二人で抱き合って寄り添い、鏡のように喜びを分かち合った。


「私ね、ユニちゃんを信じて良かった! ありがとう!」


「ううん。こっちこそ……こんな私を信じてくれて……本当にありがとう……!」




 私が目覚めたということで、私を含めたみんなはファーマ村から自分たちの家に帰ることになった。

 村の人々は私の父の催眠にかかっていたということだったけど、父が死んだことによって解けたみたい。基本的に、私たちユニコーンがかけられる催眠は術者が死んだ時には解除される。

 これで、あの村人たちは余計な人を殺さずに済むの。本当に、良かった。


 帰りの馬車の中はちょっと騒々しいくらいの会話が繰り広げられている。

 まあ、ケイくん・私・アリー・サマリさん・イリヤの五人が乗っかっているのも。無理もないの。

 ……と言っても、話の中心はサマリさんなんだけど。


「いやーホントに良かった良かった! 私の記憶も取り戻せたし、ユリナ隊長の仇も取れた! こりゃ大団円ってやつだよね!」


「サマリ……お前は何回同じ話をすれば気が済むんだ」


「嬉しい話なんだもん。何度だって話したいよ」


「……サマリ」


「違う悲しい話を繰り返すより、同じ楽しい話を何度もした方がいい。私はそう思うな」


「ああ。そうだな」


「――って何マジになってるのさ! 後輩くんらしくない! そこはツッコむところでしょう!」


「……沈黙しろ」


「フゴッ!!」


 いい加減に呆れてきたケイくんが、サマリさんに腹パンして気絶させる。

 これで、馬車の中は静寂が保たれることになったの。

 この光景も、もうすぐ見納めになるだろう。何故なら、私は……。ううん、今は考えないようにしよう。

 サマリさんの言う通り、今は嬉しい感情をさらけ出しておくの。心の栄養が途切れないように。


 ステル国に着いて、イリヤと別れた私たち。

 本当はケイくんたちと歩きたかったんだけど、父に攻撃された後ユニコーンになってファーマ村へ全速力で駆け抜けたことが仇になってしまったみたい。足がふらついて上手く歩けないの。


「お、大丈夫か?」


「ちょ、ちょっと……辛いの」


「だったら俺がおんぶしてやるよ。ほら」


「あっ……。ありがとう、なの」


「気にしないでくれ。俺はユニのおかげでアリーを助けられたんだからな」


「……それは、ケイくんが凄いからだよ」


 まだ体調が優れないから、私はケイくんの背中に乗っかっておんぶしてもらっている。

 ケイくんの暖かい背中に乗っかってると、気持ちまで暖かくなる。この温もりを、私は独占しているんだ。

 そう思うと、ちょっとだけ悪い気がしてくる。甘えん坊なアリーやよくケイくんに絡んでくるサマリさんが近くにいるのに、私だけがこの幸福を享受していられる。

 でも……今だけならいいよね? きっと私は……。


 ケイくんの家に着いて、彼は改めて大きなため息をついていた。

 その原因はもちろん、自分の家の惨状だ。私の父のせいで玄関は焼け野原になり、修理してもらわないといけない段階になってしまっているから。

 間接的にその原因を作ったサマリさんは汗を垂らしながら苦笑を浮かべていた。


「ア……アハハ……ドンマイ後輩くん。元はと言えば、私があそこであのユニコーンをけしかけたのが原因っぽいんだけど……」


「サマリ……原因は貴様かぁー!!」


「わ、私だってアリーを守るために必死に頑張ったんだよ!! 責めるのはお門違いだって!」


「そーだよけーくん! お姉ちゃんは私とユニちゃんが危険にならないようにって!」


「……まったく、その気持ちは理解できるけど、ちゃんとその後のことも考えてくれよ。修理しなきゃ……」


「お金、出せる分は出すよ……どのくらいかかるのか分かんないけど」


「いや、お金には困ってない。問題は雨が降った時にどうやって外から家の中を守るかってところなんだが……」


「布とか?」


「いやあ、濡れたらあんまり意味ないだろうなあ。ここは雨が降らない内に業者を呼んでさっさと修理してもらうか」


「そうだねえ。せめてドアだけでも付けたいところだよね」


「ああ。サマリはどっか知らないか? 腕の立つ修理屋」


「うーん……あんまり。ギルドの仲間に話してみようかな……」


 玄関の修理を本格的に考えている傍ら、暇そうにしていたアリーは突然私の手を握ってきた。

 その顔には暇になった自分の気分転換を図ろうという誘いの表情が浮かんで見える。


「ねえ、ユニちゃん。先に家に上がってお話してようよ」


「……私は別に構わないの。行こう、アリー」


「うん!」


 玄関から家に上がって、今でくつろぐ私とアリー。

 ふと、アリーが心配そうな表情で私を覗き込む。


「どうしたのユニちゃん?」


「な……何が、なの?」


「なんか暗そうな感じだよ。……やっぱりお父さんが死んで、辛い、とか?」


「それは問題ないの。私の父は殺されても仕方のないことをしていた。ただそれだけだから」


「そう……。でも、じゃあユニちゃんの暗い顔はどうしたの?」


「……アリー」


「ねえユニちゃん。これからもこの家で暮らしていくんだよね?」


 答えるべきかどうか迷った。でも、ここで彼女を悲しませるわけにはいかない。

 少しでも、彼女の笑顔を見たいから。……だとしたら、私はいつ動けばいい?

 こうしているだけで、彼女の笑顔を見たいって理由だけで私は動かないつもり?

 元凶の父を倒して、ハッピーエンドを迎えたつもり? 私にはまだやらなきゃいけないことがあるのに、アリーに甘えているだけなの?

 自問自答する心。せめて、目の前の女の子だけには……。


「――暮らすの。まだ、アリーに催眠をかけたいからー」


「えー? またあんなのにかかっちゃうの? もう嫌だよー」


「フフッ、アリー自身にも分からない本音、もっと聞きたいのー」


「本音をさらけ出すのはダメだよー! もうあんな思いをするのは恥ずかしいよー!!」


 アリーが駄々っ子のように私にポカポカと叩いてくる。ただのじゃれ合いだから、痛くない。心の方は痛いけど。

 そう、もう少しで終わる。この日常も。

 その時間が来るまで、私は精一杯彼女を楽しませてあげよう。サマリさんが言っていたように。楽しいことを繰り返して。

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