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 自分の国に戻るにも時間のロスがある。

 ユニはユニコーンの姿になったおかげで素早く行動できたのだろうが、俺は人間だ。

 敵地にイリヤを置いてきてしまうことになるが、アリーには代えられない。

 一人で国へと帰るということは、行きは二人で使用していた馬車を一人で使用するということになる。つまり、イリヤは自力で帰れない。

 後で迎えに行かなくては……。あいつ、怒るかな。

 イリヤに対する言い訳と、アリーの心配だけで、時間は恐ろしく早く過ぎ去った。

 気がつけば、俺は再び国の土地へと足を踏み入れていたのだ。

 体感的には一瞬だが、実際にはかなりの時間を消費している。アリーと、それにサマリも気になる。

 サマリには俺が不在の間、アリーを頼むとお願いしていた。だから、サマリはアリーを守ろうとしただろう。

 ……一瞬、俺の脳内に嫌な想像が浮かぶ。彼女は自分の命よりもアリーの命を優先しようとするきらいがある。だから俺は出かける前に死なないように言ったんだ。

 だが、ユニのあの状況を見るに、相当な戦いがあったに違いない。……バカか俺は。サマリのことを信用しないでどうすんだ。あいつは生きてる。絶対に、な。


 足早に家へと向かう。ギルドへの報告は後回しだ。そもそも、イリヤがいない状況を説明するのに時間がかかる。

 体が家に近づくごとに増していく不安を拭い去りながら、俺は家にたどり着くことができた。


「……荒らされた跡があるな」


 やはり、ここで戦いが起こったのだろう。

 入り口より少し出たところで、人が引きずられた跡が地面に残っていた。

 さらに、あちこちに泥と混じった血液が滲んでいる。一部で池のような血溜まりもある。

 異常な光景だと言える。死人が出てもおかしくない。


 家の中に敵がいるのだろうか。……戦闘準備だけは済ませた方がいいだろう。

 剣の柄に手を触れながら、もう片方の手でドアを開ける。すると、とんでもない光景が俺の目に映った。


「何だ、これ……」


 玄関の中は凄まじい。ちょうど玄関の奥は何かが暴発したような爆発の跡が残っており、サマリかユニがこの爆発に巻き込まれたのだろうと推測できる。

 玄関を離れて居間へと向かう。人の気配はある。だが、それが味方なのか敵なのか判別がつかない。二つの感情が混じり合った存在がこの家にいるのだろうか。

 その気配は、アリーの部屋からしていた。ゆっくりと、俺はアリーの部屋のドアを開く。


「……誰かいるのか?」


 誰かの存在を確かめるように声を出し、俺は中の様子を覗き込む。

 そこにはアリーがいた。おまけに、サマリまでも。サマリの方はベッドで寝ているみたいだが……。


 アリーは俺の声に気がつくと、にっこりと笑顔を見せた。ユニはアリーを助けてと言っていたんだが、なら何故彼女はここで誰にも襲われずにいるんだ?

 今の彼女を見たら、ユニの悲痛な助けの声が必要とは思えない。そんな素振りの欠片すらない。


「あ、けーくん。おかえり」


「や、やあアリー……サマリはどうして寝てるんだ?」


「けーくんがいない間にね、大変なことが起きたの。ユニちゃんのお父さんが襲いかかってきてね。サマリお姉ちゃんは私を守ってくれたの。だから、こうして傷ついて寝ている」


「そうか……。その、ユニの父は撃退できたのか?」


「できたよ。サマリお姉ちゃんのおかげでね。お姉ちゃんは凄かったよ。どんな攻撃だって魔法で飲み込んじゃったんだから」


「……アリー、元気、か?」


「元気だよ? どうしたのけーくん? 私、そんなに元気がないように見える?」


 何故か、アリーには違和感があった。

 彼女のそれは生気のない話し方をしており、脳が最低限の会話だけを再現させるようにしているに過ぎない。

 それによく見てみると、彼女の目の色がくすんでしまっている。どこか遠くを見ている目。目の前のサマリのことを『直視』してはいるがそれはただのポーズ。彼女の視線の先に何があるのか。


 アリーはゆらりと立ち上がり、俺に近づいてくる。

 そして、俺に抱きついた。普段なら嬉しいが、今の状況だとより一層の緊迫感が生じただけだ。

 緊張の面持ちで、アリーの様子を伺う。


「どうした?」


「やったー、けーくんが生きててくれて」


「どういうことだ?」


「うん? まあ、それは後で分かるよ。ねえ、けーくん。ちょっと話したいことがあるんだけど……」


「俺は構わないが……」


「良かったー。ねえ、私ね、行きたいところがあるんだ。お気に入りの場所なの」


「へぇー、それは初耳だ。ぜひ知りたいものだな」


「じゃあ、私についてきて」


 アリーが部屋を出て行く。ベッドで寝ているサマリには目もくれずに。

 彼女がサマリにこんなに冷たいわけがない。どうも彼女の様子はおかしい。

 もしかして、彼女は何者かに操られているのだろうか。さっきからの虚ろな眼差しといい、彼女の態度といい、誰かの意思が介入している。

 様子を注視しつつ、俺は彼女についていく。そこに何があろうとも、覚悟を決めるしかないだろう。


 彼女が連れてきた場所。そこは国の中では郊外の方に位置する所だった。

 風の流れのせいだろうか、あちこちにはゴミや古雑誌が散乱している。それらが風に乗って舞い上がり、さらなる寂しさを演出する。

 こんな人が寄り付かない場所が、アリーのお気に入り? 普段の彼女を見れば、そんなことはあり得ないと思う。

 俺の中で一つの仮説が浮かんでしまった。もしかして、アリーは誰かに操られているのではないだろうか。

 それはファーマ村でもあった現象だ。人の良い村長がいきなり悪魔を見せる。

 今のアリーにも言えることだ。彼女がいつ牙を向いてくるか分からない。


 あちこちが寂れきっている国の片隅ともいえるこの土地で、アリーは近くにあった壊れた土管に腰を下ろした。

 その時の表情は、怪しく冷たいものだった。まるで全てを憎んでいるような……いや、憎まれているのは俺だけか?

 少なくとも、ボーッとサマリを見ていた時はこんな顔をしていなかった。


「どうした? アリー」


「えへへ……これで二人きりだね」


「ああ。家にはサマリがいたからな」


「本当はね、けーくん。あそこでけーくんが拒否してたらね、サマリお姉ちゃんを殺すところだったんだよ?」


「何だって?」


「でも良かった。ちゃんとけーくんが私の言うこと聞いてくれて。私もサマリお姉ちゃんを殺したくはなかったからね。大事なお姉ちゃんなんだもん」


「アリー、君は今、自分が何を言っているのか分かっているのか?」


「分かってるよ? 私の人生を壊したけーくんを殺す時間がようやく取れたってことでしょ? 良かったけーくんが村の人間に殺されなくて。私が復讐できなくなっちゃうからね」


 ゆっくりと土管から立ち上がるアリー。

 今までに見せたことのない冷淡な顔つきが、彼女の本気度を伺わせる。彼女は俺に笑顔を見せてくれたが、こんなのは初めてだな。

 彼女の態度……これは確実に操られている。一体誰がこんな下らない真似を……!

 アリーの背後に潜んでいると思われる黒幕に対して、怒りが募っていく。意識しなくても、俺は拳を固く作っていた。


「アリー……君はそんなことを言う女の子じゃないはずだ。目を覚ますんだ」


「もうね、目は覚めたの。あなたは私を……奴隷扱いだった私を更に惨めにさせるんだって!! あの人のおかげで!!」


「そのあの人がアリーを催眠にかけた黒幕なんだな……」


「催眠? そんなことないよ。現に今、私の頭はとっても晴れやか! 気持ちがいいもの!」


「さて、催眠を解けさせるにはどうすれば良かったんだったか……?」


 呟いて、ユニの言葉を反芻する。

 強い衝撃を与えるか、催眠をかけた人物をぶっ倒せばいいはずだったよな?

 アリーに衝撃を与えるわけにはいかない。大人ならまだしも、子どもを気絶させる程度の力加減が俺に出来る自信がない。

 下手をすれば、彼女が死んでしまうのだから。

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