ファーマ村の『調整』
俺とイリヤが『ファーマ』村に着く。それが意味していることは一つ。この村が善か悪か。それがハッキリとする。
リーダーより聞かされていたファーマ村の真相。それがあったから、俺は村の入り口で立ち止まってしまっていた。
イリヤの目にも、一層の注意が見られる。
「ケイ、ここから一歩を踏み越えたら、生きて帰れないかもしれないぞ」
「……俺は死なない。守らなきゃいけない子がいるからな」
「そうか。じゃ、行こうか」
「ああ」
家で俺の帰りを待ってくれるアリー。ユニコーンは……別にいいか。
それに、やっと妹の死にも向き合ってくれたサマリがいるんだ。絶対に死んでたまるか。
俺はイリヤに頷き、共に村へと足を踏み入れるのだった。
村の様子は以前とは変わっていた。悪い意味じゃない。トロールによって荒らされていた畑は作物が生い茂っており、農作業が再開された証拠になっている。また、倒壊していた家屋は修理が進んでおり、雨風を防げるような最低限の屋根だけは全ての家に取り付けられてあった。
かつての悲惨な状況だった村からよくこの短期間でここまで発展したものだと、思わず感心してしまう。
それと同時に、この村の村長や花の大好きな女の子、その母親のことが頭に浮かんだ。あの人たちは今、何をしているのだろう。あの時とはいい意味で変わって、楽しい暮らしを送っているだろうか。
とりあえず、村長の家へと向かうか。
俺とイリヤは並んで村の中を歩く。すれ違う人々はギルドの人間が来たということで警戒心を強めているが、俺の姿を見るとその警戒心も解いてくれる。
そして、何度か村人と挨拶を交わした。さらに、会う人全員からトロール退治に関して感謝されるんだ。
「本当に助かったよ! あの時はありがとう!」
「気にしないで下さい。これが俺の任務でしたから」
「いやー、君みたいな人間がギルドの中にもいるってことが分かって良かった! ケイとか言ったっけ? 君になら、この村の護衛を任せられるよ!」
「ははは、恐縮です」
軽く頭を下げて再び歩く。
その様子を傍から見て入るイリヤはニヤニヤと俺を見ていた。
「な、なんだよイリヤ」
「大人気じゃないか。本当の勇者みたいだよ」
「俺は勇者なんてガラじゃないさ。あんなに勇気のある行動はできない」
「まあ、そんなに自分を卑下するなって。資格は十分にある」
「……一応、お礼は言っておくよ」
「しっかし、なんだな。こんなに平和そうな村が、本当にユリナ隊長の彼を殺したのか?」
「ああ……そうだな」
当然の疑問をイリヤが持つ。それは俺も同じだ。
やっぱり、ここで村ぐるみの惨劇が起きたとは考えにくい。俺たちの前では猫をかぶっている……とか? そんなことあるのか?
いつ俺たちが来るか分からないのに、急に態度を軟化させることが可能なんだろうか。
リーダーの言葉を信じないわけじゃないが、もう一度この目で確かめても、この村だとは到底思えない……。
こういう時は詳しい人物に直接聞くしか無い。つまり、村長だ。彼が全てを知っていることだろう。
イリヤのおかげで村長の家に着くことができた。村長に会ったことはあったけど、村長の家にお邪魔したことはなかったからな。助かった。
村長だからといって豪華な家屋に住んでいるわけじゃないようだ。他の家と同じような作りをしており、素朴感がある。言われなきゃ、ここは普通の民家として見てしまうだろう。
先んじて、イリヤがドアをノックする。
「サボってたけど、一応、最初は村長に挨拶はしてたんだぜ? だから、俺に任せてくれ」
「イリヤがそう言うなら……」
「お、来たみたいだ」
ガチャっと錠が解除される音と同時に扉が開かれる。
中から現れたのは、この間と変わらない姿の村長だった。
老人だが、この村の内情について一番詳しい。彼の表情には油断というものがない。常に一手先を読んでいるような強張った表情をしている。
杖をついているのも相変わらずだ。とにかく、変化がなくて嬉しい。
「どうも、イリヤです」
「……なんだ、貴様か。今更何のようだ……ん?」
明らかに不快感を示している村長。ああ、イリヤ……。君に任せて本当に良かったのかい?
そんな俺の危惧は視線を合わせてくれた村長が壊してくれた。村長は俺の存在に気がついた瞬間、表情を柔らかくしてくれたのだ。
「おお! ケイか! 久しぶりだな、元気にしてたか?」
「ええ。村長さんも相変わらずお元気そうで良かったです」
「立ち話も難だ。早く家に入りなさい」
「ありがとうございます。お邪魔します」
村長から歓迎されている俺は難なく招待を受ける。
イリヤを追い抜いて、家の中へと入ることができた。
「……イリヤとか言ったか。お前も来るかの?」
「できれば。ダメですかね?」
「……しょうがない。入れ」
「ありがとうございます!」
露骨に嫌な顔をされているが、イリヤは気にも留めずに中へと入る。
最大限の謝罪として頭を下げてはいるけど、やっぱりこの村が受けてきたことを考えれば堪ったものではないのだろう。
でも、彼は変わった。今はちゃんと俺の村を守ってくれるし、過去にはサマリだって助けてくれたんだ。
それほど大きくはないが三人が囲んでお茶くらいはできるテーブルがある。
俺たちは椅子に座り、そのテーブルに集まった。
村長がお茶を出そうとしてくれたけど、俺たちはもちろん拒否する。今日の内容は決してもてなされる資格がないのだ。
もしかしたら、俺たちの勘違いになるかもしれない話題。今まで築いてきた友好が壊れてしまうかもしれない。
でも、俺は真相を確かめたい。ユリナ隊長を歪めてしまった村を知って、彼女の無念を晴らしたい。
村長は俺たちが訪問してきた理由を掴めていない。だから、まだ優しそうな顔をしてくれている。
ここは俺から口を開いた方がいいだろう。意を決し、俺は直球に話題を出すことにした。
「すいません。俺たちの勘違いだったら、遠慮なく言って下さい」
「なんじゃ?」
「……この村に、エルフ族の男女が訪問してきたことはありましたか? トロールが襲ってくるよりも前に」
「……ふむ。詳しく聞かせてほしいのう」
「ええ。実は、そのエルフ族の女性が俺たちギルドの隊長だったんですが、その……この村で起こった不幸のせいで歪んでしまったんです」
「知らないの。そんな族は」
「え?」
「わしの記憶にもない。きっと他の村のことじゃろう」
「その言葉、信じてもいいんですか?」
「信じるも何も、記憶がないからのう」
「そう……ですか」
「でも……確かにこの村に男女の二人組が来たことは何となくは覚えておる」
「本当ですか?」
「だが……靄がかかっていてな。その男女が最終的にどうなったかは分からんのじゃ」
「……」
村長が嘘をついているようには思えない。
かと言って、信じることもまだ出来ない。どうしようか。ある一つの名案が浮かんでいるが、俺がそれを言っていいものか……。
悩んでいると、イリヤが目配せしてくれた。どうやら、彼も同じ案を思いついたようだ。悪い。ここはイリヤに任せる。
「なあ村長さん。俺に一つの仮説が浮かんできたんだが……ちょっといいか?」
「なんじゃ? 貴様とはあまり喋りたくないんだがの」
「……この村がユリナ隊長が歪んだ原因だから、積極的に村を守ってくれなかったんじゃねえの?」
「何だと?」
「聞くところによると、この村に来たユリナ隊長とその彼氏。最初は村に対して好意的だったって話だぜ? それをどうやったらトロール退治をサボってもいい村になっちまったんだろうねえ」
「何が言いたいのじゃ?」
「……この村。ユリナ隊長の彼氏を殺したってもっぱらの噂だぜ?」
「そんなことを、この村がするわけなかろう!!」
村長が逆上する。これは嘘を言っている顔じゃない。彼は本気だ。
本当に、ユリナ隊長の彼氏を殺した記憶がないんだ。じゃあ、村の誰かが? いや、村長の言い分は『この村』だ。
他に心当たりがあるなら、まずは自分だけを否定させるような言葉を使うはず。……だったら、この村じゃない? リーダーの勘違いなのか?
何がどうなっているのか。今の俺たちじゃこれ以上の捜査は無理かもしれない。
この村ではいとすれば、一体どこの村がユリナ隊長の彼氏を殺したのか……。いや、リーダーにだって根拠があって言ったはずだ。きっと、ユリナ隊長の性格が変わったのがこの村を訪れる前後なんだ。
俺が深く考え事をしているうちに、村長はお茶を俺たちに振る舞ってくれたようだ。
テーブルには二人分のカップが置かれていた。カップの中は薄茶色の液体が注がれており、湯気が立っている。
「国じゃこんなに濃いお茶は飲めないじゃろう? ここはまだ茶葉が採れるからの。せっかくだから本場の味というものを味わってみなさい」
「あ、ありがとうございます……」
まずは心を落ち着かせよう。
いただく予定ではなかったが、村長が出してくれたお茶だ。いただかないわけにもいくまい。
俺は村長に一礼し、そのカップの中身に手を出した。
薄茶色の液体をゆっくりと口の中へ注ぎ込んでいく。うん……ちゃんとしたお茶の香りと味が染み渡ってくる。
だけど、お茶の味に混じって妙な味が舌へと浸されるんだが、これは味付けか何かなのだろうか。
その時、俺の隣……つまり、イリヤに反応が起こった。
「グッ……! こ、これは一体……!」
「おや? どうしたんじゃ?」
「体が……動かなくなって……!!」
「ふふふ……」
「イリヤ! 何があった!?」
「ケイ……こいつは……睡眠薬だ!」
「何だって!?」
「変なもの混ぜやがって……! クソが……!!」
俺は舌がピリピリする程度で何ともないんだが、イリヤは重症のようだ。
体の言うことが利かなくなるのを必死に抵抗しているが、次第にイリヤの瞳は閉じられて机に突っ伏してしまった。
……ここは、俺も『役』に徹するか。この村が何を考えているのか、それが分かる。
危険かもしれないが、いざとなれば『役』を降りればいい。
「村長……これはどういうことですか!?」
「ん? イリヤはお茶が美味しすぎて眠ってしまっただけじゃろう? 何かおかしいことでもあったかの?」
「……? グッ! お、俺も……」
「おお。ケイもお茶が気に入ったようじゃの。わしは嬉しいぞ」
「……この村は……一体……何を……」
村長の目は、さっきのより濁って見えた。まるで、ユニコーンの催眠術にかかったアリーのように、自分で何をしているのか理解できずに思うままに行動しているといった感じだ。
まさか、ユニコーンが彼らを操って? ……それは最悪の事態と言える。その考えが正しければ、ユニコーンの近くにはアリーがいる。いつ彼女がユニコーンの魔の手にかかってもおかしくない。
重たいまぶたを必死に再現し、俺も同じように机に突っ伏した。
それだけだとバレるかもしれないと思った俺は派手に机に倒れた。衝撃で机から離れてしまい床に自分のおでこが激突したのが唯一の誤算だった。痛い。




