※サマリ、決死の抵抗
私の驚きにニヤリと笑う紳士。つまり、彼は自分の娘を探していたんだ。
「そうだ。だから言ったろう? 私を知れば、君は生きていくことはできない。その瞬間、君は始末されてしまうからね」
「また下らないことを!」
親子のはずなのに、ユニちゃんは父の言葉に逆上している。
こんなに激しい言葉のユニちゃんは初めて見る……。それだけで、仲の悪さをうかがい知ることができた。
「アリーはやらせないの……! もう、マスターのような人間を作るわけにはいかないの!」
「角を折られ、大した力もない娘に何ができる? あの時は一触即発で何とか退けられたようだが、今度は一瞬で決まってしまうよ」
「……くっ!」
「ユリナの想い人は残念だったねえ。村に近づかなければ、私の『調整』に引っかからずに済んだものを……」
「あなたのせいでマスターは……ユリナは!!」
「そして、次に『調整』されるのはケイとアリー。君たちなんだよ」
「え!?」
どうしてけーくんと私が!?
ユニちゃんと紳士の会話がすでに理解不能になっている私は、混乱した脳内で私たちの名前が出た理由を真剣に考える。
だけど、思いつくはずがない。目の前の紳士はつい先日会ったばかりなのに、私たちが恨みを買う理由が考えられないよ!
「アリーは逃げるの」
「ユニちゃん……」
「ごめん、アリー。全ては私の責任なの。あいつの『調整』がこんなに早いとは思わなかったから……」
「その、会話の意味はよく分からないけど、ユニちゃんの予想を上回ったってことなんだね?」
ユニちゃんは私を庇いつつ、コクリと頷く。
……逃げた方がいいのかな。私が逃げたら、ユニちゃんが殺されてしまうかもしれない。でも、逃げなきゃユニちゃんの気持ちをないがしろにしてしまう。
それに、今の私に何ができるというのだろう。まだ力もなく、戦いの経験も少ない私がでしゃばったって、いい的……足手まといになっちゃう。
「……うん。分かった。逃げるよ」
「私の言うこと聞いてくれて、助かるの。合図するから、その瞬間に走るの!」
「無駄な足掻きを……」
紳士とユニちゃんのにらみ合いが続く。
先に動いたのは、私を逃がそうとするユニちゃんだった。
「今!」
ユニちゃんの掛け声に従って、私はがむしゃらに走り始める。
激しい打撲音の後にユニちゃんの叫び声が聞こえる。振り向いちゃダメだ! ユニちゃんの願いを無駄にするわけには!
「ぐぅ!!」
でも、私の逃走劇は呆気なく終了する。紳士は僅か数秒で、私の首根っこを押さえたからだ。
私は首を捻って後ろを見る。醜悪なその存在を忘れないために、私は彼を睨みつけた。
「つまらない鬼ごっこだったね。だが、これで『調整』を開始できる。もう、ここから動いてはいけないよ?」
「や……止めて! アリーだけは見逃してほしいの!!」
「それは無理だな。この子はケイに対する最後の切り札と言っても過言じゃない。この子に対する愛情をケイは十分に育んだ。今こそが『調整』の時なんだよ」
「――ふざけんなぁ!!」
「なに――」
その時、私を掴んでいた紳士の手が離れた。私はすぐに彼から離れて距離を取る。い、一体何が……。
そこには、ボロボロの衣服に身を纏ったサマリお姉ちゃんがいた。お姉ちゃんは頭から血を流しながら、魔法を唱えてくれたんだ。
腕を何かの魔法で切り刻まれた紳士は視線を怪我に向けた後、サマリお姉ちゃんを見た。
「……あの爆発をくぐり抜けるとは。即死のはずだぞ」
「フッフッフッ。不死身なんだよねー、私って……!」
「強がりか本物かどうか、それを調べる必要はないが、厄介だな。貴様の存在は」
「当たり前でしょう!? アリーちゃんを狙おうたって、そうはいかない! 私がいるんだから!」
「面白い。では、本気で相手をしてやろう」
そう言うと、紳士は双剣を取り出した。刃が三日月にしなっていて、とても切れ味が鋭そう。それに、普遍的な恐怖を思い起こさせる悍ましい外見が、私を緊張に包み込んでいく。
サマリお姉ちゃん……頑張って……!!
「あっちゃー接近戦タイプか。残念だねー。せっかくだから魔法で遠距離攻撃してあげる……!」
「フッ……」
「『あまねく大地の息吹を我の手に委ね賜え』! 『フツィオム・フーゴ』!!」
詠唱をするサマリお姉ちゃんは久しぶりに見た。それほど、相手は強敵という証拠でもある。
言霊を終えたお姉ちゃんの手のひらに出現した魔法陣から、楕円形の刃が数十枚繰り出される。それらは例外なく紳士の方向へと進んでいった。
切り刻むために放たれた透明の刃。だけど、紳士は持っている双剣で難なく弾いて……ううん、消滅させていた。
「そんな……どうやって……!」
「魔法とは反対のマイナスの力量を同じだけ与えただけさ。相殺して魔法は無くなる。弾いてアリーに当たっては大事だからね」
「よくわかんない理論を……! それに! 敵のくせにアリーちゃんの心配をするんじゃないよ!!」
「お喋りはここまでにしよう」
「グッ!!」
「お……お姉ちゃん!!」
足場を蹴った紳士は、次の瞬間にはすでにサマリお姉ちゃんと目と鼻の先にまで到達していた。
そして、何故か紳士はお姉ちゃんの首元を掴んだだけだった。
「こ……殺さないって言うの……!?」
「ああ。君は利用価値があると判断したからね。せいぜい、新たな『敵』と戦ってくれたまえ」
「どういう……意味よ……!!」
「こういうことさ」
「あっ!! う……!!」
掴んでいる手を必死に引き離そうとしているサマリお姉ちゃんに向かって、紳士が目を合わせた。
すると、紳士の目は怪しげな光に包まれ始める。それと同時に、サマリお姉ちゃんの抵抗も目を見れば明らかに少なくなっていく。
まるで、紳士に従うように、ゆっくりと……。
「さて、君の新しい敵はそこにいる『パルラリナ』だ。ああ、今は『ユニ』と改名しているんだっけ?」
「あ……くぅ……わ、分かり……まし……」
「お、お姉ちゃんが……!」
「……ぐ……! グゥゥゥ……!! ……って……たまる……か!!」
心で最後の抵抗をしているサマリお姉ちゃん。
お姉ちゃんは両手を自分の胸の前に当てると、気合を入れるために大声を出した。
「はぁぁぁぁぁ!!」
「何?」
その行動はきっと紳士にも予想外だったに違いない。
敵に向けるならいざ知らず、サマリお姉ちゃんは自分に向けていたのだ。攻撃の魔法を。
右手から発せられた魔法はサマリお姉ちゃんの心臓を貫いていた。飛び交う血しぶきは、紳士の体に付着していく。
「お姉ちゃん!! お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃん!!」
「自滅か……下らない最後だったな」
興味を失った紳士はサマリお姉ちゃんの死体を投げ捨てる。
ドサッと地面に倒れ込むお姉ちゃん。でも、お姉ちゃんの魔法は左手が残っている。
その左手の魔法はサマリお姉ちゃんの体を速攻で癒した。
「ガハッ……!!」
「……とんでもない奴だ。本当に不死身なのか?」
「私は……嘘をつかないのよ……!!」
「肉体的に死なない作戦を練っているということか……なら、内側を破壊するしかないな」
「何ですって?」
半分焦燥しているサマリお姉ちゃんを尻目に、紳士は双剣を再び取り出した。
防戦一方のお姉ちゃんは、紳士の涼しげな態度に舌打ちをしていた。
「これで、君は二度と立ち上がることすらできなくなるだろう」
「……くっ! 『テーゼ ・ ヒ――」
「下らない」
サマリお姉ちゃんが呪文を唱え終わる前に、紳士は彼女の隣をするりと抜けていった。
剣を振るっている様子はここからでも見えたけど、お姉ちゃんを傷つけた様子は見られない。
でも、お姉ちゃんは傍から見ても苦しそうな表情で顔中に冷や汗をかいていた。
「かっ……はっ……!」
「心を切り刻んであげた。君はいずれ死ぬことになるだろう。私の手を煩わすことなくね」
「……あ」
紳士の言葉が終わると同時に、お姉ちゃんは地面へと倒れる。
さすがのお姉ちゃんでも、心を修復する魔法は使えないみたいだった。これでもう戦える人はいない。
私とユニちゃんは、完全に紳士のテリトリーから逃れられないんだ。
紳士はユニちゃんに近づいていく。次に始末を始めるのがユニちゃんなんだろう。
自身の危機を察知しながらも、ユニちゃんは懸命に私に声をかけてくれる。
「アリー! 出来るだけでいいから逃げるの!」
「でもユニちゃん……私の足が……動けない!」
残念ながら、ユニちゃんのお願いを聞くことはできない。
何故なら、私はこの場から動けないのだから。その理由は私にも分からない。多分、紳士に行動が操られているんだろうと思うけど。
逃げたくても私の足が言うことを聞かない。まるで、足だけ他人になっているよう。
「それもそうだよ。アリーにはそこから動くなとお願いをしたからね」
「く……! うぅ……!!」
「我が娘よ。君の造反はここで終着だ。安らかに死ね」
「ユニ……ちゃん……!」
「――ハァッ!!」
まだ、サマリお姉ちゃんは生きていた。
表情に浮かべる苦痛は変わっていなかったけど、お姉ちゃんは紳士の脚に腕を絡ませて必死にしがみついた。
何度も立ち上がってくるサマリお姉ちゃんに、紳士も初めての不快感を示している。
「……しつこいぞ。君は」
「へへっ……空気の読めなさは自信あるから……!!」
「何故、心を壊したのに立ち上がってこれる?」
「心の直し方ってのを三年かけてマスターしたから! それくらいで挫けないのよ、私は!」
「やれやれ……先に死んでもらうのは君だな」
「ユニちゃん! ここから逃げなさい! そして『ファーマ』村にいる後輩くんに伝えるの! アリーちゃんが危ないって!! もう、それしか方法はないわ!」
「……分かったの!」
「ユニちゃん……私……」
「アリーは心配しなくてもいいの。きっと、ケイくんが助けてくれるから……」
心配する私をよそに、ユニちゃんは微笑んだ。そして、ユニちゃんはユニコーンへと変身をしてこの場から一目散に撤退していく。
唯一の希望であるけーくんを呼ぶ。しかし、紳士の表情にはまだ余裕があった。
「ふふふ……確かにアリーを切り札と言ったが、だからと言って私がケイに何もしていないわけではないのだよ」
「どういう……意味よ……!」
「それを君が知る必要はない。私に利益がないからね」
「ガッ!」
紳士は乱暴に脚を振り回して、サマリお姉ちゃんを吹き飛ばす。すでに衣服もボロボロで汚れたサマリお姉ちゃんの服は、更に泥にまみれてしまった。
ごめんなさいお姉ちゃん……私のせいで……!
紳士はサマリお姉ちゃんにトドメを刺すために剣を向ける。わ、私も何かしなきゃ……! このまま黙ってサマリお姉ちゃんが死ぬところなんて見たくない!
「ま……待って!!」
「何かな?」
「ね、狙いは私なんでしょう!? だったらサマリお姉ちゃんを殺す必要なんかない!」
「……どういう意味かな?」
「私は何も抵抗しない! だから、お姉ちゃんを助けて!!」
「……ふふふ。面白いことを言う」
「どうなの……? 何か言ってよ!」
「いいだろう。きっと、次にそこの女に会う時は殺したくて仕方がない敵になっているだろうからな。そういう遊びも面白い」
紳士が私に近づき、手をかざす。そこで、『私』の記憶は途絶えてしまった。




