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調査協力者・イリヤ

 実を言えば、俺はファーマ村のことをあまり知らない。居たのもたった一日で、トロールを倒した翌日に帰ってきてしまった。

 リーダーの話を聞いてしまえば、綿密な準備をして村に行かなければならない。そして、村の内情に詳しい味方も欲しい。

 ……俺の脳内で一人の人物が浮かぶ。イリヤだ。俺の村を守ってくれている彼はまだこの国にいるだろうか。

 俺はギルド商会へと足を運ぶことにした。俺の権限なら、イリヤの居場所を教えてくれるだろう。


 いつも通りに立っている受付嬢に声をかけて、俺は彼の居場所を尋ねることにした。


「すいません。ちょっとある人物について聞きたいことが……」


「何でしょうか?」


 受付嬢は俺の姿に一瞬だけハッとしたが、すぐに営業スマイルで対応してくれる。

 何故だろう。トロールを退治してから、俺に対する受付嬢の視線が変になったような気がする。怒らせると危ない人物なんじゃないのか。そんな疑惑が広がっているみたいに。

 いやいや、俺はただトロールを退治しただけなんだぞ。何で好奇な目線に晒されなければならんのだ。


「イリヤって人の情報を知りたいんです。彼、今はこの国にいるんでしょうか」


「お待ち下さい……」


 受付嬢は視線を下に移す。そこには紙が机に広がっていた。

 細かくてこの距離では解読することは不可能だったけど、何やらリストのようだ。俺の質問に対してその紙を見ているということは、ギルドに所属している人たちの情報が書かれているのだろう。

 受付嬢は人差し指でリストを追っていき、ある一つのところで指を停止させた。


「えー……本日はこの国に帰ってきていますね。大体……二日ほど滞在のようです。その際の宿泊先は、ギルドの施設となっていますね」


「なるほど。ありがとうございます。あ、ついでにサマリって人は今日は……」


「少しお待ち下さ……あ、今日はまだここへ来ていませんね。通算二十五回目の遅刻です」


「あ、ありがとう。それじゃ」


 受付嬢に礼を言い、俺はギルドの宿泊施設へと足を運ぶ。

 遠征に行っているギルドの人員が短期間帰る場合、ギルドは宿泊施設を提供してくれることになっている。

 遠征をしている人は家を持たないことが多いらしい。そりゃ、ほぼ家にいないのにお金を払うなんてもったいないからな。

 持ち家であっても、家にいないのなら高いお金を払う意味がない。

 そういう人たちのための施設、ということらしい。


 初めて訪れた宿泊施設。そこは簡素な作りの木造の家が並んでいる光景だった。

 まあ、一時的な滞在ということだからレンガ作りにはなっていないのだろう。木材なら朽ちてもすぐに立て直すことができる……はずだよな?

 イリヤの部屋を確認した俺は、ドアを叩いて彼を呼ぶ。


「イリヤ! 休んでいるところ悪い……! 俺だ。ケイだ」


「……ケイ?」


 ドアを開けたイリヤ。彼は少々目が虚ろになっていた。多分寝てたんだろう。こりゃ悪いことをしてしまったか?

 俺はバツが悪そうな表情をさせながら、彼の調子を伺うことにする。


「調子はどうだ?」


「ん? ああ、こんな顔してんのは眠ってたからさ。調子はすこぶるいいぞ。それより、初めてじゃないか。俺を訪ねてくるのは……」


「まあな。ちょっと、あってな……」


「……とにかく入れよ」


 俺の表情に何かを察したのだろう。イリヤは俺を自分の部屋へと招き入れてくれる。

 部屋の中はいたって簡素だ。まさに寝るだけの部屋。まるで俺とアリーが最近まで住んでいたホテルみたいに。

 イリヤはベッドに腰掛けて、俺に話しかけた。


「適当に座ってくれ」


「いや、遠慮しておくよ」


「そうか。……で、いきなり本題に入ろうか? 何があった」


「こっちも話しやすくていいよ。……ユリナ隊長のこと覚えてるよな?」


「ああ。ギルドを操り、村から引っ張ってきた人間を殺していた主犯格だろ?」


「そうだ」


「しかしケイ。お前、危なかったよな。お前も村の人間だったんだから殺されてたかもしれないんだろう?」


「……ユリナ隊長があんなになってしまった原因は知ってるか?」


「いや」


「彼女がおかしくなった原因。それはある村で彼女の彼氏が殺されたせいなんだ」


「それは初耳だ」


「その村は今まで不明だったんだが、つい最近になって判明した。それが、俺とイリヤが行ったことのある村『ファーマ』なんだ」


「何だと? あの村が……!?」


 イリヤの反応から見て、あの村の雰囲気に、血なまぐさい過去の話は合わないようだ。

 それは俺も肌に感じている。国とギルドを恨んでこそはいたが、それだけで人殺しをするような短気さは見られない。


「やはり、イリヤもそう思うか」


「そりゃなあ。トロールを監視……いや、仕事をサボっていた俺は長い間あの村にいたが、俺たちギルドの人間を殺そうとしてきた人はいなかった。何かの間違いなんじゃないのか?」


「これは護衛隊のリーダーが言っていた推測なんだが、最初は本当に歓迎していた。だが、何かをきっかけに、それは排除へと向かっていったのではないか……ということだ」


「なるほど。でも、やっぱりそれはおかしいと思うぜ。なら、最初から歓迎されてない俺は何故殺さない? 別に殺しても問題ないはずだろ。村にとって迷惑な人間だからな、あの時の俺は。村が殺しても『トロールにやられた』とでも言っておけばいくらでも辻褄は合わせられる」


「……俺はその謎を知りたいんだ。ちなみに、護衛隊のリーダーはこれが確実な情報だと言っていた」


「護衛隊の偉い人が言うなら、本当なんだろうな」


「俺はあの村のことはよく知らない。だから、イリヤにも一緒に来てもらいたんだ。今回のことは少し……いや、かなり奇妙だからな」


「……ああ。分かったよ。俺は生きる希望をお前から教えられたからな。その借りを返させてほしい」


「ありがとう」


 俺の話を聞いて眠りからすっかり目覚めてしまったイリヤは、自分の荷物を整理している。

 俺の村で一緒に戦ってきたであろう剣を鞘に収まっていることを確認し、背中にくくりつける。

 彼がベッドから立ち上がった時、それが準備万端の合図だった。


「よし、それじゃ行こうかケイ」


「ああ。でもその前に寄らせてほしいところがあるんだ」


「何だ?」


「サマリのところに。連絡しておけば、何かあっても彼女から俺たちの消息が分かるからな」


「やっと……会えるのか」


「そのノルマもあるってわけさ」


 意見が一致し、俺とイリヤは部屋を出てサマリの家へと向かう。

 さっき受付嬢から聞いてたのはこのためだ。それにしても、サマリは記憶を取り戻しても遅刻はするのな……。

 もう行き慣れた彼女の家へと向かい、遅れたモーニングコールのつもりでドアを乱暴に叩く。


「おーい! もう朝だぞサマリィー!!」


 奥からノソノソと歩く音が聞こえてきたと思ったら、ドアを開け放った彼女はまだパジャマの姿をしていた。

 髪もボサボサで、生あくびをしている彼女。本当に今まで寝てたようだ。

 もしかして……お前のせいか!! 最近アリーがお寝坊さんになってしまったのは!!

 くっ! ダメなお姉ちゃんのせいでアリーは……! 最近、さながら保護者のような感情を抱いている俺は怒りを隠しきれない。


「もー何さー後輩くーん……まるで借金の取り立てみたいな声出しちゃって……」


「冗談は顔だけにしろ。何でまだ寝てるんだ!」


「うー……それはちょっと秘密ってことで……」


「秘密にすることかよ!?」


「いいじゃーん……。女の子は秘密を持つことで可愛くなれるんだよ? それより何? なんかあった?」


「これからちょっと出かけてくるんだ。もしかしたら、数日は帰れないかもしれない」


「へーどこに?」


「『ファーマ』って村さ。そこでユリナ隊長が変わってしまった原因が掴めそうなんだ。だから、もしもの時を考えてサマリに伝えておこうと思ってな」


「ああ……了解了解! アリーちゃんのことはまっかしといて! 後輩くんが不在の時はちゃんとお姉ちゃんが守り抜いてみせるから!」


「……それはありがたいんだが、無理はするなよ? 死ぬなんてこと……俺は嫌だからな」


「うん。ありがとう。……ところで、後輩くんの後ろにいる人って?」


 サマリが先に話題を出してしまったか。俺はイリヤを紹介することにした。

 彼は俺と彼女のやり取りだけで表情を柔らかくしている。多分、すぐに悟ったんだろう。彼女が元気だってことを。

 一応初対面なのだろうか。あれ? でも、彼女は前に伝言を頼まれてたはず。

 その疑問はイリヤが解決してくれた。


「イリヤだ。前は伝言を届けてくれてありがとうな。あの時はすぐに出発しなきゃならんかったから会えなかったが……」


「ああ。あの時の伝言の人だったんだ。私はサマリです。これからもよろしく!」


「……元気で良かった」


「え? い、嫌だなあイリヤさん。私はいつでも元気ですよ! それに何か久しぶりの再会って感じじゃないですか。前に会ったこと、ありましたっけ?」


 ここは俺がアシストしておくか。

 イリヤの代わりに、俺が二人の最初の出会いを話す。


「サマリの故郷をモンスターが襲撃した時にお前を助けてくれた人。それがイリヤなんだ」


「あ、そうだったんですか……」


「この国でギルドに所属していると聞いてはいたけど……色々あって今まで会えなかった。でも、あの時から見違えて元気になっていてくれて、本当に良かった」


「……イリヤさん。私を救ってくれてありがとうございます。あなたのおかげで、私は素晴らしい友人と会えました」


「こっちも助けたかいがあったよ。あの状態でギルドに所属しているって聞いてから……本当に不安だったんだ」


「もう、私は大丈夫です。例え、死人が蘇って私を惑わそうとしても、絶対にこの生命は未来に生かす。過去にはもう逃げませんから……」


「それだけのことを言ってくれるなら、大丈夫だな。これからも、元気でいてくれ」


 イリヤはもう一度彼女の顔を確認して、彼女から背を向けて歩き出す。


「じゃあ……アリーのことは頼んだぞ。サマリ」


「うん。いってらっしゃい、後輩くん」

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