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護衛隊の条件、そして新たな住処

 そんなこんなで一悶着あった後、俺を含めた三人はある部屋へとたどり着いた。

 その部屋に入る前に周りを見ると同じようなドアが並んでいる。ドアの上には木製の表札があるから部屋を間違うことはないだろうけど、おんなじデザインで迷ってしまう。


「……失礼します」


 ヴィクターはノックを二・三回してからドアを開ける。

 彼が奥に入ると俺と栗毛ちゃんも一緒に入っていく。


「ただいま帰還しました……ユリナ隊長」


「ああ。ご苦労」


 ヴィクターの後ろからひょこっと顔を覗かせると、そこには美女がいた。

 椅子に座り、机に肘をついていても鎧を着ているその姿から彼女も戦うのだろう。その証拠といってもいいかもしれないけど、髪の毛は短髪だった。

 戦うのに髪が長いのは邪魔なのかもしれない。

 ただ、彼女は耳が尖っていた。これが噂に聞くエルフ族というものなのだろうか。始めて見た。


「……君がケイか」


「はい。村からやって来ました」


「村では大いに評判だったと事前では伺っている。期待させてもらう」


「は……はい」


「ところで……」


 ユリナさんは全てを見通すかのような黒き眼で俺の隣を見つめた。隣にいるのは栗毛ちゃんだ。

 もしや、ユリナさんもさっきの兵士と同じように……。


「ケイ。彼女は?」


「あ……こっちに来る途中で助けたんです。盗賊に囚われててかわいそうだと思ったので」


「そうか。面倒を見るならそちらで勝手にすればいいが、こちらに面倒は持ち込むな。それだけだ」


 予想以上のドライな対応、ありがとうございます。

 でも、とりあえず認められて良かった。認められなかったらどうしようかと……。


 ユリナさんは腰掛けていた椅子から立ち上がり、俺に向かって一枚の紙を差し出してきた。

 この紙は一体……。タイトルには『ギルド』の三文字が見えるんだけど。裏を見ると地図がある。これは明日行くところなのだろうか。

 でも、俺はこの国の護衛隊としてここに来たんだよな?

 え? ……もしかして、俺聞き間違ってた?


 そんな不安を見透かすかのように、ユリナさんは話を始めたのだった。


「ケイの考えていることは間違ってはいない。お前はこの国の護衛隊としてこっちに来てもらった。それは事実だ。だが、それには問題が一つある」


「問題……ですか」


「ああ。護衛隊に入るためには、ギルドである程度の成果を上げた人間しか雇えないのだ」


「何とかならないんでしょうか」


「ならないな。お前の村は法律がないのか?」


「……ありましたけど、例外の時はちゃんと対応してました」


「しかし、ここは国だ。お前の村のように自由に決められるわけじゃない。悪いがこちらに従ってもらおう」


「あ、いえ。別に不満があるというわけじゃないんです。誤解させてたらすいませんでした」


「とにかく、明日からで構わんのでギルドへ行って登録をしてきてほしい」


「登録ですか。始めてなんで大丈夫かな……」


「そこは安心しろ。お前をフォローしてくれる者はいる。ヤツにはお前の名前をすでに伝えてある。明日は登録と、その人物と落ち合ってくれ」


「分かりました」


「では、武運を祈る。帰っていいぞ」


 全ての要件を伝え終わったのか、ユリナさんは再び椅子に腰掛けると、書類をまとめ始めた。

 ずいぶんと忙しそうな人だ……。

 呆然としている俺に気がついたのか、彼女は書類から俺に視線を移し、めんどくさそうな表情を作った。


「帰っていい。そう言ったはずだが?」


「も、もう終わりですか?」


「ああ」


「意外とシンプルなんですね? もっと色々と言われると思ってました……」


「要件は短く伝えた方が双方の理解に矛盾が生じなくて済む。それとも、この国の歴史でもみっちり勉強したいと言うのか? もしくは下らないギルドの掟を延々と説明しても構わんが……」


「い、いえ! そんなことでは……」


「ならば早く去れ。歓迎はしているが、この部屋でボーッとしている人間はこの国には不要だ」


「わ、分かりました……」


 そこまで言うことないだろうよ。俺だって、少し戸惑っているんだから。

 栗毛ちゃんも同じことを思っているようで、ちらっと様子を見た時に彼女は不満そうな表情をしていた。

 言葉にしなくても、俺と似たような考えをしているのは少し嬉しい。

 多分、そのうち仲良くなれそうだ。この時、俺はそう直感した。


「それでは、ケイともう一人のお部屋を案内しますので、俺もこの辺で」


「ああ」


 ヴィクターの確認に、ユリナさんは言葉少なに許可をする。

 彼も彼女の態度に一物あるようで、聞こえないくらい小さなため息を吐いて俺と栗毛ちゃんを部屋の外まで連れて行ってくれた。


「……どうだった? ケイ」


「どうって……ユリナさんのことか?」


「ああ。とんでもない女だろ? 間違いなく、あれは女の子じゃねーよな」


「……でも、仕事をしてる時にお邪魔したせいで少しイライラしてたのかもしれないし」


「お前……優しいねえ」


「そんなことより、教えてくれよ。俺たちの部屋を」


「おお。よし、こっちだ」


 ヴィクターに連れられて、俺たちは城を抜ける。

 これから日々の安息の地となる場所は城から離れているようだ。滅多な用事で城には来れないってことなのかもしれない。

 まあ、何か入りづらい感じだったから別に良いんだけど。

 ヴィクターはあるホテルで立ち止まった。

 レンガ調のホテルで、少し寂れているような気もする。まあ、ほとんどモンスター退治で忙しいから家にいる時間はあまりないだろうし、ボロボロでも問題ない。

 あ、栗毛ちゃんが住み込むのか……。そう考えるとちょっと嫌かも。


「ここがお前たちの拠点だ。これ、部屋の鍵な」


「おっと」


「ナイスキャッチ。じゃ、長旅とユリナ隊長の威圧のせいでお疲れのことだろう。今日はもう休め」


「威圧は別に大丈夫だったけど長旅ってのはあるからな……。お前の言う通りにするよ」


「お、一応言っとくがベッドは一つしかないからな。こっちはお前一人で来ることを想定してるんだから」


「それくらい分かってるよ。そこまでのワガママは言わない。ベッドの一つくらいすぐに購入してみせるさ」


「意気込みは良し。そして今夜は添い寝か? ま、ごゆっくり。じゃ、また今度な」


 そう言うと、ヴィクターは俺たちを背にして帰っていく。

 帰り際、彼は俺と栗毛ちゃんに向かって手を振っていた。


「添い寝なんてしないって……俺を何だと思ってるんだヴィクターは」


「…………」


「……二人きりになっちまったな」


「…………」


 二人きりになっても無言を貫く栗毛ちゃん。

 ……まだ彼女の意見を聞いていないけど、一緒に暮らしてくれるのだろうか。


「なあ、君が落ち着くまで、俺の部屋で暮らさないか? もちろん強制はしない。君はもう開放されたんだから自由に生きていいんだ。だけど……その……こんな言い方は失礼だけど、俺の見立てだとまだ君は一人で暮らせないと思う。だから……色々安定するまで、来ないか?」


 栗毛ちゃんは目をそらしながらも、微かに頷いてくれた。

 良かった……。せっかく命を助けたのに、すぐにいなくなってまた誰かの奴隷にでもなったらと思うと胸が痛い。

 とりあえず、俺の部屋にいればそんな心配はない。……ニート暮らしでも、な。


「じゃあ、俺の部屋にご招待しようか。と言っても、どんな部屋なのか俺もまだ知らないんだけどな」


 俺は彼女に手を伸ばしたけど、彼女はその手を取ることなく俺より先にホテルの中へと入ってしまった。

 ……まだ、そこまでは好かれてないか。まあいいや。

 そんなわけで、俺と栗毛ちゃんは鍵のタグに付けられていた部屋へと足を運んだのだったが……。


「……意外と狭いな」


 栗毛ちゃんが同意するように頷く。

 そう、部屋は狭かったのだ。

 いや、こんな身分だから十部屋もあるような豪邸は想像してなかったけどさ。

 トイレとか分ける必要のある部屋以外、本当に一部屋しかないってのはどうなのだろうか。


 しかも、その部屋もベッドとクローゼットが占領しててスペースがない。こりゃ早々に引っ越した方が良さそうだ。

 ベッドには支給されたものなのだろうか、護衛隊用と思われる鎧や制服が置いてある。

 その横にはいくらかのお金もあった。これで何か食べるものでも買えってことだろうか。


「うーむ……買い出しに行くか……っても食べ物を買い込むことくらいかなーこの持ち金じゃ」


 俺はお金を懐に忍ばせて、鎧と制服をベッドから下ろす。

 そして、ベッドを軽く叩きながら栗毛ちゃんを呼んだのだった。


「ここ、使っていいよ」


 その瞬間、栗毛ちゃんは周りを見回した。ベッドを探したのだろう。

 でも、部屋にあるのは一つだけ。

 意外だと思ったのか、彼女は首を傾げている。

 俺も先輩の家に居候してた時、先輩は今まで使ってたベッドを俺に使わせてくれた。

 なら、俺の居候にも同じことをしなきゃな。


「居候の特権ってやつだよ。俺は食料を買ってくるからそれまで休んでて」


 俺は彼女の驚きで呆けた表情を見ながら買い出しに行くことにしたのだった。


 ……と言っても、今の持ち金じゃ食料を買い込むのが関の山。

 しかも二人分の食料を買わなければならないから少しでも節約しないと。

 ホテルの真下の店屋は足元を見ているのか、とてもじゃないが今の持ち金で二人分の食料を買える商品はない。

 となると、狙い目は城下町か商店街だろうか。

 俺はこの国に来てまだ一日しか経ってないということもあり、どこに何があるのか分からない。


「さて……どうしようか」


 途方に暮れそうになった時、俺は先程ユリナさん……いやユリナ隊長から貰った紙があることに気がついた。

 紙を広げて地図を見る。

 これなら迷うこともない。ホテルからギルド商会までの道のりが示されているからだ。

 この道のりの間にお店があれば入って、食料を買い込もう。


「よし、行くか」


 俺はギルド商会までの道のりを確認しつつ、食料が売ってそうなお店を探したのだった。

 そして、それはついに見つかった。

 そこはホテルとギルド商会の間に位置する中々いい場所だった。

 ギルドに参加した帰りに買って帰るのも悪くない。

 値段も悪くない。貧乏な俺にもリーズナブルに買える。

 よし、今日はパンを買おう。

 店の中で選り取りみどりの食品に目移りしながらパンを選んでいた時、後ろから声をかけられた。


「お前、見ない顔だな……」


「え?」


 すぐに後ろを振り返って、俺はその人物を見上げる。

 身長は俺よりも高い。店の玄関ぎりぎりの高さを誇っているその人物。

 汚れた鎧に乾いた血で汚れた双剣。

 その風貌を見ただけで、俺はギルドの戦士だと直感した。


「その格好……田舎だな」


「まあ、最近まで村にいたから」


「何?」


「俺は村から選抜されて来たんだ。ユリナ隊長の命により、明日からギルドで特訓することになってる」


「なるほど……また村の奴らか」


 男はしかめっ面をしながら、俺を睨みつける。

 この人、何か恨みでもあるのか?


「調子に乗るなよ田舎者? 言っておくがな。所詮貴様らは村の周りの弱いモンスターしか狩ってない蛙なんだからな」


「……ギルドで戦うともっと強いモンスターがいるってのか?」


「当たり前だ。これからは精々この俺、アレグの目の前でガタガタ震えてるんだな」


「俺だって意地がある。どんなに強いモンスターだって倒してみせる」


「……言ってろ」


 男はそれだけを吐き捨てると、店を出ていってしまった。

 アイツ、何も買わなかったけどいいのだろうか。

 いや、俺がいるから早々に店を出たのか? だったら悪いことをしたな。俺も早くパンを買えばよかった。


 ギルドにはああいう奴らもいることは何となく分かっていた。けど、違う人間もいることを信じたい。

 期待と不安に胸を膨らませながら、俺はホテルへと戻ったのだった。

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