※一人で魔法のお勉強中……
今日の学校は少しだけつまらなかった。それはきっと昨日のことがあったからだろう。
サマリお姉ちゃんに妹がいた……。別にそれ自体はいいよ。でも、唐突に妹がいるなんて言われたら、びっくりする。
私が前にお邪魔した時には妹なんていなかった。姿すらなかった。なのに、昨日はいた。
どうしてなのかな? もしかして、最近私やけーくんとあまり会わないことと何か関係があるのかな。
どっちにしても、今の私は少しだけ寂しい思いをしている。
けーくんが引っ越した新しい家は、前の家よりずっと広い。それに、学校からも近い。
サマリお姉ちゃんにも、この家見せたかったな……。
そんな気持ちを心に秘めながら、私は家に着いたのだった。
……ダメダメ。ちゃんと気持ちを切り替えていかなきゃ。
ドアノブを握ったことで気分を転換させた私は、ドアを開けようとした。
でも、ドアノブはちょっと回るだけで扉は開かなかった。
「……あれ? 留守かな?」
今日はけーくん、お仕事かな? じゃあユニちゃんが家の中にいるのかな?
私はカバンの中にあった鍵を取り出し、改めてドアノブを回した。よかった、開いた。
「ただいまー」
ユニちゃんがいると思ってた私は一応声をかけた。
カバンを居間に置き、私は返事のないユニちゃんを探す。
でも、どこの部屋を探してもユニちゃんの姿は見つけられなかった。
あれー? ユニちゃんもお出かけなのかな?
「まさか……けーくんと一緒に出かけたとか」
だとしたら、ちょっと嫉妬しちゃう。これはけーくんが帰ってきたら質問攻めだね。
ユニちゃんもいないなら、私のやることは一つ。学校の宿題をこなさなくちゃ。
先生が言うには、まだ入学したてだからそこまで難しくはないらしいんだけど、私にとっては結構難しい。
魔法の呪文なんて、覚えるだけならまだしも、実践するなんて大変だよ。サマリお姉ちゃんがいてくれたら、コツとか教えてもらえるのかなあ。
まだ、私は魔法を使えない。
「練習しよ……」
魔法の練習は家の外でやらなきゃいけない。だって、家の中で魔法を使ったらとんでもないことになるかもしれないし。
私は学生服のまま、本を持って外に出た。
私が持っているのは魔法の本だ。その本自体が魔法を持ってるわけじゃないんだけど、魔法の呪文が書かれてある本。
これを参考にすれば、魔法が使えるようになるらしい。
その本を読んでびっくりしたことがあったんだけど、実は呪文を唱える時に杖が必要なんだとか。
確かサマリお姉ちゃんは杖を使っていないはず……。それなのに魔法が使えるし、あんなに凄い威力を出せるんだから、やっぱり、サマリお姉ちゃんは凄いんだなって思う。
「えーっと……」
まだ杖を買ってない私は、近くに落ちていた枝を拾い上げて、それを杖に見立てる。これで魔法が使えるようになったら凄いんだけど。
見よう見まねで、本の通りの行動をしようとする。その様は、傍から見たら滑稽に映ってただろう。
「杖を持って、目の前で五回回転させる。それから特定の呪文を歩幅五歩程度に聞こえるくらいの声で叫ぶ……歩幅五歩程度ってどのくらいなんだろ」
あまり具体的じゃないなー。どうすればいいのか……。とりあえず、やってみようか。
私は更に本を読み進めていった。
次の頁に記載されてあったのは呪文だった。サマリお姉ちゃんが言ったら様になるけど、私が言うにはちょっと恥ずかしい。
けど、これをカッコよく言えることができれば、恥ずかしい気持ちも引っ込むはず。サマリお姉ちゃんみたいにカッコよくなれるはず。
「呪文は『我に炎の力を。そして、彼の者に焼灼を』これが前置き。で、最後は……『テーゼ ・ ヒノ』って叫べばいいんだ。あれ? サマリお姉ちゃんって最後の呪文しか言ってないような気がする……いいのかな? 前置きを言わなくても」
サマリお姉ちゃんが前置きをサボっている可能性もある。だけど、ここはちゃんと言った方がいいだろう……。
こんな呪文を喋って、魔法が出なかったらいよいよ恥ずかしい。誰も見てないことを確認して、私は呪文を唱えた。確認したけど、とっても小さく口ずさむ。
「我に炎の力を。そして、彼の者に焼灼を……。テーゼ ・ ヒノ……。どうかな?」
枝の先端に力を込めても、何の反応もない。力を込めるって、どうすればいいんだろう。これも、サマリお姉ちゃんのアドバイスがほしいところだった。
「ふー……よし。まだまだ練習あるのみだね」
気を取り直して、私はもう一度呪文を口にする。しかし、成果はまだ得られない。
たった数回で魔法が使えたら、世界中の人たちは魔法に頼りっぱなしになるだろう。そうなっていないってことは、この世界には魔法が使える人は使えない人たちより少ないってこと。
だから、そう簡単に習得することはできないのだろう。
よし。まだ諦めない。せっかく学校に入学できたんだから、けーくんやサマリお姉ちゃんの力になれるように頑張らないと。
「……お嬢さん。少し、いいかな?」
「ひゃあ!? だ、誰!?」
まさか、声をかけられるとは思っていなかった。しかも、けーくんがいないのに、訪ねてくる人がいるなんて考えられなかった。
だから、私は気の抜けた叫び声を上げてしまったのだ。
声の主は後ろにいる。声質からして、けっこうなお年の方だろう。
今までにけーくんと話して、そんな知り合いいたかな? 聞いたことないけど。
ただ黙っているのも悪いので、私は後ろを振り返ることにした。
「こんにちは。お嬢さん」
「あ……あの……」
目に映ったのは、やはり初老の男性だった。
高級感溢れる黒色のスーツを着ていて、これまた黒色のハットを被っている。
男性は私が振り返った後、ご丁寧にもハットを脱いでお辞儀をしてくれた。
その身なり、風貌はまさに紳士と言える。
「あ……私、アリーって言います。あの、けーく……ケイさんに何かご用ですか?」
「いや、彼には用はないんだ。だが、君の家にはユニコーンがいるはずだよね?」
「え、ええ。それが……何か」
「ユニコーンは家にいるかな?」
「あ……すいません。出かけているみたいです」
「本当に?」
つかつかと歩いてきた男性は、ジッと私の顔を覗き込む。きっと、私がウソをついていないかを確かめようとしているのだろう。
けど、私はウソを言ってない。ホントのことを言ってるんだもん。
「本当です。私はウソをついていません」
「そうか。それは残念だ」
「…………」
男性の次の行動が読めないため、私は無言になって立っていることしかできない。
この人は何でユニちゃんに会いたいんだろうか。……待って。どうしてユニちゃんがここに住んでいるってこの人は分かっているの?
途端に恐怖が体を駆け巡る。ユニちゃんに何をしようと言うの?
おずおずとしながらも、私は男性にその質問をぶつけてみることにした。
「……ユニちゃんに何をするの?」
「何もしないよ。ただ、彼女と話をしたくてね」
「話……」
「そう。大事な話だ。だが、いないとなれば仕方ないな。私がここに来ることも当分ないだろうし。しょうがない。また次回にするか」
「そう……ですか」
「……そうだ。ケイって人も、ここには住んでいるんだろう?」
「はい」
「君自身、彼のことはどう思っているのかな?」
「大事な人。私の命を救ってくれた、大好きな人。だから、私は学校に行くことにしたし、今ここで魔法の練習をしているの」
「そうか。その気持ちを大切にな」
何が言いたいのだろう、この人は。いきなりけーくんのことを聞き出し、私に質問を投げかける。
仕方なく答えた私だけど、この人に答える必要があったのだろうか。
何だか正直に答えているのもバカらしくなった私。明らかに不快感を表したら、この人は帰ってくれるのだろうか。
「ふふ。ユニコーンもいないことだし、今日は帰るとしようか」
「……一つだけ、いいですか?」
「なんだい?」
「あなたの名前は一体……」
「私の名前を知ってしまえば、きっと君は生きていくことはできないだろうね」
「どういう――」
「知らない方が幸せなこともある。そういうことさ」
意味深な言葉を繰り返した男性は、私を労るような目線を向けながら夕闇へと消えていった。




