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そして、その答え

「おねーちゃん?」


 サマリは、キッと敵を睨み付け、それから炎の魔法を放った。それは俺が最初に見た時の魔法より、大きく強いものだった。

 その炎を向けられた人間……それは彼女自身の答えに違いない。

 その人物は炎を紙一重で回避したがバランスを崩し、大木の枝から落ちて地面に尻餅をついてしまった。


「なっ!? お、おねーちゃん!! 何をしているの!?」


「あなたはリノじゃない……ただの偽者よ!」


「何を言ってるの!? だって、記憶も仕草も完璧なんだよ! おねーちゃんの妹じゃないって……ありえないよ!!」


「……今、聞こえたの。本物のリノの声が。こんな私を……あなたの偽者が生き返って現在から目を逸していた私を、今でも好きって言ってくれた……。それが幻聴でも構わない。私はもう後ろを振り向かない。前を向いて生きていく」


「つまり、私を殺すってこと……!!」


「ええ。リノ……いいえ、リノに成り代わっている者。もう私は迷わない。リノから出て行って!」


「くっ! そんな馬鹿な! お前が……裏切るなんてぇぇぇぇぇぇー!!」


「あのね、リノはそんなこと言わないのよ。いつも私の傍にくっ付いて、甘えてくれる。でも、私が塞ぎこんでる時はお姉さんみたいに私を助けてくれる。そんな関係だったわけ。今のあなたは違う。ただ妹の甘えだけを利用して、私を操ろうとしている」


「何!? そ、そんな記憶……」


「きっと自覚がなかったんだろうね、リノは。やっぱりあの子、優しい子だったんだ……」


 もう彼女の目に迷いはない。すでに、目の前のリノを敵対象として見なしている。

 俺は答えを出したサマリの隣に立った。


「……答えを出したんだな。サマリ」


「ありがとう、後輩くん。私、目が覚めたよ」


「最終的にはお前の決断だ。俺は選択肢を与えただけだよ」


「……もう。そんなことで謙遜しなくてもいいのに……」


「じゃ、後はアゾレを倒すだけだな」


「うん!」


 剣を再び引き抜いて、構える。

 アゾレを倒すのはサマリの役目にしよう。答えを出したあいつが、止めを刺すんだ。

 半ば発狂しているアゾレはユニコーンの角を力強く握り締め、呪文を唱えている。またアンデッドを作り出すつもりだろう。

 ここで問題点が一つある。俺はアゾレの持つユニコーンの角を取り返した方がいいのだろうか。ユニコーンはきっと必要だと言ってくるだろう。だが、俺は……。

 どうしようか迷っている時、ユニコーンが服の裾を引っ張った。


「ケイくん。もう……いいの」


「ユニコーン?」


「角、壊しちゃっても構わないの」


「いいのか?」


「いいの。所持しているのがケイくんじゃないなら、別に。取り返すために余計な犠牲が生まれるなら、いっそ壊してほしいの」


「俺は約束を守る男だぞ?」


「本当ならかっこいいの。期待させてもらうの」


「……ああ! サマリ!!」


「何! 後輩くん!」


「アゾレの持ってる角! あれは壊していい!」


「了解! それと、ありがとう! 私に終わらせる権利をくれて!」


「最初に会った時のようなヘマはするんじゃないぞ」


「分かってるって!」


 サマリが駆け出す。それと同時に、俺はサマリに突撃してくるアンデッドを切り倒していく。

 その中にはユリナ隊長と母さんも含まれていた。だが、残念だったな。俺はそんな罠に引っかからないんだよ!

 俺が切り開いた道を走り抜けて、サマリはリノの目の前へと仁王立ちしている。彼女は魔法が使えるのだからそこまで接近する必要は本来無かったはずだ。これは、彼女なりのケジメ。彼女の決意なんだ。


「わああああああ!!」


 怒りに身を任せたサマリの渾身の一撃は、リノの体を吹っ飛ばすのに十分な威力だった。

 素っ頓狂な叫び声を上げて、リノは地面に体を打ち付けていく。同時に、彼女の肌が剥がれ始めていた。

 誇張ではない。まるでリノという人形の皮を着ていたかのように、剥がれ落ちた肌から新たな人間の肌が露出しているのだ。


「あれがアゾレの……」


 術を保てなくなったのだろう。数枚剥がれたところで一気に破けていく。そこから現れるのは、リノとは似ても似つかない大人の男だった。

 どうやって彼女の皮を着ていたのか。彼の身長とリノの身長は全く違う。これも熟練のネクロマンサーならではの能力なのだろうか。……こいつは、ユニコーンの角で能力を底上げしているのだが。

 血反吐を吐きながら、アゾレは目を強張らせる。それはサマリの顔を見つめているが、当の彼女は意に介さない。

 それが気に障ったのだろう。アゾレはまだ持っていたユニコーンの角を握りしめた。


「ふざけるな……! 俺は! ユリナ隊長の意思を継いで……!!」


 サマリの横に立って、俺はアゾレに剣を向ける。トドメはサマリに任せたいとは思っているが、こうして剣を向けているだけでも、相手は下手な行動を警戒する。

 やっぱり、ちょっと不安だからな、サマリは。


「そんなお前がユリナ隊長をあっさりと復活させたのは何かの冗談なのか?」


「貴様を陥れるためだ! あのお方は貴様らを殺した後、最良の状態で復活させる!」


「……村人の粛清のためか?」


「当たり前だ! 村如きが国と協力する? あり得ない! あり得ないんだよ!」


「本人がそこにいなくても、意思はそこに残る……か」


「……だから、私は気づくことができた。リノの本当の心に」


 ふと、呟いた俺の言葉に、サマリが同意する。

 彼女は両手を胸のあたりに動かし、目を閉じていた。まるで、在りし日の思い出の情景を再現するために。


「サマリ……! 貴様がリノを裏切るはずがない! なのに、何故だ!!」


「あなたはリノじゃない。リノの姿を借りた化物だよ……」


 再び目を開いたサマリがアゾレに片手を向ける。それは彼の命を断つための行動。

 彼女の、最後の仕事だった。


「これで終わり……。じゃあね」


「くそ――!?」


 ユニコーンの角を使おうとした瞬間に、俺は剣で角を弾く。

 角は宙に舞い、もうアゾレの手元に戻ってくることはない。すかさず跳躍した俺は、約束通りに角を剣で叩き壊した。

 能力を使いすぎて耐久力でも落ちたのだろうか。あの時の死闘よりも小さな衝撃で、角は粉々に砕け散ってしまった。

 再び地面を踏みしめた時にはもう、アゾレの姿は消えていた。いや、炎の魔法によって消滅していた。


「……終わったの。ケイくんとサマリさんの勝利なの」


「ああ。そうみたいだな」


 サマリは灰になったアゾレだったものを黙って見つめている。


「サマリ……?」


「あ、どうしたの後輩くん?」


「大丈夫か?」


「うん。ただちょっと……悲しかっただけ」


 嘘だ。『ちょっと』じゃないだろう。

 彼女の目には涙が溜まっていた。

 そのわけは聞くまでもない。悟った俺はユニコーンの手を引いて彼女を一人にするのだった。


「後で、サマリの家に遊びに行くよ。今度はアリーも連れて」


「うん、分かった。……ありがと。後輩くん」


 護衛隊へアゾレを討伐した報告をしに行く途中、ユニコーンが仕切りに首を傾げながら俺に質問をする。


「ねえねえケイくん。どうしてサマリさんを一人にしたのー?」


「…………」


「一人は危なくないのー?」


「少し、感傷に浸っていたいんだよ。あいつは」


「アゾレを殺したことと、妹を手に掛けたことが重なってるの?」


「アゾレは成り代わっていたと言っても、一時は妹の姿になっていたからな。重なったんだろう……」


「村が壊滅した日に、妹を救えなかった記憶が……なの」


「その通りだ」


 サマリがどのくらい悲しい思いをしたのか、俺には分からない。痛みを共有できない。

 だけど、彼女のために少しでもその痛みを癒やしてあげられたらと思う。

 明日のために一歩を踏み出した、彼女に対して……。


 ユニコーンは納得がいったようだが、同時に新たな疑問が生まれてきているようだ。

 俺の袖を引っ張り、その疑問をぶつける。


「じゃあ、サマリさんは妹の死を乗り越えていないんじゃないのー?」


「いや……もう大丈夫だよ。サマリは」


「どうして分かるの?」


「自分で答えを出して、自分でケジメをつけたんだ。後は気持ちの整理だけできれば、問題ない」


「ふーん……」


 その答えが案外単純なものだと気が付き、ユニコーンは興味を失う。

 それからは俺の手を離れて歩き出した。


「ユニコーン」


「何かなケイくん?」


「角……良かったのか?」


「別にいいの。あなたたちの気持ちが伝わったから」


「そう……なのか?」


「もう、後はケイくんに任せられる……そう思ったの。ケイくんなら、大丈夫、なの」


 こいつの考えていることはまだ分からない。何が大丈夫なのだろうか。

 そんなことを言われなくても、俺は村やアリーのために明日を生きていく。その障害になるものは壊していく。

 いつも通りだ。何も変わっちゃいない。

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